小川航基はJリーグJrユースに落ちて町クラブからW杯日本代表。2人同時選出のサッカークラブが実践する「整えない指導」
自分で考えさせる指導法との出会い
当時、末本さんが読み込んでいた本があった。それは『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』。当時育成に定評があったジェフユナイテッド市原・千葉の育成部長などを歴任した池上正さんの著書だ。気づかせる、考えさせる、肯定する、余裕を持たせるといった少年サッカーコーチの心得を説きベストセラーになっていた。 むさぼるようにめくると、自分が目指してきたこととほぼ同じだった。末本さんは「大豆戸に怒鳴ったりするようなコーチはいなかったけれど、どうしても教えることに懸命だった。自分も含めてもっとブラッシュアップしなくては」と振り返る。子どもがサッカーにコーチから始めるよと言われなければボールを蹴り始めない。複数のクラブを掛け持ちして毎日サッカーをやる子も少なくない。サッカーは子どもたちにとって、英語教室などと同じ習い事になっていると感じた。
「世話を焼かない」指導
そこからやり方を変えた。意欲を引き出すには自立させることが重要だと考え、高学年くらいになると試合の際は保護者の引率をなくして子どもたちが自分で電車を乗り継ぐ現地集合に転換した。子どもが道に迷ったり、電車を間違え試合に遅れても叱らず継続させた。親から「行くよ」と言われて連れて来られるのではなく「ワクワクするような環境を自分から求める環境」(末本さん)に変えた。自分の力で試合会場まで辿り着くという達成感が、時間を逆算してバッグに必要なものを詰め、電車の時間を調べるなど自分で考えて動く習慣を育んだ。 低学年の試合会場でも「これをするな。行儀よくしろ」と世話を焼かれない大豆戸の子は、大会本部の役員からいつも怒られていた。コーチたちは一緒に頭を下げては「本当はどうしたらいいの?」と気づきを促した。そうやって子どもがじわじわと成長する姿に、当初はあった「もっと世話を焼いてほしい」という親の声は聞こえなくなった。 さらに毎年サッカーの遠征に充てていた冬休みをスキーツアーに変えたり、タグラグビーの大会に出たりした。鍛えるよりも、楽しませて余裕を持たせることにシフトした。異学年の交流や、ピッチ外での子どもの一面を引き出すために宝物さがし大会や運動会を催した。末本さんは「(小川)航基は本当に真剣にやってくれました。後輩や小学生たちの面倒もよくみるし、リーダーシップのある子だった」と目を細める。