直近の解決策となるのが、海外のグローバルVCから直接調達することだ。シードからアーリー段階までは国内VCの支援の下でフィジカルAIの世界級ベンダーとなるスタートアップの卵を成長させ、ミドルからレイター以降は、巨額のファンドサイズを持つ海外のグローバルVCからの調達につなげる・切り替えて行くというアプローチである。
例えば、日本取締役協会(JACD)のスタートアップ委員会は、こうした趣旨のアプローチを「グローカル成長投資モデル」と名付け(図12)、2023年4月に発表した提言8)に盛り込んでいる注5)。この提言では「国内投資家のみによりグローバル型スタートアップを生み出そうとする純血主義的発想を捨て」るべきとまで明言している。
JICは日本VCが国内外の機関投資家から出資を受けられるようにするための厳しい基準・条件を明示していたが(図10)、この日本取締役協会の提言はそのスタートアップ版ともいえる。米国などの有力なグローバルVCから、日本発のスタートアップが資金調達できるようになるためにはいくつか必須の条件があり、それがこの提言内でまとめられている。日本国内に限定されるような事業では当然門前払いであり、グローバル市場で本気で勝負しようとする起業家しか相手にされない。起業家のプランがbold visionになっており、その実行を裏付けられるような経営体制を整えておくことも必要だ。形式的なところでは、投資契約書等は当然、英文である必要があるため、同協会は日本のスタートアップが海外VCと投資契約を結ぶための「英文モデル契約書」まで作成して公開している。同提言では国内VC側にも「フォローオン投資の徹底」「そのための資金枠の確保」など厳しい条件を求めている。
「米国の有力VCから直接資金調達するなど至難の業で、現実的ではないのでは」という向きもあるだろう。しかし、フィジカルAIで世界級のプラットフォーマー・ベンダーになるのであれば、その程度のハードルは当然くぐり抜けてしかるべきだ。実際、米国の一部の超大手VCも日本のスタートアップを投資対象として検討している。Coalisの久保田氏は「米国の大手VCのキャピタリストに会うと、必ず『日本によい投資先はないか』と聞かれる。彼らは血眼になって世界中を飛び回り優れた案件を探している」と語る。
生成AIやフィジカルAIは米国が国としての威信を賭けて取り組んでいるフィールドであり、経済安全保障などの文脈から日本との協力を深めようとしているとはいえ、「AIについては米国製を使えばよい。日本企業にはロボットハードウエア面をやってほしい」と米国人は考えそうにも見える。しかし、Coalisの久保田氏は「VCは資本主義の権化のような存在。多大なキャピタルゲインが狙えると判断すれば、地域がどこかなどにとらわれずそのスタートアップに投資するだろう」とする。東京大学の松尾豊氏も「米国の有力VCからの調達は十分ありうる。フィジカルAIであっても、例えば、『AIはヒューマノイドなどのハードウエア側とすり合わせて統合的に開発する必要がありハードウエア面が得意な日本という国で投資する意義がある』などと日本ならではのメリットを強調すれば説得の余地はある。米国の有力VCといっても一枚岩ではなく、乗ってくるところもあるだろう」と語る。
前述のJICは実は海外の有力VCにも自ら出資して提携しており、彼らを日本のスタートアップなどにつなげる取り組みも進めている。米Lux Capital Managementや米New Enterprise Associates(NEA)などに出資済みで、こうした有力VCはJICを窓口として日本の優良なスタートアップにアクセスしやすい。グローカルモデルは荒唐無稽なものではなく、既に十分手の届くところまで来ているのだ。
久村 俊幸氏 産業革新投資機構(JIC) 取締役CIO
日本のスタートアップエコシステムはよく米国と比較されるが、実は米国と比べる以前にそもそも欧州からも10年は遅れている。欧州でもローカルなVCの資金力だけではグローバルに成長するスタートアップを生み出せないという問題意識をかつて抱えていたが、その後、グローバルVCの資金をうまく呼び込み、10年前は1兆円規模だったスタートアップによる資金調達額が、2023年には10兆円を超えるようになり、急速に拡大した。ユニコーンも200社超になっており、これによって欧州VCの収益性が改善。米国VCにほぼ遜色ない水準のリターンを挙げるようになり、それがさらに欧州域外の投資家を引きつけるようになっている。今では欧州のグロース資金の大半は域外からのものだ。インドも同じ状況。日本国内のVCの成長・発展についても、こうした欧州の発展が大いに参考になると考えている。スタートアップがビジネスをグローバルに展開するに当たっては、その資金もグローバルVCから受けるという方が明らかに自然だ。
