AI開発なら本人同意なく提供 個人情報保護法改正案の問題点とは?
個人情報保護法改正案の国会審議に、いつになく注目が集まっている。火種となっているのは、AI(人工知能)開発やビッグデータ活用を進めるため、本人の同意なく個人データを企業に提供できるようにする特例だ。何が問題になっているのか。
「最悪の選択だ」
8日、東京・永田町で中道改革連合が開いた会見で、京都大の黒田知宏教授は改正案に盛り込まれた「特例」を強い言葉で批判した。黒田教授は医療情報活用の第一人者。その教授が「国民の信頼を損ね、むしろデータ流通を阻害する」と懸念する。
現行法は、事業者が個人データを第三者に提供する場合などに原則として本人の同意取得を義務づけている。今回、この同意を、AI開発を含む統計情報の作成を目的とする場合に限り、不要にしようとしている。「同意原則」の一角に穴を開ける形だ。
特に問題となっているのが、病歴や医師の診断結果、犯罪歴、思想信条、人種、社会的身分などの「要配慮個人情報」まで同意を不要とする点だ。法案がこのまま成立すれば、たとえば遺伝性の疾患を患っていることや、特定の宗教の信者であるといった情報を、第三者に提供されたくないと思う人がいても拒否することができなくなる。
改正案をつくる過程で、多くの消費者団体や医療従事者の団体などから不安の声があがった。だが、個人情報保護委員会は「統計処理によって個人を特定できない情報になる。問題ない」との姿勢を崩さなかった。
国会審議は紛糾
4月に国会で法案審議が始まると、野党からも厳しい追及が始まった。
論点の一つとなったのは、個人事業主や海外の事業者でも簡単に特例の対象となり、生の個人データを扱えるようになる点だ。参入のハードルが低いため、悪質事業者が入り込み、集めたデータを特殊詐欺などの犯罪に関わる「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」に売り払ったり、安全管理体制の整っていない事業者が漏洩(ろうえい)させたりするリスクも考えられるからだ。
野党は「万一の場合の被害を最小限に抑えるため、氏名や住所を削除するなど加工してから提供すべきだ」と主張するが、政府側は「提供元の事業者の負担が大きくなる」として応じない。
デジタル相 「性善説といわれればそうかも」
悪用や漏洩が発覚した場合のペナルティーや救済制度も不十分だ。
今回の改正の検討の早い段階から、個人情報保護委員会は、違反した事業者に金銭的不利益を課す課徴金制度や、一定の要件を満たした消費者団体が被害者に代わって違法行為の差し止めなどを行える団体訴訟制度の導入を提案してきた。いずれも海外では多くの国のデータ保護法制に採用されている。
だが、経団連、新経済連盟、日本IT団体連盟などが導入に反対した結果、団体訴訟制度は見送りに。課徴金制度はかろうじて導入されたが、金額や対象が限定された。漏洩防止などの違反行為も対象から外されたため、事業者が個人データを漏洩させても課徴金を課すことさえできない。
衆院での質疑で、松本尚デジタル相はこう答弁した。「性善説といわれればそうかもしれない。性悪説で法制度をつくったら何もできなくなる」。だが、国内大手メーカーの幹部は「お客様との信頼関係を考えたら、とてもじゃないがわが社は使えない。まじめな企業は使えず、悪徳業者や海外企業だけが使う制度になる」と嘆く。
また、AIが個人情報を学習することによって、それを記憶し再現してしまうリスクも指摘されている。
改正案は衆院では可決したものの、中道改革連合や参政党、日本共産党が反対に回っていた。12日から参院での審議が始まった。参院では与野党のバランスが変わることから、法案修正を求める声が強まる可能性もある。
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験
- 加谷珪一経済評論家解説
この内容で法案が通った場合、もはや、この法律は「個人情報保護法」ではなく「個人情報流用法」と言い換えた方がよいでしょう。病歴、犯罪歴、思想信条など、極めてセンシティブな情報まで同意が不要というのは、常識的にあり得ないことですから、誰がこのデータを求めているのか、もっと具体的に示した上で、議論する必要があります。 もう少し大きな視点で言えば、日本は個人情報保護法の導入を検討する時点から、プライバシーについてどう扱うべきなのかという大事な部分の議論をおざなりにしてきました。 米国は、個人情報などないも同然で、個人の住所、電話番号はもちろん、犯罪歴や借金の額など、あらゆる情報を第三者が入手できる一方、それを活用したビジネスが活発です。これに対して欧州は、個人情報の管理に極めて厳しく、関連ビジネスが拡大せず、当該分野で経済効果を失ったとしても個人の情報は守るべきとの考え方に立脚しています。 両者は基本的に対立する概念であり、いいとこ取りはできません。日本は議論の当初からどちらを向いているのかはっきりせず、この大事な部分からあえて目を背けてきました。結果としてこのような事態を招いているという現実について理解する必要があるでしょう。
2026年6月14日 09:17