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The Secret Doggy/Novel by 紺屋

The Secret Doggy

7,910 character(s)15 mins

5/26インテの無配だったものです。お手に取ってくださった方ありがとうございました。
ポメガバースがベース。日下部がワンちゃんです。日車呪専所属if。付き合ってます!

表紙の素材は もふりあ様(pixiv:1023106) からお借りしました。

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私用のスマートフォンを握り締めてメッセージアプリを開く。企業の自動配信を無視して新着順で上から六番目にあった、日下部篤也の名前に触れる。
前回のやり取りは三日前。『出張先の仕事は概ね順調でおそらく予定通りに終わるだろう』という旨を俺が送り、日下部が相槌と労いを短く一言ずつ返してくれた記録が残っている。
それより二日前に、日下部の方から『残業で徹夜になりそうで嫌』と愚痴が来ていて、俺がそれに慰めを二言返したメッセージもある。
俺も彼もあまり連絡にマメな方ではない。俺が都外に三週間の出張へ出ている間、彼とのメッセージのやり取りは数回。これでも恋人になる前より頻度は増え、文面も親密になった。こういう仕事だからいつ連絡が途絶えるか分からない。恋人同士の甘い会話というより、無事を確認し合う定期連絡の雰囲気が強かった。
指先を液晶画面に走らせて文字を打つ。まずは『無事に終わった、これから帰る』と送る。今回の術師としての仕事は呪霊を祓うところまで。事後処理は現場でサポートに入っていた補助監督や窓たちがやってくれるらしい。どうも術師の送迎には手が回らなさそうだったから自分で公共交通機関を使って帰ることになった。
日下部と付き合って四ヶ月。三週間、一度も顔を見ず声も聞かないまま過ごしたのはなんだかんだ今回が初めてだった。だから、顔が見たいな、と自然と浮かんできたプライベートな欲求を抑える術がなかった。次のメッセージを打つ指先が僅かに迷う。
『家に行ってもいいか』
愛想の欠片もない文字を捻り出して送信マークを押す。ここで『会いたい』の言葉が使えたらさぞ可愛らしく見えるだろうと分かっているが、それがどうにも自分には難しい。無機質なメッセージでももう少し気軽に感情を伝えることができたらいいのだけど。
彼にも彼の都合がある。今日会うのが無理なら電話で声だけでも、なんて遠慮の思考が頭を掠めたのは一瞬だけ。案外彼が恋人の甘えに寛容でこういう言葉を拒否しない男だと知っているので、断られることはないという自信があった。どんなに俺の送った言葉がシンプルで可愛げがなくても、だ。
返事が来たのは十五分後。『合鍵あるだろ』『勝手に入って来ていい』と二つ続けて送られてきたメッセージは、俺に負けず劣らず淡白そうに見える。だけどこれは承諾の返事だ。ここに込められた『わざわざ聞かなくても好きなときに来ればいい、怒ったり追い出したりすることはない』という彼の姿勢を感じて、ふっと頬が緩む。
下手をすると誤解されそうな、本人はそれでいいと思っていそうな、ちょっとぶっきらぼうな柔らかさ。俺が彼を好きな理由の一つだった。
合鍵は先月彼から貰ったもの。まだ使う機会がないまま自宅の鍵の横にくっついている。お言葉に甘えて今日を使用第一回とさせてもらおう。
『着くのは十九時前の予定』と送れば『夕飯用意しとく』と返ってきて更に舞い上がる。彼も仕事だろうに。何か土産を買って帰ろうと決め、スムーズな乗り換えでの帰宅を目指す。
見るからに上辺だけの、気持ちの籠らないベタベタとした言葉をむやみにやり取りする必要はない。俺と彼の関係はこのくらいの距離がちょうどいいもので、きっと彼の方もそうなのだと思っていた。


最寄りの駅に着いたのは予定通り十八時半頃。『もうすぐ着く』と連絡を入れる。日下部ももう仕事を終えて帰宅しているだろうか。既読はつかないが珍しいことではない。土産に買った大福を片手に提げて、日下部の住むマンションへ向かった。
