【ブログ】オーボエの池田逸雄です~最近の演奏について~ | casoのブログ
2012-12-15 23:40:40

【ブログ】オーボエの池田逸雄です~最近の演奏について~

テーマ:楽員より
【最近の演奏について】
 
 私は長年アマチュアオーケストラ、学生オーケストラの指揮、指導をやってきました。私見ですが、その中で感じていることを述べます。

 現在のアマチュアオーケストラ、学生オーケストラは昔に比べて上手いと言われます。
演奏者個々が、
★音を並べる。
★音をブレンドする。
★音程を合わせる。
★バランスを取る。
等のテクニカル面についてはその通りだと思いますが、

その演奏の現場では、
★奏者が無表情。
★出す音の大小はあるが、抑揚がない。
★出す音に力が無い。
★出す音がか細い。
と言った共通の特色が感じられます。

もう一つ顕著な特徴が、演奏者個々が
★自分の演奏のあらゆる面をデータ化、数値化する傾向がある
ことです。

 これは何故なのかと考えてみて、奏者が次のような気持ちで演奏しているのではないかと思いました。間違っている部分もあるかも知れませんが、述べてみます。

★自分の出す音に自信が持てない。
★自分の出す音が、全体の中でどのような役割を果たし、聴衆にどのように聞こえているかのイメージを持てていない。
★自分の本性を出せず、出せば今度は自分勝手となる。全体を考えられない。
★本気で音を出した経験が無く、本気を出すとはどうすることなのかを知らない。
★電気的に増幅することが前提の音を出している。

 奏者の多くがこのようならば、オーケストラは悪く言えば烏合の衆です。奏者個々はコンピュータの画面に向かいキーボードで信号を送っていて、舞台上のオーケストラは個別に信号で動くロボットの集団のようで、全体としてのまとまりは感じられません。

 学生オーケストラはともかく、年齢構成の幅の広いアマチュアオーケストラでも同じような感じを受けるのは何故でしょうか?これが一番の疑問です。
若い人達なら、本気を出した経験が無いか、乏しくても解らないでもありませんが、人生経験豊富で、長年オーケストラで演奏経験のある方でもそう感じる事が多いので困惑します。心からの語りを忘れ、テクニック追求に専心しているようで、本来の追求ポイントを忘れているように感じます。
 ハイテク機器の普及と相関関係があるように思えますから、ある意味文明病でしょうか?
本気で弾くことを忘れているだけならば、思い出して頂きたいと思います。

 クラシックのオーケストラは、増幅されてない楽器の生音の集合体であり、演奏者個々の、心からの語りの集合体だと思います。
心からの語りの裏打ちの無い演奏は空虚でしかありません。心からの語りは、どんな手段で、どんな指標で数値変換出来るでしょうか?私は出来ないと思います。

 アマチュアオーケストラ、学生オーケストラに属する皆様が、
★自分は違う
と、胸を張ってくださる事を望みます。

 我々プロのオーケストラにあっても、以上のような傾向が、まま感じられるように思うのは私だけでしょうか?今後の課題です。
★テクニックによる美しさは機能美
★外見の美しいだけの人は白痴美

どちらも人の心を揺さぶる力はありません。それ故に芸術ではありません。
オーケストラを構成する演奏者個々が
★生きた音で心から語り
★全体としては溶け合い、調和し、1個の生命体となっている

このような生演奏が理想です。文字通りライブであります。

セントラル愛知交響楽団
オーボエ 池田 逸雄
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