縁の下、えにしの下
楽曲パロで書いたもの
元楽曲リンク:https://youtu.be/p9FJXfGHtDA?si=cu7hiiqJTboSgHbm
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呪術師という職業は、その性質上一般人には非常に理解されづらい。
呪霊は一般人には視認できない。そのため、依頼人に「霊感商法」と揶揄されることなど日常茶飯事。地方では、「災厄を運んできた」と勘違いされて差別されたこともある。そのことについて怒りを覚えたことはない。「わからない」ということは最大の根源的恐怖であり、わからないものを攻撃するのは生物としては当然の反応である。悲しみを感じることはあっても、恨むことはない。
ここのギャップに壊れた人間は何度も見て来た。鬱になって休職したまま帰ってこないやつ。線路のシミになったやつ。呪術界をひっくり返そうと反旗を翻したやつもいた。
「お前は大丈夫そうか、日車」
「構わない。俺はそういうのには慣れている」
「あー……士業はそうだろうな……とはいえ、無理すんなよ」
「ああ」
呪術高専の応接間。ソファに座った日下部が、手持ち無沙汰なのかボールペンをくるくる回して遊んでいる。机の上のもなかは全く手が付けられていない。
日下部は呪術界の中でもかなりまともな方である。日車はそう認識している。彼は、呪術師が一般人に理解されないことをよくわかっているし、そのことで心を痛めている。しかし、「理解されない」と怒ることはないし、「わかってもらおう」ともしない。のらりくらり暴言を躱し、自分の軸を崩さないから、この呪術界でやっていけている側面もある。
日車にとって、日下部は自らを救ってくれた恩人だ。いきなり術式が発現し、その力に身を任せ殺人を犯す寸前だった日車。それを止めてくれたのが、日下部だった。彼がいなければ、今こうしてここに座っていることもなかっただろう。
「それと、お前と同時期に術式が発現した芸人いたろ。お前の同期だから、ちゃんと仲良くするんだぞ」
「ああ……ああいう人間は正直苦手なんだが」
「ワガママ言いなさんな。俺なんて同僚が五条だぞ、俺に比べたらマシだろうが」
「ははは、それもそうだ」
もなかは既に水蒸気を吸ってしなびている。茶もすっかり湯気が出なくなり、茶葉が沈殿してしまっている。
「しかし、理解されないというのは確かに苦しいことだ。日下部、君もあまりため込み過ぎるな」
「理解されない、か」
日下部が、ふと呟いた。応接間の外では、秋風。ひゅおと木枯らし吹いて、空は茜色。日車は少し顔を上げた。
「俺らの仕事なんて、まぁ……わかるもんじゃねぇよな」
「……そうだな」
「命懸けで呪霊祓っても、『嘘』の一言で片づけられる。俺たちの行為は限りなく透明化される。ま、慣れるしかねぇが」
日下部はそう言って、キャンディを取り出す。
その横顔は、日車が知る限りもっとも、非術師に近い呪術師だった。
狂った倫理観に漬け込まれ、人間だった頃を忘れて生き延びる呪術師の中で、彼だけがまだ人間の記憶を保っている。その痛みを抱えながらも、軽口を叩いてみせる。
――そんなところに、惹かれたのだと思う。
「……俺も、似たようなものだ」
「ん?」
「理解されないのは、慣れてる」
「そりゃ、元弁護士だもんな」
「ああ」
日車は、そう答えながら視線を逸らした。
―――違う。
本当に理解されないのは、この感情のほうだ。呪術師という倫理規範に漬かることよりも、ずっと。
誰かを想って苦しくて、でもその相手が男で、自分と同年代で、尊敬する人間で。気持ち悪い、と笑われる未来が簡単に想像できる。
だから黙っている。言わないことでしか、壊さずに済む関係がある。
「……どうした?」
「いや」
もしかしたら、受け入れてくれるかもしれない。そうでなくても、聞き流してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱くことも、ある。それでも、怖いものは怖いのだ。
だからこそ停滞を選ぶ。この感情は、このままでいい。
「ま、なんかあったら言えよ。話ぐらいは聞いてやるから」
「……ああ、そうさせてもらう」
日下部は笑った。その笑顔に、日車も笑い返した。ああ好きだ、と思う。その顔も仕草も言葉も存在そのものも何もかもに憧憬を抱く。そんなことを考えていて、自分が嫌になるのにそれでも止められないのが辛くて苦しいのだ。
黙ることでしか守れないものがある。この道を自分が選んだのだ。絶対に、隠し通すという決意と共に。
貴方が好きだ―――その声を飲み込んで、日車は目を伏せた。