俺には合鍵があって使用の許可も下りているので、今日はインターホンを鳴らさないことにしてみる。要るかと彼から聞かれて、すぐに頷いたらひょいと差し出された合鍵。彼もたぶん、俺が要らないと言うわけがないと認識してくれていたのだ。
キーケースにつけたその鍵を穴に差し込んで捻る。難なく解錠したドアを開けて中へ踏み入れる足には、告白前にここを訪れるたびに感じていたような妙な高揚感が纏わりついている。こんな動作一つでここまで特別な気持ちになれるのだから、自分にとって日下部という男は余程特別な存在なのだろう。
玄関に仕事用の革靴が置かれ、奥の居間に電気がついているのを見て、帰宅しているはずの彼に呼びかける。返事はない。靴を脱いでそろそろと廊下に上がる。
「日下部?」
居間に顔を出したが彼の姿は見当たらなかった。大福をテーブルに置きつつ、首を傾げてきょろりと室内を見回す。ダイニングテーブルに彼が買ってきたらしい惣菜が置かれている。台所から炊飯器が稼働する音が聞こえる。鞄がソファーに立て掛けられている。カーテンも閉まっている。
不在なのだろうか。それにしては室内は中途半端な様子だ。家主を探そうとした自分の背後にふと気配を感じて振り返る。
果たしてそこに居たのは、一匹の犬だった。
「……犬」
目の前の生き物を認識すると同時に思わず、何の捻りもなく口から見たままの言葉がこぼれ落ちた。どこからどう見ても犬だ。
サイズは中型。体の色は黒っぽい焦げ茶。ワイルドな顔つきで、尻尾はたらんと垂れている。おそらく甲斐犬だろう、と脳内で分析する。
ここはペット可のマンションだったか。日下部はペットを飼っていなかったはず。まさか迷い犬ということはないだろう。首輪もない。新たに飼うことにしたという話は聞いていない。日下部がいないのに犬がいる。なぜ。この犬は一体何だ?
脳内は混乱一色だった。廊下からこちらをそろりと覗く犬と見つめ合ったまま立ち尽くす。
「わふ」
沈黙を破って犬が控えめに鳴いた。こちらを警戒する様子はない。人馴れしているようだ。だけど俺の出方を窺うように、入口で立ち止まってこちらを見つめている。
いつまでも大きな黒目と見つめ合っていても埒が明かない。賢そうな凛々しいその犬の顔を見ながら、恐る恐る口を開く。
「日下部を知らないか」
「わん」
返事をするように鳴いて、犬がくるりと回れ右をした。洗面所に入っていく犬の後ろをそっと追いかける。
洗面所の床には服が脱ぎ捨てられていた。犬はその場に腰を下ろし、服と俺の顔を交互に見やって一声鳴いた。促されるまま日下部の部屋着らしいそれらを見下ろして違和感を覚える。
トレーナーとスウェットパンツに埋もれてインナーと下着も一緒に落ちているのだ。まるで中身が急に消えて服だけ残ったように見えた。
「これがどうしたんだ」
「わぉん」
焦げ茶色をした犬が床の服に頭を突っ込んだ。グレーのトレーナーに焦げ茶の毛がくっつく。何かを訴えるその動きに、俺はなぜか突然閃いてしまった。その色の毛に既視感があったのだ。ちょうど日下部の髪がこの犬と同じ色をしている。
いや、しかし、そんな突拍子もなくて非現実的なことがあり得るだろうか。まさかこの犬の正体が日下部だ、なんて。
絶対にあり得ないと言い切れないのは自分が呪いのあれやこれやに慣れてしまったせいか。稀に常識では考えられないようなことが起きるのが呪いの世界だ。じゃあ日下部は呪いを受けたのか。だとしたら大丈夫なのか。相変わらず大混乱のまま、ちらりとこちらを見上げた犬に向かって一応訊ねてみる。
「君が日下部なのか……?」
「わん!」
短くはっきりとした、肯定の返事。ぴょこっとその耳が立った。むくりと犬は立ち上がって、俺の足の周りをぐるぐると行き来した。心なしか正解を喜んでいるようにも思える。
そう言われてみれば、気怠げながらキリリとした顔には日下部の面影があるような、気がする。もちろん気のせいかもしれない。
「君が日下部だという証拠はあるか」
俺の言葉を理解しているらしい犬に言葉を掛ける。頭のてっぺんの毛がつんつんと上を向いているのもなんだか日下部っぽい気がするけれど、まだ半信半疑だった。
「ワオーン」
