私がMSSPを降りた理由、そして今彼らに思うこと
※これは一個人の意見です。
拡散はしていただいて構いませんが、常識の範囲内でお願いいたします。
M.S.SProject。4人組のゲーム実況者であり、音楽活動も行う珍しいタイプのグループである。
そんなMSSPと出会ったのは2019年の1月頃。その頃の私は色んなゲーム実況者の動画を漁っては視聴していた。その中でMSSPが有名なゲーム実況者であることを知り、検索して一番上に出てきたくるみの格付けチェック動画を視聴した。常に4人が楽しそうで和気あいあいとした雰囲気に惹かれ、様々な動画を漁るようになった。
それから別のゲーム実況者にハマり、彼らの動画はたまに見る程度になった。たまに見る程度でも、彼らの動画は非常に面白く、時には腹筋が痛くなるほど笑い転げた記憶もある。
そんな中、音楽を中心としたライブツアーを行うという告知を見た。私の地元は田舎なので、当時高校生であった私は隣県の現場に参加しようと、友人と一緒に一般でチケットを取った。初めてのライブ参戦でワクワクしていたが、直後に新型コロナウイルスが蔓延し、私たちが参戦する予定の講演は中止となってしまった。チケットを返金する時の虚しさは忘れられない。
暫くして、YouTubeでの無観客ライブ配信があると告知された。しかも無料で。画面越しではあるが、彼らのパフォーマンスを見られることが楽しみで仕方なく、当日が待ちきれなかった。ライブ前にも関わらず飛び交う多くのスーパーチャットや、温かいコメント。ライブが中止となり、膨らんだ負債の額は想像以上だった。私も何か彼らの為にできることはないか、そう考えていたら「学生は動画を見るだけでも十分な応援になる。スパチャは我々大人に任せて」という意見を見て、なんて温かい界隈なのだと思った。無観客ライブでの彼らのパフォーマンスも素晴らしかったが、MSSPに惹かれたのはファンの存在も大きかったと思う。
無観客ライブ以降、私はMSSPにどっぷりハマっていった。
彼らの動画は毎日欠かさず見ていたし、過去に投稿されていた動画も沢山見た。無観客ライブから私の誕生日が近かったので、MSSPの音楽CDをプレゼントとして親に買って貰った。彼らの音楽は私の好みどんぴしゃりだった。通学中はずっと聞いていた。なんなら、勉強中も流していたほどだ。
そして、コロナ禍がある程度落ち着いた2022年。MSSPのライブに参戦することができた。声は出せなかったけれど、非常に楽しく、気持ちは高揚し、夢中でペンライトを振っていたことを覚えている。
彼らを推し続けよう。そう思った1日だった。
それから金銭的な限界もあり、夏ライブには参戦出来なかったものの、冬の音楽ライブには必ず足を運んでいた。初めて出会い厨(普段SNS上で話しているフォロワーと実際にお会いすること)なるものをした。そこで知り合った方は今でも仲良くさせていただいている。
MSSPに飽きることはない。そう思っていた。
武道館前だろうか。時期はあまり覚えていないが、動画を見ても単純に面白くないな、と思うことが増えた。以前所属していた事務所とのいざこざがあり、4人での再スタートを応援していたが、だんだんと企画のマンネリ化が著しくなった。前にも似たような企画をしていなかっただろうか。料理企画に関しては、食べ物をこんなにも粗雑に扱って良いのだろうか…などという疑問を抱えるようになっていった。
ゲーム実況に関しても流行りのゲームにはあまり手を出さず、同じようなゲームセレクト、同じような会話…新鮮さに欠けるな、と感じるようになり、惰性的に動画を見ていたが長くは続かず、ゲーム実況専用のチャンネルは登録を解除した。
グッズに関しても送料が950円に値上げされ、運送業のコストが大きくなっているのは理解できるが、他の通販サイトと比べても圧倒的に高い価格となり、購入機会が減った。
そんな中、私は初めて武道館という大きな箱のライブに参戦をした。このような状況で楽しめるだろうかと不安もあったが、それは杞憂に終わった。
ライブは非常に楽しかった。大きな箱だからこそ感じられるこの熱狂、そして興奮。動画に関しては正直あまり見なくなったのかもしれない。でも、彼らの音楽が大好きだ。彼らの作るライブが大好きだ。これからもライブには足を運び続けると思ったし、音楽CDも買い続けるだろうと思っていた。
武道館ライブで発表されたベストアルバムの発売。シブツタでの購入手続き及び現地受取のみが、その時点で唯一の入手方法であった。東京から離れた地方に住む私は、武道館ライブの翌日にシブツタへ赴き、配送サービス等が無いのかを聞いてみることにした。
結果、何もわからなかった。スタッフに「東京から離れた地方に住んでいるため、現地受取が出来ない。配送サービスの展開は現時点であるだろうか」といった質問を投げたが、スタッフ同士で「どうなっているんだろう」「何か聞いている?」「聞いてない」といった会話が目の前で繰り広げられた。
