現在の日本国内の年間VC投資額は約8800億円である(図1)。1兆円弱あると考えると、それなりの規模だ。ただ、フィジカルAIで米中の企業と正面から戦おうとすると、最低でも1社当たり数千億円の資金がいる。国内のVC投資額のすべてをフィジカルAIという特定分野のみに振り向けられるわけではないため、国内全体でのVC投資額が1兆円弱となると、複数年で単純計算してもフィジカルAIの企業を数社もまかなえず、心もとない規模といえる。一方、スタートアップの本場である米国の年間VC投資額は約33兆円もある。日本の約37倍の規模だ。
「米国は日本より経済規模がはるかに大きいのだから、VC投資額も差があって当然だ」と思われるかもしれない。確かにそれも一理あるが、実は国の経済規模を示すGDPでは米国は日本の高々7倍の規模である(年により変動)。GDPでは7倍の差しかないにもかかわらず、VC投資額になると37倍もの差がついている。これは日本と米国で国の経済規模が違うということを差し引いても、明らかに日本においてスタートアップエコシステムに回る資金が少ないことを如実に示している。米国のVC投資額は自国GDP比でみると年によってバラつきはあるものの、おおむね1%前後あるのに対し、日本は自国GDP比でわずか0.14%である。国の経済規模を踏まえると、日本のVC投資額は少なくとも現状の約5倍、4~5兆円くらいになってもいいはずだ。いくら失われた20年が続く日本とはいえ、そのくらいの実力は日本経済にある。
「米国は世界中から優秀な人材と資金が集まる例外的な国。世界選抜みたいなものだ。その国のスタートアップエコシステムと日本を比較するのは適切ではない」という指摘もあるだろう。しかし、米国ではなく欧州と比較しても、日本のスタートアップエコシステムは規模や実績の面で見劣りする(図2)。例えば、英国やフランスのVC投資額は日本の倍近くあり、ユニコーン企業も数十社近く出てきている。超大国の米国だけでなく、それ以外の先進国と比べても、やはり日本のVC投資額は少ない。
小型IPOしやすかった日本
日本のVC投資額は成長してきたとはいえ、なぜこのように小規模なのか。スタートアップエコシステムは、起業家からVC、そしてVCへの資金の出し手に至るまで、多層の構造があり複雑な枠組みになっている(図3)。各レイヤーそれぞれに「小規模になってしまいがちな」要因・歴史的経緯があり、しかもそれらがレイヤー間で相互に関連し合い、「ニワトリと卵」のような関係にある。
どの要因が根幹なのかは明確には言いづらいが、まず起業家側の要因としては、日本という国が先進国の中ではそれなりの人口・市場・産業を抱えており、わざわざ海外に出て行かず国内市場だけにフォーカスしてもスタートアップの事業が成立してしまいやすかったという点が挙げられる。海外でうまく行っているビジネスモデルを「タイムマシン経営」で日本市場向けにローカライズして提供したり、日本語や日本的コンテンツを前提としたサービスを提供したり、といった具合だ。ただ、いくら日本にそれなりの人口・市場・産業があるとはいえ、日本を前提とした事業にとどまってしまえば、事業規模のスケール化は限られ、上場後も急成長しにくくなる。
スタートアップのExitとしては市場への上場(IPO)や他企業への売却(M&A)など複数の形態があるが、日本では「東証マザーズ市場」(現在の東証グロース市場)があり、比較的、小規模なままの時価総額・事業規模でもIPOしやすかった。このことから、スタートアップ側もVC側も合理的な選択として、IPOをExitとして選ぶ傾向が強かった。日本ではスタートアップを軽視する風潮が長く続き、大企業がスタートアップをM&Aすることに消極的だったという事情も重なり、余計にIPOという選択肢が選ばれがちだった。スタートアップの株式を未上場の段階で2次的に流通させる「セカンダリーマーケット」が米国などでは発達しており、必ずしもIPOしていない上場前の段階でも起業家やVCなどの投資家、株式を配布された従業員などが一部の持ち分を売却し、現金を得ることも可能になっている。事業規模・時価総額が非常に大きくなるまでIPOの時期を引き延ばし、未上場のままデカコーンのように巨大になっていくこともあるが、日本ではこうしたセカンダリーマーケットが未発達であり、投資家や起業家が持ち分を一部売却して現金を得られる手段がIPOくらいしかないことも、早期に「スモールIPO」を選びがちな要因としてある。
ホームラン案件が少ない
こうした事情が積み重なった結果、日本のスタートアップでは「ホームラン級」の案件が少ない。日本国内を前提とした事業では、同じビジネスをグローバル展開するのと異なり、成長が限定されやすい。また、海外で既に似たようなモデルの事業があり、それを日本向けにローカライズしたような場合、後発となるため改めて海外市場に出て行きにくいというのもある。そもそも、起業家自身が「壮大な絵」(bold vision)を描けておらず、社会のあり方を根本から変えるようなインパクトのある事業を生み出せていない、といった指摘もよくなされる。事業をグローバルレベルでスケールさせられるような経営人材の不足も同様だ。ディープテックのような領域では日本の優秀な人材のほとんどが大企業に集中し、スタートアップ側に回らないという切実な事情もある。要因を挙げれば切りがないが、いずれにしろ株価がシード期から50倍(50x)~200倍(200x)となるような案件が少ないことで、VCのような投資家側に多大なリターンが返ってきにくく、エコシステム全体が潤いにくい。大まかに言ってしまえば、「シングルヒット」をなるべく多く生むことで事業を成り立たせる傾向が強いのが、国内の平均的なVCのイメージである注1)。
あまり上ばかり仰ぎ見ても仕方ないが、米国ではこうしたホームラン級の案件が多数出てきた。VCへの資金の出し手となる機関投資家は、多大なリターンを挙げたVCファンドを評価し、そのVCが次のファンドを組成する際、そのファンドにまた多くの資金を預ける。VCがこうして何度ものファンド組成を経て実績を重ね、機関投資家からの厚い信頼を得るようになるには、一定の期間を要するが、米国ではそうした成功と信頼のサイクルが既に2周も3周も回っている。
1970年代のシリコンバレーの興隆・米Intelの発展に端を発し、1980年代には米Apple、1990年代には米Cisco Systems、2000年代には米Googleなどだ。現在はビッグテックとなった巨大企業もかつてはスタートアップとして創業し、VCなどのスタートアップエコシステムの支援を受けながら急成長を遂げた。そうした何件ものホームラン級の投資案件で、100x以上のキャピタルゲインを享受し、VCは資金の出し手である機関投資家を大いに潤わせ、VC自身も潤う。そして潤った元手が次の巨大ファンド組成に回り、次世代の起業家を急成長させるリスクマネーとして機能する。ポジティブフィードバックのような循環になっている。VCファンドが巨大になると、スタートアップ側も巨額の資金を調達しやすくなる。重いイナーシャでビュンビュンと回っている「まさにフライホイールのような境地に米国のスタートアップエコシステムは到達している」(VCのWiL共同創業者 元パートナーで、現在はCoalisのGeneral Partnerを務める久保田雅也氏)。米Andreessen Horowitzや米Sequoia Capitalのような米国の超大手VCに至っては、1個のファンド規模が1兆円を超えるまでになっている。こうした超大手VCの資金が、フィジカルAIで戦う企業のリスクマネーとなる(図4)。
米国VCがいかにホームラン級の成果に支えられているかを如実に物語っているのが、VCの「Power Law」である。