ノドグロ 世界初の完全養殖 成功までに乗り越えた三つの壁…能登半島地震の試練も
「白身のトロ」とも呼ばれる高級魚のアカムツ(ノドグロ)の完全養殖に近畿大学の研究チームが世界で初めて成功した。濃厚な脂のうまさを安定して多くの人に届けられるか。チームが10年がかりで乗り越えた壁と、今後の課題を探った。(伊藤孝則)
日没後に採卵
5月中旬、近大水産研究所の富山実験場(富山県射水市)を訪ねた。富山湾に面した実験場の建物に入ると、腰の高さほどの透明な水槽がずらりと並ぶ。円形の水槽に近づくと、6センチ程度に育った稚魚たちが寄ってきた。餌がもらえると思ったのかもしれない。
案内してくれた実験場の技術職員・中村尚隆さん(34)は「完全養殖が実現するまで、とにかく手探りでした」と明かす。近大マグロの完全養殖で知られる近大で、高級魚として人気が高いノドグロの完全養殖に向けた研究が始まったのは2015年。当初から取り組んできた中村さんはまず、卵の入手で最初の壁にぶち当たった。
深海近くに生息するノドグロの生態は未解明な部分が多い。産卵時期とみられる夏季に地元のノドグロ漁船に乗せてもらい、刺し網漁で船に揚げられた雌の腹から採卵しようと何度も試みたが、卵が出てこなかった。18年までの4年間、同じような状況が続き、「すでに産卵した後では?」と思い立った。
船で魚を引き揚げるのは、決まって未明から日の出までの時間帯だった。19年9月、漁師に頼み込んで、日没後に早めてもらうと、予想は的中。産卵直前の雌からようやく十分な量の卵を得ることができた。
浮袋と酸素濃度
船の上で雄の精子をかけて受精卵を作り、実験場に持ち帰った。富山湾の水深100メートルの海底から常時取水する海水で飼育する水槽を用意したが、 孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)が稚魚に育つ前にほとんど死んでしまうという次の壁が待っていた。
詳しく調べると、体内の浮力を調整する「浮袋」が異常に膨らむ症状が出ていた。水中に潜れず、水面付近に浮かんでしまうことで生き残れなかったとみられる。水温や塩分濃度、照明などの条件を変えてみても、浮袋の異常は止まらず、稚魚になる割合は3年たっても0.1%未満だった。