「警官がAIで証拠作成の疑い」英で初の刑事捜査――警察AI化加速の渦中で
警察官がAIで証拠作成の疑い――。
英フィナンシャル・タイムズは6月12日、英ダービーシャー警察の警察官が、AIを使って証拠資料を作成した疑いで刑事捜査を受けている、と報じた。
英国の刑事司法では初の事例と見られるという。その2日前、英政府は警察のAI化を主導する組織「ポリスAI」を発足させたばかりだった。
効率化を急ぐ警察のAI化と、正確性・透明性の確保とのひずみが浮かぶ。
●AIで「証拠資料を作成」、現場勤務から外される
複数の事件において、ある警察官がAIシステムを用いて証拠資料を作成した疑いがあるとして、司法妨害の容疑で刑事捜査を開始した。
フィナンシャル・タイムズの6月12日の記事(要購読)によれば、英イングランド中部のダービーシャー警察は声明でこう述べている。
警察官の氏名や役職、不正の具体的な内容は明らかにされていない。「当該警察官は、捜査結果が出るまで最前線の任務から外された。逮捕者は出ていない」とし、「警察は、影響を受ける可能性のある事件に関して、検察庁と緊密に連携して捜査を進めている」と述べたという。
地元紙、ダービーシャー・タイムズの記事によれば、ダービーシャー警察の声明では、今回のAI不正使用容疑の発覚後も、署内でのAIの使用は停止していないとし、さらにこう述べている。
当警察署は、裁判用資料の作成におけるAIの利用に関する正式な試験導入には参加していないが、文書の黒塗り処理など一部の作業にはAIツールが使用されている。ただし、警察署の方針により、法的手続きで使用する前に、これらを手作業で確認することが義務付けられている。
また同紙によれば検察庁は、「我々は、警察官によるAIの使用疑惑に関する捜査を行っているダービーシャー警察と協力している。然るべきケースについては、弁護団や裁判所と連携している」と述べた。
●「警察官3,000人分の効率化」をうたう「ポリスAI」発足の2日後
「AI証拠作成」の発覚は、英国が警察AI化を加速させる渦中で起きた。
英政府はフィナンシャル・タイムズ報道の2日前、6月10日に警察のAI導入を担当する国家センター「ポリスAI」の正式発足を発表している。同センターは4月から始動していた。
内務省が3年間で7,500万ポンド(約161億円)を拠出。約50人の専門家が、イングランドとウェールズの全43警察のためにAIツールの選定・検証・導入を担う。これは3年間で1億4,000万ポンド規模のAI投資の一部で、投資にはライブ顔認証システム40基の増設や、999番(警察・救急・消防への緊急番号)・101番(警察への非緊急番号)への通報を自動で文字起こしする仕組みの導入も含まれる。
発表によれば、初期の実験では、誘拐事件の800時間分の映像を3時間で確認して早期の有罪答弁につなげた事例や、50万冊分のデータを瞬時に翻訳して組織犯罪集団の逮捕につなげた事例があるという。
警察担当大臣、サラ・ジョーンズ氏は、「ポリスAI」によって「3,000人の警察官を増やすのに相当する時間」が生み出される、とコメント。警察における事務手続きの負担軽減と効率化を打ち出している。
この警察AI化の加速ぶりの一方で、AIを巡る騒動は、これ以前にも起きていた。
●コパイロットの「幻覚」、本部長の辞任にも
問題となったのは、2025年11月6日にイングランド中部バーミンガムで開催されたサッカー欧州リーグの地元アストン・ヴィラ(イングランド)対マカビ・テルアビブ(イスラエル)戦で、マカビ・テルアビブのファン入場禁止という異例の決定のもとになった、地元警察による報告書だ。
この報告書は、地元のウェスト・ミッドランズ警察が同年10月にまとめ、決定を行ったバーミンガム市議会の安全諮問委員会に対し、マカビ・テルアビブのファンの入場を禁止するよう強く勧告していた。
英下院が2026年2月にまとめた報告書によると、警察の報告書には、マカビ・テルアビブの実在しない試合でファンの騒乱があった、との虚偽の記述が盛り込まれていた。
ウェスト・ミッドランズ警察本部長のクレイグ・ギルフォード氏は1月の英下院での証言で、虚偽情報について、グーグル検索などによる誤りだとして、AI使用を否定していた。だがギルフォード氏はその後、一転して架空の記述にはマイクロソフトの生成AI「コパイロット」が無許可で使われていたことを認め、辞任に追い込まれた。
警察のAI化は、アクセルとブレーキが同時に踏まれるような様相も示していた。
フィナンシャル・タイムズの6月6日付の記事(要購読)によれば、前述の「ポリスAI」の暫定ディレクター、アレックス・マレー氏は、検証を終えていない市販のAIツールを導入していた警察に、使用中止を指示したことを明らかにしていた。
マレー氏は記事の中で、刑事司法で使う技術は「合理的な疑いを差し挟む余地がない」水準の正確性を満たす必要があるとし、「いくつかの警察にはこう言った。『一時停止を。少しペースを落とす必要がある』」と述べている。
今回のダービーシャー警察の「AI証拠作成」は、この報道の6日後に報じられた。
●パランティア契約の中止――背景に英国内の反発も
英国の警察によるAI導入をめぐっては、別の軋轢も起きている。
英ガーディアンの5月21日付の記事によると、ロンドンのサディク・カーン市長は、ロンドン警視庁による米テクノロジー企業パランティアとのAI技術使用に関する5,000万ポンド(約107億円)規模の契約に対して、調達ルールの「明白かつ重大な」違反などを理由に中止を命じた。これに対してロンドン警視庁は「失望した」と批判しているという。
記事によれば、大規模契約の承認権限を持つロンドン市長警察犯罪対策局が、ロンドン警視庁が調達計画について同局の承認を得ていないことを理由に、この契約を拒否したという。
これに先立つガーディアンの4月25日の記事によると、ロンドン警視庁は、すでにパランティアのAIツールを使って内部不正の疑いがある警察官数百人の調査を行い、職権乱用、詐欺、性的暴行、公職不正行為、警察システムの不正使用などの疑いで3人の警察官を逮捕している。
カーン市長とロンドン警視庁との軋轢は、パランティアの共同創設者、ピーター・ティール氏がドナルド・トランプ米大統領の支持者であり、そのサービスを英国政府が利用していることに対する国民の反発が高まる中で発生したという。
英国ではすでに国内の医療サービスを所管する「国民保健サービス(NHS)イングランド」や国防省との間でそれぞれ3億3,000万ポンドと2億4,000万ポンドの契約を締結しているという。
●AI導入の加速と正確性・透明性のちぐはぐさ
捜査や裁判といった刑事司法をめぐるAI導入には、他の分野にも増して、その正確性・透明性が求められる。
英国の警察によるAI導入の加速ぶりとは対照的に、今回の警官による「AI証拠作成」の疑いや、「コパイロットの幻覚」を巡る組織的な失態、「パランティア阻止」で指摘された調達ルール違反など、大きなひずみが目に付く。
日本でも、2010年9月に明らかになり、当時の検事総長の引責辞任にまで発展した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件があった。この時は、押収した証拠であるフロッピーディスクの更新日時を書き替える、というものだった。
AI時代の「証拠作成」とはどのようなものなのか。捜査の行方を注視したい。
(※2026年6月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)