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赤面チャレンジ/Novel by 甘子

赤面チャレンジ

23,161 character(s)46 mins

前作とは違う世界線ですが、モブ(マスター)がやっぱり出張りますのでご注意ください。テーマは少女漫画でしたがなんだか違う仕上がりになりました。寄せようとした気配だけある不思議。

【どうでもいい内容の話】狂王黒弓は互いに何となく間にあるものには気づいていながらも特にアクションを起こしていなかったという背景があったりします。黒弓はあえて見ないふりをしていましたが(形になることはないんだろうと思っていた)、狂王はタイミングがなかっただけで別にそんなつもりはなかったぜ!というやつ。

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 無敗なのだという。

「負け知らずとはまさにあれ」
「全部返り討ちなんですよ」
 腕を組んだマスターが重苦しく頷き、マシュがこくこくと頷いた。
「ふむ」
 そりゃあ結構なことだな、と年若い少女二人が何があったらあんなに鍛えられるんだろうだとか、きゃあきゃあ感想を言い合うのをしばらく黙って見守って、隙を見計らって口を挟む。
「で、――何がだ」
 槍持ちの俺よりかは血の気は少ないつもりだが、無敗と言われれば当然興味はそそられる。前に流行った腕相撲はかなり混戦したし、これだけ各時代の英霊が揃った中でどんなジャンルであれ負け知らずというのはかなり貴重だろう。
「えっ、キャスニキ知らないの?一昨日から大ブームだし、一部除いて触れ回ったよ?」
「おう、ちょうど三日くらい部屋こもってたわ」
 こもりたくて引きこもっていたわけではなく、気付いたら三日経っていただけだが。キリがついたので、ひっそりとエミヤが置いていった差し入れの礼および腹ごしらえをしにいく途中で、この二人に出会ったのだ。
 ちなみにエミヤの差し入れは特別なものではなく、部屋にこもりがちな面子なら覚えがあるはずだ。片手で食べられて、満腹にならないが食べるという作業を忘れなくさせる程度の量という、絶妙なバランスのそれは頼んでいないと跳ね除けるには美味すぎて、本人には自覚がないがちくちくとしつこくやられる小言よりもよほど穴熊たちを引っ張り出すのに効果的だ。空腹に耐えきれなくなって出て行った食堂で、全く同じ理由で出てきたらしいメディアと鉢合わせて非常に気まずい気持ちになったのも記憶に新しい。
「赤面チャレンジだよ」
「ふむ」
 全くわからん。なんだそれは。
「兎に角赤面させるか動揺させたら勝ちなんです」
 それはまた、随分と。無意識に呆れた顔をしていたらしく、マスターがムキになって言葉を重ねる。
「美男美女から褒めてもらえたり愛を囁いてもらえて、あわよくば赤面させられるんだよ?ヤバくない?」
「その発想はヤバいな。つーか、そんなことしなくても頼めばやってくれる奴は沢山いるだろ」
 基本は末っ子に近い扱いを受けているので、誰も彼もがマスターには甘い。わかってないなあ、と言わんばかりの仕草でマスターが首を振った。
「自発的なものとお願いするのは違うんだって」
「あー」
 わかるようなわからんような。
「あと溶岩水泳部とかはね、ゲームとかいう名目がないと惨劇になるから……」
 そちらはすんなり納得がいった。あれはまあ兎に角重かろう。このお気楽マスターだからなんとか修羅場に突入しないで済んでいるだけだ。
「ゲームとはいえ清姫あたりは嫌がりそうだがな」
