小川航基はJリーグJrユースに落ちて町クラブからW杯日本代表。2人同時選出のサッカークラブが実践する「整えない指導」
『人としての成長』にフォーカスした育成方針が非常に好き
その「しぶとさ」の土台をつくったのは大豆戸の育成だろう。そのことは、小川が大豆戸の法人化20周年(2024年)記念誌に寄せた、以下の言葉からもわかる。 「大豆戸FCにはサッカーだけでなく、人間的に大きく成長させてもらいました。大豆戸FCの『人としての成長』にフォーカスした育成方針が非常に好きですし、何よりサッカーを楽しませてもらいました」(一部抜粋)。 小川が「非常に好き」と公言し、彼らをあと伸びさせた大豆戸の育成とはどんなものなのか。
サッカー同好会からサッカーコーチ、飲食業へ
筆者は2013年頃に初めて末本さんに会った。神奈川県トップ進学校の一角を占める県立翠嵐(すいらん)高校から早稲田大学教育学部へ。サッカー部に入らず同好会でプレーし、在学時より大豆戸で指導した。就職氷河期ど真ん中の2001年に大学を卒業し、サッカーのコーチをいったんやめた。 外食産業に飛び込んだ。そこで店舗責任者として売上記録を更新し続け、グループ全店の全国伸び率2位にまで押し上げた。アルバイト店員を「その気にさせるカリスマ店長」としていくつもの店を立て直した。 「ビジネスのノウハウは、ある程度アスリート教育に転換できると思いました。やる気にさせるには、小さな『できる』を一緒に見つけて認めること。そうすれば、怒ったり、指示をしなくても主体的に動けるようになりました。子どもも同じように伸ばせると思いました」
「コーチは、なんでそんなに偉そうなの?」
本当にやりたいのはサッカー指導だと思い立ち、キャリアアップの道もあったであろうサラリーマン人生を捨てて大豆戸でプロコーチになると決意した。少年サッカーのコーチとしては異端のキャリアだ。2009年にクラブに戻ると、大人に世話を焼かれないと動けない子どもの姿があった。クラブの改革を思い立つと同時に、自身の指導のまずさにも気づいた。 教えてくれたのは小学3年生の男の子だった。ある日の練習で、きょとんとした目で不思議そうに尋ねてきた。 「あのさ、コーチは、なんでそんなに偉そうなの?」 ハッとした。実は社会人を経て中学生年代であるジュニアユースチームを立ち上げから3年間やった。そこから小学生の担当に移ったばかりだった。末本は「これはヤバい。偉そうに見えるのは、プレーを教え過ぎているからだ」と気づいた。 「自分自身はそんな意識もなかった。無意識にやってしまうから怖いんだと思った。これはもう根っこから考え方を変えて、同じ目線に立って、友達とまでは言わないですけど、子どもと一緒に歩んでいかなきゃいけないなと思ったのが、すべてのスタートでした」