ジョージア・オキーフは本当に「女性性の象徴」だったのか──新ドキュメンタリーが見落としたもの
花は本当に「女性器」だったのか
それでも、曲線やひだが多く、雄しべや雌しべという生殖器官が目立つ花を描く彼女の作品は、今日に至るまで「女性器的」という解釈から逃れられずにいる。これは、自らのセクシュアリティを楽しむことを隠さない女性への呪いなのだろう──「1インチでも譲歩すれば1マイルを要求される」という言い回しがあるように。それとも男性のまなざしは、せいぜい1インチ程度の浅さなのだろうか? やがてオキーフとスティーグリッツは、当時世界一の高さを誇った集合住宅の最上階でぜいたくな暮らしを送るようになる。お揃いの黒いマントをまとい、ニューヨークを魅了した2人はまさにアート界のスターカップルと呼ぶにふさわしい存在だった。 彼らが交わしたエロティックな手紙には、30ページにわたるものもある(映画ではその一部が朗読される)。それは、SNSや携帯電話による今の時代のセクスティング(性的なテキストメッセージや画像・動画の送付)など足元にも及ばないものだ。そしてスティーグリッツは、彼女の作品を扱う唯一のディーラーでもあり続けた。これは幸運な協力関係で、オキーフの個展の売上のおかげで2人は大恐慌を乗り越えられた。 時が流れ、60代になったスティーグリッツは、当時22歳だったドロシー・ノーマン(後に作家、編集者として活躍)と愛人関係になる。太古の昔から変わらない、男たちの若さへの執着を嘆くオキーフに対し、彼は「でもジョージア、君はもう僕なんて必要ないだろう」と文句を言った。確かに彼女はスティーグリッツを必要としておらず、それを証明するかのようにニューメキシコへと旅立つ。そこを彼が訪れることは一度もなかった。
映画が語らなかった「失明後のオキーフ」
舞台が南西部へと移ってからは、シュルレアリスム風の骨盤の絵や、スタイリッシュな日干しレンガ造りの家々など、私たちが親しんでいるオキーフのイメージが次々と映し出される。だが、ここでも引っかかりを覚える展開が待っていた。1972年に彼女が自力で描き上げた最後の油彩画《The Beyond(彼方)》について語られたところで彼女の作品の物語が終わってしまうのだ。 加齢黄斑変性が進行し、視力が失われつつある中で彼女が描いたこの絵は、不吉な感じのする地平線がこちらに迫ってくるような凄みのある作品だ。しかし、それ以降に彼女が人の助けを借りて制作したものは軽く流されてしまっている。まるで、盲目のアーティストに傑作は生み出せないとでも言うかのように。 今年のホイットニー・ビエンナーレでエミリー・ルイーズ・ゴシオーの作品を見た人なら、視力を失っても優れた作品が作れると分かるはずだ。実際、オキーフとゴシオーはそれぞれ試行錯誤する中で、似たような方法にたどり着いている。ボールペンを使って、指先で感じ取れる凹んだ線を描くやり方だ。オキーフが失明後に描いた絵で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵する《Untitled (From a Day with Juan II)(無題 [フアンとの1日 II] )》(1977)も、彼女の新しい表現方法のすばらしさを証明している。 映画は、オキーフが1970年代のフェミニズム運動の象徴的存在となったことに触れて幕を閉じる。そこで丹念に描かれているのは、彼女の世代のフェミニズムと70年代のフェミニズムの間に起きた摩擦だ。オキーフのフェミニズムは、彼女が苦闘の末に勝ち取った厳然たる個人主義に基づくものだった。しかし、高齢者となった晩年、そして失明後に他者への依存を余儀なくされた時期の彼女はどうだったのだろうか。 半世紀前、フェミニズム運動が彼女の生涯と作品に改めて光を当てたのなら、障がい者の権利への認識がかつてなく高まっている今こそ、私たちは彼女を再び見直すべきではないだろうか。 この映画の意図は評価できるが、オキーフを単なる象徴として単純化してしまう誘惑に抗いきれていないのは残念だ。