第3話 血戦!はじめてのオペバトル!

 時刻は、午後一時。


 セキクロス公園の中央広場には、すでに人だかりができていた。


 昨日の放課後、切札零が赤城ミナに勝負を挑んだという噂を聞きつけたクラスメイトたちが、面白半分に集まっていたのだ。


 目的はもちろん、バディもオペギアも持たないゼロが、約束を破って罰ゲームを受けるところを見るためである。


「おい、来たぞ!」


 誰かが叫んだ。野次馬たちの視線が、公園の入口へ一斉に向く。


 そこにいたのは、持たずのゼロ――いや、いまは違う。


 手首に銀色のオペギア『MESCALIBUR』を身につけ、七色の髪をした小柄なバディ――ホシを連れた、切札零の姿だった。


「おいおい、マジでバディ連れてるぞ」


「なんだ、あのバディ。見たことないぞ」


「あのオペギアもなんだ? 見たことないぞ」


 野次馬たちがざわめく。その声を受けて、広場の中央に立っていた少女が、にやりと笑った。


 赤城ミナ。


 ゼロをいつも執拗にからかってくる、クラス一の乱暴オペラーである。


「へぇ。本当にバディ連れてるじゃん」


 ミナは腕を組み、勝ち気な笑みを浮かべた。


「まあ、アタイのバディには勝てないだろうけどね」


 ミナの隣には、赤銅色のツインテールが特徴的な少女が立っていた。女子中学生――ではない。女子中学生モデルのバディだ。引き締まった腕。鋭い目つき。いかにも戦闘向けに調整された、勝気な外見。


 ホシはその姿を見て、少しだけゼロの後ろに隠れた。


「マスター……あのバディ、強そうです」


「大丈夫だ、ホシ」


 ゼロは震える手を握り締めながら、精いっぱい笑ってみせた。


「俺たちだって、負けるつもりで来たわけじゃない」


「オペバトルのルールは分かってるね?」


「ああ! 毎日OpeTubeで予習してたからな!」


「なら説明はいらねえな! いくよ!」


 そのときだった。


「お互い、準備はよろしいですね?」


 いつの間にか、二人の間に一人の男が立っていた。


 両腕には『SHIN-PAN』というタトゥー。目はうつろで、額には小さな端子が埋め込まれている。


 脳に審判AIを刻み込まれた、公式審判人間である。


 重犯罪者が審判として再利用されることは、大医療時代の常識だった。


 なお、世界人口の一割は審判である。


「ひっ……いつの間に」


 ゼロが一歩下がると、審判人間は無表情のまま両手を広げた。


「本日のルールを発表します」


 審判人間の口から、機械じみた声が響く。


「ルールは、スピードラン。今回の課題は――バディの右腕と左腕の交換手術となります」


 広場がどよめいた。


「右腕と左腕の交換……!」


 ミナが楽しそうに口角を上げる。


「ポピュラーなオペだけど、ちゃんと動かせるように繋ぐのは意外と難しいんだよね」


 審判人間が続ける。


「勝利条件。両腕の交換手術を完了させた後、バディが術後の手で『十二段はしご』のあやとりを成功させること。完成タイム、縫合精度、術後動作を総合判定します」


「十二段はしご……?」


 ゼロは青ざめた。あやとりの中でも、かなり複雑なやつだ。ましてや腕を付け替えた直後の手でやらせる競技ではない。


「ホシ、できるのか?」


「マスターのオペが成功すれば……可能です」


 ホシは小さく頷いた。その声は震えていた。だが、逃げようとはしなかった。


「よし」


 ゼロは深く息を吸う。


「いくぞ、ホシ!」


「はい、マスター」


 ミナはにやりと笑い、自分のバディへ指を鳴らした。


「こっちも準備しな! アカネ!」


「了解、ミナ様」


 赤銅色のツインテールを揺らし、ミナのバディ――アカネが手術台へ横たわる。


「それでは参ります」


 審判人間が片手を高く掲げた。


「オペバトル……レディーーーーーー」


 公園中が静まり返る。


 ゼロは手首のオペギアに触れた。


「GO!!!!!!」


 審判人間の叫びと同時に、バトルが始まった。


「展開しろ!! MESCALIBUR!」


 銀色のギアが青く輝く。足元の地面に光の網目が走り、一瞬にして白い手術台と器具トレイが展開された。


ホシが、その手術台の上に横たわる。するとベルトが自動で動き、ホシの身体を固定した。


 隣では、ミナのオペギアも派手な赤い火花を散らしながら展開されている。こちらは手術台というより、工事現場だった。巨大なチェーンソー。電動ノコギリ。リベット打ち込み機――殺意の高い医療器具がずらりと並ぶ。


「うおりゃあああああ!」


 ミナは迷わずにチェーンソーを振り上げ、アカネの右腕めがけて一気に刃を入れる。


 ギュイイイイイイイイイイン!!