海外の有力VCにJICから出資し提携を進めているが、これもJICから50億円出したら、彼らも日本のスタートアップに50億円出資してくれるということではない。JICが組む海外VCというのは、日本のVCが参考にできるようなトップ級のVCである必要があり、そうしたところは1つのLP(ファンド出資者)でしかない日本への投資がマストなどということは許可されない。なので我々が何をやっているかというと、「まずは日本に来て下さい。それで日本のスタートアップと面談してください」とお願いしている。それで投資できるかどうかを案件ベースで議論してください、ということだ。それから、NEAのような著名なVCが日本をみるようになったことで、他の海外VCも日本の方をちゃんと向いてくれるようになるという効果も出つつある。
公的年金基金については日本では規模があまりに大きく、規模が小さい日本のVCファンドとはサイズ面でミスマッチがある。米国では公的年金が州ごとに分かれており、日本ほど巨大にならずうまく分散している。日本ではまとまった資金を公的年金側が入れたいと思っても、それを受け入れられるようなVCが少ない。ファンドの規模を拡大すると当然、リターンは低下しやすいというのがこの世界の共通認識。このあたりはなかなか時間がかかるだろうと見ている。(談)
冒頭でフランスのMistral AIについて言及したが、今の生成AIにおいてフランスが同社のように世界でそれなりの存在感を示す企業を巨大スタートアップとして生み出せているのは、何も偶然などではなく、フランスのAI人材が極端に日本より優れているからでもなく、こうしたリスクマネーが適切に流れる仕組み・スタートアップエコシステムの正しい拡大にキチンと向き合い、10年間地道に取り組んで来た成果なのである。これを日本も実施できないわけがない。米国シリコンバレーの背中は遠くとも、明らかに欧州型にはなれるはずだ。しかし、今の日本は「神話」のような言説の議論ばかりが目立ち、欧州のスタートアップエコシステムが非常に進んでいるという認識すら産業界で十分に共有されていないだろう。「神話」の議論よりも、リスクマネーを適切に回すための実務的な議論をすべきだ。
日本スタートアップとは何か
今後は「日本のスタートアップ」の意味や定義、さらには「境界が溶けていきそうだ」(グロービス・キャピタル・パートナーズの福島氏)(図13)。例えば、フィジカルAI領域ではないものの、日本のSakana AIは本拠地は日本だが、リード投資家は海外のグローバルVCであり、同社の創業者はGoogle出身のAI研究者David Ha氏という海外出身の人物である。Ha氏は「世界モデル(world model)」の提唱など世界的な知名度を持ち、それがグローバルVCを引きつけた。ヒューマノイド開発を手掛けるといわれるGenki Roboticsも拠点は日本だが、創業者はスマホOS「Android」を生み出したAndy Rubin氏でその世界的知名度でグローバルVCから調達している。「AI Tuber」を手掛けるShizuku AIは米University of California Berkeleyでリアルタイム性のある拡散モデル「StreamDiffusion」を開発した研究者の小平暁雄氏が創業しており、超大手VCのAndreessen Horowitzがシードで出資した。宇宙ロボットを手掛けるGITAIのように日本で創業し、日本の投資家から資金を調達しながらも、会社ごと米国へ移転し、創業者らも米国籍を取得したような事例もある。
これらを踏まえると、今後は何をもって「日本のスタートアップ」なのかの線引き・定義が難しくなっていくといえる。本拠地、創業者の出身地、投資したVC、事業テーマなどどこかに1~2個でも日本由来の要素が入っていれば、それは「日本由来のスタートアップ」とゆるくとらえていくべきなのかもしれない。
最近では、海外の大学などでフィジカルAI領域で世界的な成果を挙げ、スター研究者となるような人物も日本から出てきている。そうしたスター級の人物がその研究の世界的知名度を武器に起業すれば、「日本由来のスタートアップ」でもグローバルの有力VCから巨額の資金を調達することは不可能ではなく、十分あり得ることだ。若く既に世界で活躍している人材が日本に戻ってきて起業することも出てくるだろう。中国人学生が米国留学し、アカデミックで世界的成果を挙げた後、帰国して中国国内で活躍する「海亀族」と同じようなことがフィジカルAIで起きれば、海外の有力VCの資金が日本スタートアップに大規模に投じられるのも決して夢ではない。