そう言うと思った、とでも言うように一つ鳴いた犬はトテトテと洗面所を出て、勝手知ったる我が家さながらに廊下を歩いた。居間へ入り少し考えるようにうろうろしたあと、箪笥に近寄って下から二段目を前足でカリカリと叩いた。
自力では開けられなさそうだったので横から手を伸ばして俺が引き出しを開ける。するとそこに顔を突っ込んだ彼が中に入っていたボクサーパンツをぱくっと咥えてこちらに差し出してくる。
「なるほど……」
それは、俺が日下部の家に宿泊するときのために置いてある俺の下着だった。これを把握しているのは俺と日下部だけだろう。下着を証拠として出してくるところは確かに日下部だ。分かればいいんだろ、と適当に言う彼の姿が容易に想像できた。
よりによってこれで本人確認されるのは不名誉じゃないのか君は、と思いつつ一旦信じることにする。信じないと話が進みそうにない。
「君の正体は犬なのか」
「うう」
「違う、と。人間の体には戻れるのか」
「うぉん」
犬の姿は本体ではないが、永続的に犬のままというわけではない。ただし今すぐ人間に戻れるわけでもない。といったところだろうか。
人語ではないものの彼と会話は成立している。取り乱している様子がないから自身の見た目の変化について理解しているようだ。
この犬が日下部で、いずれ元に戻るとして、今自分がどうすべきなのかさっぱり分からない。なぜなら俺は犬に限らず、動物全般がなんとなく苦手だからだ。もっと適切に言うなら、存在自体は平気だが自身が触れることに抵抗があった。
妙に柔らかくてなまぬるい、人間とは違う体。触れたそこに言葉の通じない別の生き物の命があるという現実を上手く咀嚼できない。
そもそも、俺は他人の体温に長らく縁のない生活を送っていた。誰かに触れて自分のものではない体温を感じたいと思ったのは日下部が初めてといってもいい。ただでさえスキンシップは得意じゃないのに、ましてそれが動物となると恐ろしくて触れない。
日下部は口元の下着をぽいっと箪笥に戻して、俺の顔を見上げた。背を伸ばして座っても俺よりずっと低い位置に彼の頭がある。
本来の彼は身長が高く筋肉があり背中が広い大柄な体で、傍にいるととても安心感がある。しかし犬の彼の体はそれほど大きくない。これではうっかり蹴ったり踏んだりして傷つけてしまわないか、不安が拭えない。
「きゅうぅん」
小さく鳴いたかと思うと、日下部は俺を見つめたまま後ろに数歩下がった。微妙に空いたその距離をやはり持て余す。
三週間ぶりに日下部の顔を見て言葉を交わし、肌に触れたかったのだけど、これでは叶わない。だからといって犬になった彼を置いて帰るわけにもいかない。何か深刻な事情があるかもしれないし、俺も何がどうなっているか気になるのだ。
どうしよう。俺が考え込んでいるうちに、彼は静かに立ち上がってダイニングテーブルの下に潜っていった。
「どうして逃げるんだ」
避けられていると直感してテーブルの下に声を掛ける。椅子の脚の間に体を収め、床にぺたんと伏せた彼がじっと俺の顔を窺っている。
「どうした?」
しゃがんで手を伸ばしてみると彼がふるふると首を振った。
「触られるのは嫌か」
また首を振った。くぅん、とまた小さく聞こえた鳴き声にどことなく寂しそうな、申し訳なさそうな色を感じる。そういえば俺があまり動物を好まないことを彼は知っているのだ。もしや俺は気を遣われているのではないか。
彼は意外と繊細で分かりづらいけれどよく他人に気を遣う男だ。仕事終わりに訪ねてきた恋人に予想外の姿を曝している、それを気にしていてもおかしくない。
ああ、この犬は間違いなく日下部だ、と納得する。見た目が犬とはいえ日下部は日下部。であれば俺が触れたい恋人に違いない。
「日下部」
俺はもう一度手を伸ばして、身を捩って躱そうとする彼の頭に触れた。チクチクしていそう、という予想に反して柔らかな毛並みが掌をくすぐった。ゆっくり頭を撫でると、人肌より少し高い体温を感じられた。
観念したのか、掌が触れてすぐ日下部は大人しくなった。テーブルの下を覗き込む格好で彼の頭をそのままするすると撫でてみる。彼の二本の耳が、撫でる手に抗わず後ろにぺたりと垂れた。不快ではなさそうだと判断して、背中の方へ手を動かす。