「右腕いっちょ!」


 鮮血が弧を描き、アカネの右腕が宙を舞う。


「続けて左ぃ!」


 ミナのチェーンソーが再び唸る。


 観客たちが歓声を上げた。


「すげぇ! ミナ、速い!」


「さすが乱切りのミナ!」


「ゼロはどうした!?」


 ゼロは動けずにいた――オペギアは展開した。器具も揃っている。メスも、手の中にある――それなのに、ゼロの手は止まっていた。


 怖い。


 当たり前である。


 無傷の健康な人間の腕を、これから切り落とすのだ。しかも、その相手は昨日出会ったばかりのホシだった。


 冷凍ケースの中で眠っていた小さなバディ。


 初めて目を開いた時に、「痛くない名前がいい」と言った少年。


 その腕を、自分の手で切る。


「……っ」


 ゼロの指先が震えた。母の言葉が、頭をよぎる――あなたは、命を、道具にしないで。


 これは本当に、命を道具にしないことなのか?


 これは本当に、ホシを傷つけることではないのか?


 どうすればいい?どうすれば、オペラーになれる?


 隣では、ミナが着々と腕の交換準備を進めている。


「おいおい、ゼロ止まってるぞ!」


「やっぱ口だけじゃん!」


「罰ゲーム決定だな!」


 野次が飛ぶ。そのとき、ホシがゼロを見た。手術台に固定されたまま、星のような瞳で、まっすぐに。


「マスター」


「ホシ……」


「信じています」


 その一言が、ゼロの胸に落ちた。


――信じている。


 切られる側のホシが、切る側のゼロを信じている。


 その瞬間、ゼロは、自分とホシの中で何かが繋がろうとしているのを感じた。


――光。


 遠い宇宙の奥から伸びてくるような、細い光の線。それが、ホシの右腕と左腕をめぐり、血管、神経、筋肉、骨の位置をなぞっていく。


 ゼロには見えた。どこを切ればいいのか。どこを残せばいいのか――どう繋げば、ホシの身体が一番痛まずに済むのか。


「ホシ……」


 ゼロは、震える手でメス・カリバーを握り直した。


「マスターじゃない」


 ホシが目を瞬かせる。


「このオペが終わったら……ゼロって呼んでくれ!」


 ホシの瞳が、少しだけ大きく開いた。


 そして、小さく頷く。


「はい。成功したら、そう呼びます」


「約束だ!」


 ゼロの目に、炎が宿る。


「いくぞ、ホシ!」


「はい、マスター!」


 ゼロはメスを構えた。


 包帯で持ち手が巻かれた、特殊なメス――メス・カリバー。その刃先が、午後の光を受けてきらりと煌めいた。


「あまいねぇ!」


 ミナが横目で笑う。


「メス一本で腕の切断なんかできやしない!」


 次の瞬間。


 キラメキが、一本の線になった。


 ゼロの身体が、風のように動く。


 メス・カリバーの刃が、ホシの右肩をかすめた。いや、かすめたように見えただけだった。ホシの右腕が、痛みを置き去りにするような滑らかさで宙に舞う。


「なっ!?」


 ミナの顔から笑みが消えた。


 ゼロは止まらない!光の軌跡に沿って、メスを振るう!左腕が飛ぶ――だが、それは乱暴な切断ではなかった。切断面は、鏡のようになめらかだった。血管は必要な位置で止まり、神経は細い糸のようにそろい、筋肉の断面は美しい層を描いている。


「な、なんだあの動きは!?」


「本当に初心者なのか!?」


 野次馬の声は、もうゼロには届いていなかった。ゼロの精神は、自分の中だけの宇宙を走っていた。


 そこには、ホシの身体があった。


 星のように光る神経。


 川のように流れる血管。


 銀河の腕のように絡み合う筋肉。


 そのすべてが、ゼロに語りかけている。


 ここを切れ――ここを繋げ――ここは傷つけるな。


「分かる……」


 ゼロの指が、勝手に動く。


「分かるぞ……!」


 右腕を左肩へ。左腕を右肩へ。位置を合わせる。骨を噛ませる。血管をつなぐ。神経を拾う。筋肉を縫う。針が走る。糸が結ばれる。メスが舞う。


「ホシの身体が、伝えてくる……!」


 ゼロは叫んだ。


「俺はただ、その声の通りに、メスを動かせばいい!」


 シュウウウウウウウッ!!