スタッフの方々も詳細を把握できていないように見え、販売方法の周知が十分にされていないように感じた。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。スタッフを困惑させたことへの罪悪感もあり、その日は購入手続きをすることなく、頭を下げて謝罪をし、その場を後にした。地方在住者への配慮が十分になされているとは感じられず、自分勝手かもしれないが、少し悲しくなった。
それからベストアルバムの受け取り方法が更新されるはずもなく、それどころか一向に発売日も告知されない。いくらなんでも遅すぎる。9月9日に発表されたベストアルバムの発売日は翌年の3月30日にやっと発表された。それまでも本人達から「遅れている」とは聞いていたが、にしても遅すぎないか?私がせっかちなだけなのかもしれない。しかし、不信感は募るばかりであった。
同時に、ベストアルバムの発売に連動してお渡し会を実施する旨が発表された。日程は4月27日。場所はシブツタ。地方民の私にとっては圧倒的に無理な日程であったため、Twitter(X)のTLで様子をうかがっていた。
しかし、またもやここでも一向に詳細が出ない。
しまいには別の実況者が主催するライブでのアルバム先行発売。予約購入を促していたことを考えると、この時点で別会場での先行販売が行われていたことに戸惑いと疑問を覚えた。
そして4月23日。お渡し会の4日前に漸く詳細が発表された。その内容が、まぁ無慈悲だった。大まかに整理をすると、前日にシブツタへ行き整理券を獲得してから、翌日に再び赴いてお渡し会を実施するというものだった。
この運営方法には納得できなかった。地方の人は当日に合わせて、航空券や高速バスチケット、ホテル等予約している筈なのに。TLではすべて予約し直し、キャンセル料やばいみたいなツイート(ポスト)を見た。あまりにも無慈悲すぎる。地方在住者への配慮が不足しているように感じた。なかったのか。そんなことが頭をぐるぐるして、なんだか腹が立ってきたのを覚えている。
お渡し会の内容もまたさらに疑念を増幅させるものであった。文章で説明するのも面倒なので各々で調べて欲しい。結論から言うと、複数枚購入を強く促す内容であった。同じCDを複数枚も買うという発想が無かったので、お渡し会に行くわけでもないのにひっくり返るかと思った。複数枚購入を前提とした方策は、結果として転売を助長する可能性もあるのではないか。そう疑問に感じた。言われたとおりに複数枚積むファンは凄いなと感じた。
そして私の予想通り、お渡し会終了後にはフリマアプリでたくさんのベストアルバムが売りさばかれていた。目を覆いたくなるほど大量に。ベストアルバムはインターネット販売も行われたが、送料が4桁とまぁ高い。それに比べ、定価よりも低い値段で送料を負担せずに購入できるフリマアプリに出品されている商品の方が非常にお得であることは一目瞭然だ。私は購入しなかったものの、フリマアプリに出品されたベストアルバムは尽く売り切れ、目まぐるしい速さで価格が暴落していった。
それに、私が感動していたMSSPの界隈の温かさは無くなっていたように思える。ファンコミュニティの雰囲気が変わり、運営方針への疑問を表に出せなくなった。
正直、ベストアルバムに対する告知の遅さ及び売り方は大きな問題に思えたが、SNS上ではあまり話題になっていなかった。
そこでふと、クレジットカードの件を思い出した。
ゲーム実況者初のクレジットカードが登場したことが発表されたのは2023年。当時の私はクレカと無縁の生活を送っていたので、あまり状況を把握していなかったのだが、仲良くさせていただいているフォロワーから話を聞けば聞くほど、目を覆いたくなる内容であった。
クレジットカードを作ること自体は良い。しかし、クレジットカードの種類を見るとリボ払い専用ということが発覚。当時の生放送(有料チャンネル会員限定ライブ後生配信)でリボ払いを否定したのち、約二名がリボ払いを馬鹿にする発言をしていたそうだ。ファンも本人たちが言うならと安堵していたが、生放送から一か月半後に声明が出された。
「前事務所からあった案件であり、スタッフがまとめたもの」「誤解を招く表現であった」
この件でも、説明までに時間をかなり要した印象が残った。約一名は頭も下げていなかったことから誠実さに欠ける。さらに、リボ払いを馬鹿にした発言があった生放送のアーカイブが投稿されたが、該当部分をカットしていたという。
あり得ない内容であった筈なのに、こちらも大きく問題視されることはなく、気付いたら皆元通り彼らを推している。
批判的な意見を持っていたファンが徐々に離れていった結果、SNS上では肯定的な意見が目立つようになったように感じる。
そう考えると、15周年で初披露された某曲は非常に皮肉なものだなと思う。
彼らへの信頼が地の底へ落ちていく中、次のライブツアーの日程が発表された。動画は相変わらず見ていない。最近の彼らの姿勢にも納得できていない。しかし、彼らが作る音楽と舞台は未だに好きであった。それにしか縋れなかった。