実家はペットを飼っておらず、犬を飼っている友人に触らせてもらうような経験もなかったから、犬をこうやって撫でるのは記憶にある限り三十六年間生きてきて初めてのことだ。撫でたくらいでは犬の体は潰れないらしい。ぬくくて柔らかい感触は当然人とは違うが、思ったほど恐ろしいものではなかった。
ぱた、と音がした。どうやら彼の尻尾が左右に揺れて椅子の脚に当たる音のようだった。彼は頭を伏せた姿勢で、俺にされるがまま動かない。でも尻尾は喜びを訴えている。
それに気付いて胸がきゅうっと締めつけられたようにときめいてしまう。キスをしたい気分のときに前に突き出る下唇。首裏に触れるとくすぐったそうに細められる瞳。無言で近寄ってきて肩にもたれかかってくる背中。そういう分かりにくいけれど分かりやすい、俺の好きな彼の仕草そのものだったから。
俺が手を離すと名残惜しそうに彼の瞳がついてくる。それがまた可愛らしくて堪らなかった。
「おいで」
俺が彼を呼ぶと、彼はのそのそとテーブルの下から這い出てきた。それから続きを要求するように頭をぐりぐりと俺の手元に押しつけてくる。
「ふ、ふふ、くすぐったい」
「わん」
「ここは撫でても平気か?」
「わう」
あちこち撫でろと求められてその身体中を両手で撫で回す。そのうち彼も前足を俺の体へ乗せてもっともっとと擦り寄ってきて、機嫌よく動く尻尾を横目に俺のスーツがどんどん毛だらけになっていった。
彼がゴロゴロと鳴らす喉の音が心地いい。あの日下部がここまで積極的に甘えてくるなんて、今は人より犬の本能が強いのかもしれない。動物セラピーという言葉があるくらいだ、しかもそれが恋人ともなれば、癒し効果は何倍にもなる。三週間の疲れがさらさらと薄れていく感覚がする。
「ワンッ」
ぺろり。ざらっとして湿った舌が俺の鼻先を舐めた。
「ん、この姿だとキスしにくいな」
初めにあった犬への抵抗感はどこへやら、俺は鼻の横にキスを返して彼の体をぎゅっと抱き締めた。
「う、おっ!」
すると突然、腕の中の生き物が形を変えた感触がして、聞き慣れた男の声が耳に飛び込んできた。
黒っぽい焦げ茶の髪、凛々しくて男前の顔、三十六度台の体温、肌色の二の腕と足。広い背中に逞しい筋肉。俺のよく知る男の体が、犬がいたはずのここに収まっていた。紛れもなく日下部だ。
「戻ったのか」
「っぽいな。とりあえず一旦離してもらっていいですか。素っ裸なんで」
「着替えたら説明を頼む」
「はいはい、分かってるよ」
俺が腕を解くと、全裸の日下部がため息を吐きながら洗面所に服を取りに行った。やはり動揺している様子はない。慣れているのか、と疑問が湧く。自分の服にたっぷりついた動物の毛はあの犬が幻覚でない証拠だ。
「悪いな、スーツ毛まみれにしちまって」
「それは別に構わないが……」
服を着て戻ってきた彼が粘着クリーナーをこちらに差し出してくる。それを受け取りながら彼に説明を求める。彼は居心地悪そうな顔をしてまたため息を吐いた。
「そういう体質だ。たまに犬になるっていう」
「呪いか? それとも家系のものか」
「生まれつきだけど遺伝ではない。稀にいるんだってよ、似たような体質の奴」
「初耳だ」
「まあ言ってなかったし」
そう言って日下部は首の後ろをがりがりと掻いた。言いにくそうな空気に、敢えて俺に話していなかった理由があるのだと分かった。言いたくないことを無理に話させるのは気が引けるが、俺も彼の体質とやらの付き合い方を知っておきたい。こちらから質問を続ける。
「犬化する条件は?」
「あー……」
彼は一度口ごもり俺から視線を逸らした。もごもごとその唇が動くのを黙って見守る。
「ストレスが溜まると人の形を保てなくなる」
「仕事が忙しいとか?」
「まあ、それでなることも一応ある。ここ数年は安定してたんですけど……」
一体どんなストレスが溜まって数年ぶりに犬に姿が変わってしまったというのか。彼の言葉を待つ。
「……もうそろそろお前が来る頃かなと思ったら気が抜けたと言いますか」
いつもと比べものにならないほど小さな声がぼそぼそと言った。ぱちくり、俺は瞬きをして日下部の顔をまじまじと見つめた。それはつまり?