「まあ確かに、それは嘘では?って真顔で詰められたけど、嘘じゃなくて普段なら気恥ずかしくて言えないことを伝えるためのイベントだから、って言ったら納得してくれた」
 気付かないうちに交渉スキルが上がってたんだよ私、と真顔で言うマスターになんだか染々と同情が沸いた。本人が呑気なので忘れがちだが、割りと大変な立場にあるのだ、この少女は。人類を救いつつ、人間関係をこじらせないというのは中々の偉業だと思う。何しろ英霊になるような奴らは大概個性が強い。なんとなく本能でうまくいくタイプのこのマスターですら時々修羅場にならないように意識するというから、その難易度は推して知るべしと言わざる得まい。だからこそ、某恋愛シミュレーションゲームの爆弾(一人にかまけていると他の相手に爆弾マークがつき、フォローせずにいると爆発して一斉に全員の好感度を下げる)って理不尽だと思ってたけど現実もそんなもんだとは思わなかったよね、という彼女の言葉には同情の意を持って肩を叩くしかなかった。ちなみに恋愛シミュレーションゲームに関する知識は特に意識することもなく出てきたので、聖杯にとっては常識扱いと思われる。ちょくちょく思うが常識ってなんだ。
「まあ背景はわかったが、誰が無敵だって?」
 うちのオルタか、あとはホームズ、柳生あたりか。書文も強そうだ。セイバーオルタも手強そうではあるが、腹ペコという弱点があるので難攻不落感はない。
「エミヤだよ、アーチャーの」
「は?」
 想定外の答えに面食らう。
「先輩、アーチャーのエミヤさんは二人いらっしゃいますよ」
「そうだった。食堂の主のほうね!デミヤのほうも強かったけどそれ以上にエミヤがヤバい」
 デミヤはね、オルタニキが陥落したんだよねー。いや確かに、オルタ同士気楽なのか一緒にいる姿はたまに見掛けるがそれはそれでどういうことだ。戦場以外では基本無気力に生きているオルタはこういう遊びに進んで乗るタイプではないはずだが。
 こちらの当惑を察して、マスターが記憶を探るように額に手を当てる。
「確か、はじめはデミヤの赤面って見たことない、って話になったんだっけ?」
「そうですね。それで先輩が突撃して」
「そうそう、あっさり玉砕したんだよね。それまで私、結構赤面させまくってたんだけどさあ」
 突然なんだ、と即座に警戒されたらしい。それなりに騒ぎを引き起こす方なので正しいと言わざる得ない。
「マシュにも行ってもらって」
「頭を撫でられました」
「この差よ!」
 そりゃあ日頃の行いの差だろうな。さもありなん、と頷けばマスターが不満げに唇を尖らせた。
「次はマタハリの壁ドンだったんだけど、いやもうそれすごくて、ギリギリまであのダイナマイトボディを寄せるけど触らないし上目遣いでにこって微笑まれたらもはや逆らい様がないじゃん。私はなかったんだけど!それなのにデミヤは自分から顔を近付けて俺には勿体ないなって、あんなん自然に出る!?しかもさあ、マタハリが一瞬黙って体を離してからわたしの負けだわって唇を尖らせたのが可愛いのなんのって。色っぽいお姉さんの子供っぽい仕草がより可愛くみえる現象ってやばくない?」
 そうかー、とエミヤオルタがすごい話なのかマタハリがすごい話なのかイマイチわからない説明に適当に頷く。あとね、エミヤにやったらその状態のまま献立の話始めてね、一頻り話してじゃあ、ってなった後に君のような美しい女性にあんなに近付かれては良からぬ思いを抱いてしまうから気を付けたまえよ、って言われたらしいよ!なるほど、肩透かしを食らわせたと思いきや最後に女のプライドを擽る手管があまりにも手慣れている。
「そんなわけでまあ、そうなると負けず嫌いたちに火がつくじゃん?」
 次は誰行く?ってなってたら、のしのしオルタニキが来てね、とマスターが遠い目をした。

