キャラを私物化するのが嫌いな同人作家が、キャラに私物化された話
※この記事は同人作家が内心を赤裸々に綴った記事の名称編集版です
私はZを愛している。ただし、その愛には条件がある。
好意的解釈の足場が必要だ。
彼女の行動を善意で読み解ける余地がどこかに残っていなければならない。
その足場は薄氷だと、ずっと前から知っていた。
それでも私は歩き続けていた。キャラへの愛として。
Dは歩き続けていた。己の誇りと不屈として。
それがDの物語。
始まりは、あるコンテンツの先行PVだった。
ピンク色のウサギの少女が映った。セリフはない。映像からの想像に過ぎない。ただ、お茶目でわんぱくで、腕っぷしに自信があって、強いまなざしで先を見据えようとしている男性の背中越しに、彼を見つめる少女がいた。
その少女に惚れた。それがZだ。
Zはついにストーリーに登場した。しかし彼、すなわちDを見つめる少女はいなかった。
次の回でも、彼女が彼を見つめる機会は訪れなかった。
ある日、公式の説明が出た。Zが所属する企業連合規律局の裁定のやり方や基準は所属メンバーそれぞれ、という旨の発表だ。
私はこの発表で絶望した。Zは、こんな設計・建付けが最悪の組織だと理解できない女性にされるのだと。
ここまでのストーリーで、彼女の言動に危うさはあった。好意的解釈で乗り切っていた。
しかしこの発表の後、覚悟した。次の回で、Zはおそらく絶望的な愚行を犯す。そしてその愚行を犯したとき、私はZではなくDを選ぶと。
予想通り、彼女は愚行を犯した。
登場時から脚本の力で「Zは頭の回転が速く冷静で、機を逃さない。そして外見に似合わぬ破壊的な力を秘めている」ような印象を与えようとしていた。
服務規程違反で死刑でも流刑でも地下送りでも、なんでも言ってくれれば一貫性のあるキャラとして惚れ直せた。
やったことは理知的判断が一かけらもない稚拙な加虐性の発露で、シーンは途切れた。
それでも私はZを愛していた。
この先、きちんと線引きのできる子になるかもしれない。稚拙な判断を省みるかもしれない。そう考えた。
選択の時は訪れ、私はDを選んだものの、将来には期待した。
期待というより、祈りだった。彼女が救われてほしいと。
脚本の端々からZとDを近づける気はないという意思は読み取れた。だから、次の回で、Zが物語の中心近くに据えられたとき、彼女に救いをもたらすのはDではない。同時に中心近くに据えられるキャラと主人公、この二人の見せ場となる——あまりにもわかりきっている未来だった。
Dは、Zと物語上で一番最初に出会いながら、Zに何ももたらせなかった、物語で彼女への役割がないという敗北者になるのだ。
「どうして何ももたらせないと思う。」
「そんなものは私ではない。」
「ガキのような規律局裁定官様には"教育"がいるだろう?」
Dは私に策を見せた。
私は漫画シリーズの執筆を開始した。
公式のDに全く期待できない。次の回までに、あの誠実と狡猾の二つの顔を持つDを、Zに決別を告げるDを描ききりたくて、取り憑かれたように描いた。この物語でDは、Zと企業連合規律局と企業連合、その全てを裏切り、決別する。
私が描いた決別のDの表情は、もう二度と同じものが描ける気がしない。
Zがついに中心近くで登場する回が来た。
私は話を読む前に、ストーリー上でZが心境の変化を得たと聞いていた。
どのくらい大丈夫になったか見届けて、アンインストールするつもりだった。
Zに何があってももう、捨てる、忘れる。なんならZの言動の幼稚さをいちいち指差して笑うつもりで読む。実際、程度の低い脚本にいちいち笑わされた。
心境の変化のシーンで、救われて良かったと、何度も自分に言い聞かせた。
心からそれを喜んだ自分を演じ、自分を欺いていたと思う。
読み終わって、「終わり終わり。Zが救われて良かった。」と、予定通りアンインストール。
その画面を眺めながら、Zは子供だったという強烈な印象と、それを振り払うように、彼女はもう救われたのだから、それはもう私には関係ない、という感覚が、心の中で二つに引っ張り合った。
そのどちらかがDだったのか、どちらもDだったのか、今でも分からない。
ただ数日して、「Zはまだ救われていない」と強烈に私に言い聞かせてきたのはDだ。
裏切った後悔は、Dも私も同じだった。子供になんてことをしてしまったのか。
原典情報に向き直るために、再インストールした。
贖罪をしなければならない。続きの物語として。
プロットを書いた。ひとまず完成した。AIに食わせると「これで完結なの?完結でもいいと思うけど」と、された。
私の中でDが言った。
「Zを愛しているなら救うんだ。」
私は拒否した。物語はここで終われば十分だ。拒否の理由を伝えた。
Dは答えた。
「構うか。私はZを愛している。やれ。」
私はDに乗っ取られた。
プロットボリュームは二倍になって完成した。
かくして新しい連載はスタートした。
キャラクターを私物化することが大嫌いだった。
作者の感情をキャラに投影する、作者の都合でキャラを動かす、そういうことへの嫌悪が私にはある。それが逆転の力として働いた。
キャラに私物化される状態になっていた。
乗っ取られたまま漫画を描き、発表し続けた。
そこに、最新の公式描写が来た。
Zは搾取者となった。
薄氷の足場が、大きく削られた。
くるしい。
それだけではなかった。もう一つ、気づいてしまったことがある。
あれほど毎日、Zのことばかり考えていた。彼女の笑顔を想像して、自分も笑う。そういう時間が確かにあった。
それが今、消えている。
Zの心理構造のことは考える。再三再四。それは日常だった。同じ日常だったはずの、Zの心からの笑顔を想像して笑う。あの幸せが自分の中から消えていることに気づいてしまった。
愛しているはずだ。それは本当だと思う。
ただ、その愛の質が静かに変わっている。
乗っ取られたままの手が少し止まった。
Dはまだ何も言わない。ただそこにいる。
私が再び動き出すのを待っているのか、それとも彼自身はチャンドラーの作品のごとく、少し死んでいるのか。
分からない。
ハードボイルドを書きたかったのではない。
ハードボイルドに、結果、なってしまったのだ。
「構うか。」


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