なぜそのような基礎的なことがまだよく分かっていないかというと、ロボット行動やカメラ画像・動画などを含めたマルチモーダルな基盤モデルの性質を分析するには、巨大なモデルや巨大なデータについて条件やパターンを少しずつ変えたモデルを複数用意し、それをGPU上で長期間学習させ、性能を比較する必要がある。1個の実験だけでもそのような複数の巨大モデルを学習・比較させる必要がある上に、基盤モデルの事前学習の性質を解き明かすには、さらに多様な観点から多数の実験をこなす必要があり、生半可なGPU費用では済まない。小さなモデルで予備的な実験をすることは可能だが、基盤モデルというのはモデルを100億パラメータなど、ある程度の大規模にして初めて現れる性質などもあるため、小さなモデルだけ使った実験ではフィジカルAIの基盤モデル事前学習の真の性質は分からない。しかも、こうした実験は非常に基礎研究的であり、その結果がダイレクトに投資対効果として現在の既存事業に役立つとは限らない。場合によっては、何も有益な分析結果が出ない可能性すらある。これもフィジカルAIが高リスクである一因だ。結果、多くの企業が二の足を踏み、なかなか真の姿が分からなかった。通常の生成AIであれ、フィジカルAIであれ、近年の大規模なAI開発というのは多分に実験科学的な面があり、どんなに優秀な研究者を集めていたとしても「1カ月間学習させてみなければ分からない」側面があるのである。「なんとなくこれで上手くいくようだ」「いくはずだ」という読みや信念の下でフィジカルAIの開発を進めること自体は可能であり、そうしたスタンスの企業が大半だが、そのことと「事前学習の役割とは何か」「何が効いているのか」を科学的に冷徹に検証して分析することは大違いなのである。
ただ、最近になっておぼろげながらその一端も見え始めてきた。例えば、米Meta Platformsの研究機関「Meta FAIR」と米New York Universityが2026年3月に発表した論文がその代表例だ5-6)。ロボット行動(action)や画像、動画、テキストなど広範なマルチモーダルデータを使って、基盤モデルにおける事前学習の性質・効果を分析した意欲的な研究である。AI研究者の間で話題を呼んだ研究だ。
大規模言語モデル(LLM)が急速に発展する一方で、今後、ロボットのように現実世界の中で動くAIを考えたとき、言語だけに依存した知能には限界があることが、あらためて意識されるようになってきた。
この論文でのMetaの分析結果は衝撃的でもある(図8)。Metaは、あるロボット的なタスクで事前学習の効果を調べたのだが、そのタスクに特化したデータを大量に与えたモデルよりも、そのタスクに直接関係ない汎用的なデータを与えたモデルの方が、その特定タスクでの性能が良くなってしまったのだ。多様な実験の平均値で汎用型が勝ったのではなく、その特定タスク、図6でいえば「狭い棒」のナローバンド的なタスクでの評価にもかかわらず、汎用モデルが特化型モデルを打ち負かしてしまった(図8b)。汎用モデルは、タスク特有のデータを特化型モデルより少量しか与えられてないが、それでも特化型モデルを上回った。通常の直感に反するような結果と言えるかもしれない。通常なら、特定タスクをこなすなら、そのタスクに特化したデータ、いわば現場データ的なものを大量に集めたものが勝つと思うだろう。しかし、結果は逆だった。
Metaはさらに、特化型データがどのくらい少量でも済むかを調べるため、事前学習データの中で特化型データの割合を様々に変え、それぞれの性能を測った。その結果が図8cだ。特化型データは事前学習データ全体のわずか1%もあれば十分で、それ以上増やしてもほとんど性能向上に寄与せず飽和する、という驚くべき結果となった(図8c)。「日本の現場データが勝ち筋だ」という言説は、こうしたMetaの研究成果を踏まえると、さらに怪しくなってくる。
Metaが用いたのは、世界モデル的なダイナミクスを予測するタスク「NWM(Navigation World Model」である。ロボットの移動タスク(ナビゲーション)を想定している。ロボットのカメラ画像の時系列があったとき、その状態で何らかのロボット行動(action)を実行(移動)すると、次の時刻ではどのようなカメラ画像になっているか、その画像フレームを生成・予測する、というタスクだ(図8a)注4)。タスク特化型データとは、この時系列画像とロボット行動のペアのデータだ。一方、汎用データは、このタスクとは無関係なネット上の一般動画だったり、画像とそれを説明したテキストのペアだったりする。
このMetaの実験は環境側が静的なほか、将来のフィジカルAIで主役となる上半身でのマニピュレーションタスク(環境側が動的)そのものでもないため、そのまま結果をうのみにすることはできない。ただ、本誌の2026年3月号で解説した米NVIDIAの「Cosmos Policy」7)、4月号で解説した「DreamZero」8)のように、マニピュレーションに焦点を当てたフィジカルAIの先端研究においても、ロボット遠隔操作データのようなタスク特化型データよりも、動画のような汎用的なデータを増やす方が性能が良くなることが示されており、Metaの研究結果とも方向性は合致する。
フィジカルAIでNVIDIAのCosmos Policy先駆的成果、動画行動モデルVAMの性能がVLAに肉薄 世界モデルでロボ行動生成
ここ数年間、ロボットAIの技術進化をけん引してきた大規模言語モデルベースの基盤モデル「VLA(vision-language-action)」モデル。ロボットAIのトップ企業である米Physical Intelligenceの「π*0.6」や「π0.5」、ヒューマノイドの企業に限定配布を始めた米Google(グーグル)の「Gemini Robotics」など、フィジカルAI領域の最先端モデルの多くが大規模言語モデルをロボット遠隔操作データで再学習・模倣学習させたVLAだった。
NVIDIAがロボットで覚醒 DreamZero、本気モードの動画行動モデル、軽量化でリアルタイム実行可能に
米NVIDIAがついにロボット向けのフィジカル(Physical)AIで覚醒したような動きを見せている。同社は2026年1月には動画モデル(VAM、世界モデル)を基にしたロボット行動生成AI「Cosmos Policy」を発表したが、今回、またもやVAMについて驚くべき成果を出してきた。
これまでフィジカルAIでは大規模言語モデルベースのVLA(vision-language-action)モデルが主流をなしてきたが、Cosmos PolicyやDreamZeroのような動画生成モデルをベースとした世界モデル的なアプローチが有望な手法として台頭し、性能面で肉薄しつつある。「現場データ」は往々にして何らかの業務に特化したデータであるはずだ。Metaの研究、NVIDIAのCosmos PolicyやDreamZeroなど、ここ数カ月の最新研究はそうした「特化型データばかりが大量にあっても有効ではない」という知見を示している。「現場データが勝ち筋」という言説は、この点を踏まえても額面通り受け取るべきではないだろう。
現場データの意味に変化
そもそも「現場データ」とは何を指すのだろうか。一般に日本企業は質の良い労働者に支えられ「よい現場を持っている」ものの、それを「AIに生かせる形でデータ化できてない」とよくいわれてきた。