フィジカルAIの戦いは5年~10年の長期になることも想定され、そうなれば、このグローバルVCからの調達という「第一の矢」に加えて、前述した日本のスタートアップエコシステムの拡大という「第二の矢」も効き始める。途方もなく思えても、周囲から反対されても、それに果敢にチャレンジしていくのが起業家であり、今の日本の大企業の創業者もかつてはそうした壮大な夢に挑んだ起業家だった。今、フィジカルAIでそれを実行すべき時だ。
石田 英和氏 レオス・キャピタルワークス 顧問 / FinCity.Tokyo(東京国際金融機構) EMPスペシャルアドバイザー
大阪ガスで企業年金の運用を長年みてきたが、機関投資家としての経験を通して感じるのは日本の年金基金が総じて保守的ということだ。企業年金では企業内の人事ローテーションで担当することが多く、運用のプロがいることは稀で、積極的に運用で攻めるような体制になっていない。「企業年金がリスクマネーの供給を通じて経済成長に貢献する」というアイデアは古くから提唱されており、「スチュワードシップ・コード」や「アセットオーナー・プリンシプル」としてまとめられているが、どうも投資先企業への議決権行使のための制度だと狭く解釈され、形骸化している。企業年金は本来、受益者のために中長期的な投資リターン拡大を図る責任があると宣言し堂々とリスクを取ればいいのだが、その実態はリスク回避姿勢が強く、「運用しない運用」になってしまっている。米国では年金基金のリターンなどの実績は公開されており、高いリターンを挙げた基金は称賛され、劣後した者は恥ずかしい思いをする。アセットオーナー同士が互いに競争する環境が出来ている。アセットオーナーはより高いリターンを獲得するため、大手運用会社で経験を積んだ運用者が独立する時にいち早く資金を入れようと競争する。このような「新人」獲得競争を「EMP(Emerging Managers Program)」と呼ぶかどうかは別として、新興運用会社の設立が盛んになると、新しい運用手法や投資対象の開発も進む。最近では、日本の企業年金についてもリターンなどの実績を「見える化」しようとしているが、これもおかしな話で、各企業年金の実績は厚労省に毎年報告済みなのだから、それを公開情報にすればいいだけだと思う。GPIFなどの公的年金基金についても競争が発生せず、中央集権的なのは同じだ。そもそも、GPIFの目標利回りは一体誰がどのような根拠で決めているのか。「日本国民がリスクを嫌うから保守的」などというが本当にそれを確かめる手段はあるのだろうか。暴論かもしれないが、例えばGPIFを東西に分割して互いに競争させるといった荒療治を検討してもよいのではないか。(談)
1)https://x.com/shanegJP/status/1991754915082039697
2)「GPIF、国内スタートアップへ初の投資」、『日本経済新聞』、https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62317960V00C22A7MM8000/
3)湯山、「機関投資家のベンチャー・キャピタル投資と受託者責任〜我が国年金基金を中心とした考察〜」、『月刊 資本市場』、No.480、2025年8月.
4)秦、「新たなイノベーションへの挑戦-ベンチャー創出とVCの視点から-」、『VENTURE REVIEW』、No.17、2011年3月.
5)Preqin、「国内VCパフォーマンスベンチマーク 第7回調査結果(2024年版)」
6)IPEV Valuation Guidelines 2025, https://www.privateequityvaluation.com/Valuation-Guidelines
7)IPLA Principle, https://ilpa.org/wp-content/uploads/2019/06/ILPA-Principles-3.0_2019.pdf
8)日本取締役協会、「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」、 https://www.jacd.jp/news/opinion/230425startup.pdf
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