 縫合が完了した瞬間、ホシの身体から白い蒸気が噴き出した。バディが持つ、常人の五百万倍の超回復。切断面が淡く光り、細胞が恐るべき速度で結合していく。


 右腕だったものが左腕として。左腕だったものが右腕として。ホシの身体に馴染んでいく。


「バイタル、安定……!」


 ゼロは汗を拭った。


「どうだ、ホシ!」


 ホシはゆっくりと身体を起こした。右肩からは左腕が。左肩からは右腕が。それぞれ、何事もなかったかのようについている。


 ホシは両手を見つめ、指を一本ずつ動かした。


「……動きます」


「よし!」


 だが、勝負はまだ終わっていない。


 勝利条件は、術後の手で『十二段はしご』のあやとりを完成させること。


 隣では、ミナも最後の縫合を終えていた。


「へっ、やるじゃんゼロ!」


 ミナが額の汗を拭いながら笑う。


「でも、勝つのはアタイだよ! アカネ、あやとり!」


「了解、ミナ様」


 アカネは起き上がり、用意された赤い毛糸を手に取った。


 ホシも、青い毛糸を受け取る。


 審判人間が無表情のまま告げる。


「術後動作判定。十二段はしご、開始」


 二体のバディが、同時に糸を動かし始めた。


 アカネの動きは速かった。力強く、迷いがない。だが、少し――粗い。

指先が震え、糸の張りが乱れる。


「あっ」


 アカネの指から、一本の糸が外れた。


 その瞬間、完成しかけていたはしごが崩れる。


「アカネ!?」


「すみません、ミナ様。左手小指の神経接続に、0.3ミリのズレが発生しています」


「くっ……!」


 ミナが悔しそうに歯を食いしばる。一方、ホシの動きは遅かった。


 とても遅い。けれど、丁寧だった。


 一本ずつ。確かめるように。


 痛みがないか確かめるように。


 ゼロは息を止めて、その手元を見つめていた。


「がんばれ、ホシ……!」


 ホシの指が、最後の糸をすくう。小さな両手の間に、複雑な糸の模様が広がった。


 一段、二段、三段。


 さらに段が増えていく。


 十段、十一段――そして――十二段。


「完成」


 審判人間の目が青く光る。


「術後動作、正常。十二段はしご、成立。勝者――切札零!」


 一瞬、広場が静まり返った。そして、爆発した。


「うそだろ!?」


「ゼロが勝った!?」


「型落ちの見たことないバディで、ミナに勝ったぞ!」


 野次馬たちの声が、公園中に響き渡る。ゼロは、その場に膝をつきそうになった。


 手は震えている。背中は汗でぐっしょりだ。でも、メス・カリバーを握る指だけは、不思議と熱かった。


「勝った……」


 ゼロは、呆然と呟く。


「俺たち、勝ったんだ……!」


 そのとき、ホシが手術台から降りた。左右を交換されたばかりの腕をそっと胸の前で揃え、ゼロのそばに歩いてくる。


 そして、小さく頭を下げた。


「……ゼロ」


 ゼロは顔を上げた。ホシが、ほんの少しだけ笑っている。


「勝ちました。ゼロ」


 その瞬間、ゼロの胸の奥で、何かが熱く弾けた。


 もう、持たずのゼロじゃない。彼にはメスがある。彼にはバディがいる。そして初めて、勝利があった。


「おう!」


 ゼロはメス・カリバーを高く掲げた。


「これが俺たちの、はじめてのオペバトルだ!」


 公園の空に、子どもたちの歓声が高く響いた。


※この後、バディ二人の右腕と左腕を戻す手術が行われましたがその過程は省略します。

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爆裂オペバディ!~患者の拳で医師を貫け!立春乖離編~ 髪之流 @noll502

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