私が参戦出来そうな公演はツアーの終盤であった。新曲のネタバレを拾ってしまわないよう、注意深くSNSを見ていた。先にツアーに参戦したフォロワーからも「アレは何も情報を入れないで見て聴いた方が楽しい」と言われたので、何としても情報を入れないようにと努めた。
私が参戦する前に、とあるメンバーの誕生日公演が行われた。ライブ配信もあったが、私は何も知らないまま現地に参戦したかったのでパスをした。公演後の時間だったのだろう。ふとSNSを見ていたら、誕生日公演のセトリをワンクッションなしで投稿している者がいた。肝が冷えた。急いでその人をブロックした。何かカタカナが見えたような気がした。確かにツアー終盤である為、ほとんどの人は参戦済みだろう。しかし、それ以降の公演が初見である人もいるはずだと考えないのだろうか。全員が複数の公演に参戦するとでも思っているのだろうか。
これは私の我儘かもしれない。でも、こういう人もいるのだと考えて欲しかった。その時点で皆が皆今回初披露されたものを知っている状態ではないのだと。
私が感動した無観客ライブでのファンの温かさはどこに行ったのだろうか。なんだか悲しくなった。
そんなこともあったが、なんとかライブに参戦できた。確かにあれは初見でないと楽しめない。
サンダーボルトで初披露された曲は全てよかった。やはりこの人たちの作る音楽が好きだ。CDもいずれ出るだろうし、絶対に買おうと決心した。
横浜アリーナ公演に参戦した際に流れた告知で、CDの発売は夏ごろだと発表された。その瞬間から発売日を待ちわびていた。早く手元に置きたい。ライブで聴いたあの曲たちをもう一度聴きたい。歌詞を隅々まで見たい。
当時はそう思っていた。
発売日は9月9日とされた。が、いつものことながら告知も無し。クロスフェードも無し。こんな状況に慣れたくなかったが、そういう人達だもんなと思うしかなかった。
そして発売3日前に詳細が発表された。まずはジャケ写。どんぴしゃり。これは欲しくなるデザインだと思い、高揚していた。特装盤。また特典ありと通常盤で分けるのか。金額は12,345円。なんかクソデカいアクリル板。正直、CDのみが欲しかった。通常盤の詳細は…そう思ったが、どこを探しても通常盤の詳細が無い。まぁ先に特典ありの詳細を発表しただけか。そう思い込むよう頑張った。
結局発売日になっても通常盤の告知は無し。周年を記念した生放送での重大告知に通常盤の詳細は無かった。本当に特典ありの高い値段を払わないと手に入らないのか?少し焦りを感じた。
もやもやしながらSNSを見ていると、ベストアルバムが破格の値段だったから仕方ないという文章を見つけた。そうじゃない。確かに破格だったかもしれないが、ベストアルバムは通常盤と特装盤でしっかりと分けられていた。なのに今回は特装盤だけなのだ。ファンの熱意や購買意欲に依存しすぎている。
私にとっては、好きだった音楽にアクセスするためのハードルがぐんと高くなったように感じた。
懲りずにまたお渡し会は開催されるし、2枚買えと言わんばかりの内容だ。案の定フリマアプリは潤っているし、CDのみで出品されたものは即売り切れ。値段もかなり落とされていた。また転売が蔓延っている。これに対するアナウンスは見られなかった。
この時点で私は、降りよう。ついて行けない。そう思った。現在の方針を支持するファン層とは、自分の価値観が合わなくなったのだと感じた。
グッズも売ってしまおう。なんとしてでも手放したかった。フリマアプリを開くと、有り得ないスピードで驚きの量のグッズが出品されていた。皆も同じタイミングで降りたのだろうか。だとすれば、相当な数のファンを手放していることになる。中古のグッズショップもMSSPに関連するグッズを、フリマアプリにかなりの量を出品していた。実際にどれほどの人が離れたのかは分からないが、中古屋が抱えるグッズが在庫過多になったのではないか。少なくとも私にはそう見えた。
フリマアプリに出品してもほとんど売れない。市場は飽和していくばかり。
今まで散々述べてきたが、彼らを推していたことに後悔はしていない。
生きるのが嫌になった時、彼らの動画に救われた。彼らがいなかったら、私はこの世から去っていたかもしれない。グッズを買うのも楽しかった。棚に並ぶアクスタや、ファイリングされていくブロマイドやポストカードたちを眺めるのが好きだった。
ライブに参戦するのが好きだった。あの高揚感に満たされる時間はかけがえのないものだった。
後悔は全くしていない。
ただ、ついて行けなくなっただけ。現在の方針を支持するファンによって支えられていくのだろう。
今後どのような方向へ進むとしても、それを見届ける立場にはもういない。私にはもう関係ないのだから。


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