ストレスが溜まって姿が変わるのなら、ストレスが解消されれば戻れると考えるのが妥当だ。俺が来るまで気を張っていたらしいこと。俺に散々撫で回されたあと人に戻ったこと。二つを脳内で結びつけてみて、思い至った答えに驚く。
「まさか、寂しかった、のか」
「……悪いかよ」
唇を尖らせて拗ねた顔で彼がぽつりとこぼす。その言葉が嘘でないことはそこにある表情を見れば一目瞭然で、俺はあまりの衝撃にすぐに反応を返せなかった。
いつもメッセージのやり取りでいちいち愛の確認なんか二人ともしない。顔が見たいとか声が聞きたいとかはっきり口にすることも多くない。彼に至っては隣にいても『好きだ』と言ってくれること自体少ない。そういうものだと思っていた。
言ってしまえば、たった三週間会わなかっただけ。それが彼にとってはかなりのストレスで、俺と今日会えることはストレスを溜め込まないように慎重に振る舞っていた気持ちがつい緩んでしまうほどの一大事だったという。自分から頭を押しつけて撫でてもらおうとする先程の姿は、何も犬の性質によるものではなかったのだ。
寂しいという感情を彼から聞いたのは今日が初めてだ。触れ合いたい、キスをしたい、名前を呼んでほしい。俺にもそういう欲求はあるし彼にもあることは分かっている。でも、勝手にささやかなものだと思い込んでいた。
今日イチ大きなときめきに堪らなくなって、そっぽを向く恋人の体を思い切り抱き寄せた。
分厚い体を両腕で抱き締め、さっきは上手くできなかったキスをその唇に落とす。ちう、ちう、とそのまま顔中に唇で触れてこれでもかと頭を撫でてやる。
日下部は嫌がらなかった。なんだか諦めた顔で素直に俺の抱擁とキスと愛撫を受け入れ、やがて開き直ったのかもぞもぞと俺の方へ頬を寄せた。ぐり、と頬擦りしてくる仏頂面の恋人の様子と言ったら、今まで知らなかったのが惜しくて仕方なくなるほど可愛らしかった。
もっと早くに教えてくれていたらストレスが溜まりすぎないように俺も対応したのに、などというのは無責任だろう。同じように睦言が得意でない俺には、正面切って甘えられない彼を責められない。今知って後悔と反省をしたなら、これから改善すればいい。
できる範囲で連絡の頻度を増やして、言葉にするのを躊躇わず、伝わりやすい単語を選ぶ。難しいことだ、でもできないことじゃない。彼はそこまで気負わなくていいとか言うのだけど、俺がやりたいからやるのだ。
「好きだ、日下部」
「ん、俺も」
「俺も君が恋しかった」
「おう」
「もう少し触れていていいか」
「どーぞ」
日下部の体は温かくて落ち着く匂いがする。吸い込んで吐いた俺の息がくすぐったかったらしい、彼が小さく笑った。一緒に夕飯と大福を食べるのは二人とも満足した後になりそうだ。
そろそろ暑いと呆れて彼に引き剥がされるまで、俺はしっかり三週間ぶりの恋人の体温を堪能した。

Comments

  • 球体タマネギ
    Mar 14th
  • ユキヨシ
    January 28, 2025
  • 白狐
    May 29, 2024
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