「マスター。さっきから何を遊んでやがる」
「赤面させたり、動揺させたりしたら勝ちっていう赤面チャレンジ」
 オルタニキから話し掛けてくるのは珍しいなあと思いながら答えれば、オルタニキの眉間に皺が寄った。いつも不機嫌な様でいて、物凄く感情がフラットだからそんな風に不快を露にするのは珍しい。周りの皆も同じ事を思ったらしく、自然と沈黙が落ちた。
「デミヤが手強そうだから、作戦会議してたの。次は誰が行こうかなって」
 そういえば、オルタニキも手強そうだけど、なかなかこう、何も考えずにちょっかいをかけるのは躊躇われる。いや、クー・フーリン族の中だと戦闘以外では一番温厚なのでは説すらあるんだけど。他のが好戦的過ぎるという話もある。キャスニキとかたまに知的とは何ぞや、という気分にさせられるし。知的(物理)が多すぎるから。
 ちなみにデミヤも一見滅茶苦茶取っ付きにくいんだけどエミヤ族だから、という彼らを知っているひとにはこれ以上なく納得いく理由でターゲットにされている。
 オルタニキは何か考え込むように一拍置いて、自分自身を納得させるように頷いた。
「……あいつが動揺すればいいんだな」
「いいっていうか、そういう遊びで、」
「オルタさん?」
 マシュの声にゆらりと尻尾を振って、オルタニキが目指すのはぼんやりと紅茶を啜るデミヤの背中だ。
 唐突な流れにマタハリと思わず顔を見合わせる。何をするのかしら、とナーサリーが頭を傾げて、同じ方向に頭を倒す邪ンタリリィとバニヤンが非常に可愛い。ビリーが面白いことになってるね、と楽しそうに笑って、お目付け役をしている常識派ロビンは顔をしかめている。ネロはゲームの参加者が増えたな、とご機嫌だ。
「おい」
「……狂王か。なんの用、」
 オルタニキが乱暴ではないけど強引な仕草で、振り返ろうとしたデミヤの顎を後ろから掴んで顔を上げさせた。完全に見下ろされる体勢にデミヤが苛ただしげに舌打ちする。オルタニキが顔を寄せて、不審な顔をしながらもデミヤは様子見するように動かないから、そうなると二人の顔はゆっくりと近付くことになった。ネロがキスでもする気か?と楽しげな感想を漏らし、確かにそう言われても仕方のない距離感に、まさか、と勝手にはらはらしているうちに動きが止まる。何が始まるんだろう。こちらが脳内を疑問符で埋め尽くしている間に、デミヤと視線を合わせたままのオルタニキが何事か――残念ながらこちらには全く聞こえなかった――囁く。
 それの効果は覿面だった。がたん、と椅子と床が擦れる音をたてるほど乱暴に、デミヤがオルタニキから距離を置く。あらゆる仕草が静かなデミヤらしからぬその動作と、大きく見開かれた目がその動揺をありありと示している。
「動揺したぞ」
 それを確認したオルタニキが無表情ながら何かしら誇らしげに見える顔で、こちらに向かって宣言した。そのままじっと此方を見るので何かと思えば、同意を求められていたらしい。先輩、とマシュに促されてこくこくと慌てて頷く。その視線が恐ろしかったのもあるけど、あれはどんな厳しい判定をしようとも否定できる余地のない完全な動揺だった。
「マスター!こいつに何を吹き込んだ!」
 ばちんと目があったデミヤがそれでようやく我に返ったらしく、荒い足音を立ててこちらにやってくる。怒りというよりは焦りとか、何かを誤魔化しているような。内容は聞こえなかったけど、相当際どい内容だったとみた。どういう内容かはわからないけど。
「吹き込んだっていうか、ゲームしてるの。赤面とか動揺させたら勝ちっていうゲーム」
「おい、何でお前がそんな子供の遊びに乗っかっているんだ!」
 のしのしとデミヤの後ろからゆったり歩いてきた狂王がデミヤの肩に顎をのせる。
「お前にちょっかいを掛けられるのは不快だ。……もう負けたんだから、こいつに仕掛ける理由はねえな?」
 視線に籠る確認ではない強制力のある何かに、敬礼せんばかりの勢いで背筋を伸ばして肯定する。こんなところで蛇に睨まれた蛙の気持ちを味わう羽目になるとは思わなかったんだけど。
「もう仕掛けません!ゲーム参加者にもデミヤにはちょっかい禁止令出す!」
 私の答えを聞いて、オルタニキが満足げに目を細めた。幸いにも、私の答えはお気に召したらしい。それを聞いたデミヤが虎の尾を踏むことを恐れる慎重さで口を開いた。
「……なんだかよくわからないが、つまりは遊びということでいいんだな?」
「いや、内容については遊びでもなんでもねえな。……そうさな、お前もゲームに乗ってみたらどうだ?YESなら俺も動揺するかもしれん」
 にやり、と珍しく笑みを浮かべるオルタニキにようやく動揺が収まってきたらしいデミヤが眉間の皺を深くする。くるりと振り返って、オルタニキと相対した。あれ、なにやらよくわからないスイッチが入っている、ような。
 距離を詰めて、一歩。
 何やら漂い始めた不穏な雰囲気に、もはや私たちは存在を消すべく息を潜めるのに必死である。空気を読めないネロについてはただひたすらに楽しそうなだけだけど。デミヤは様子見するように動かないオルタニキの首の後ろに手をやって、ぐいっと引き寄せ、えっ。
 慌ててマシュの目を塞ぐ。バニヤンと邪ンタ、ナーサリーの幼女組の視界はロビンがマントで覆った。さすがロビン、あの子たち下手すればマシュよりよく知っている耳年増だけど、さすがに現物はどうかなと思うわけで。四人の戸惑う声にはなんにも答えられなかった。
 だってあれ、どうみてもキス、しかもディープなやつだもんよ!
 そこまで長い時間をかけることなく(体感では長かったけど、恐らく)、デミヤが体を離した。フリーズしたオルタニキを前に、唇を吊り上げるデミヤからは、やらかしたことに反して全く色気のない、どちらかといえば勝負に勝ったかのようなしてやったり、と言わんばかりの風情が漂う。
「動揺のあまり、動けもしないか?……獣にはこちらの答え方の方が向いているだろう」
 ふん、と言い捨てて足音高らかに立ち去る背中を、呆然と見送る。呆然としている中にはオルタニキもいるから、確かに肉を切らせて骨を断って――いや、これデミヤも骨までいってない?ただの相討ちじゃない?ネロとビリーは爆笑だけど?
「あの、先輩?」
 控えめなマシュの声にようやく目隠ししていた手を離す。丁度マントから抜け出した幼女組の何があったの、という質問に答えられるはずもない。笑いすぎで息を切らしながらも素直に答えかけたビリーをロビンがしばいて、蠱惑的に笑ったマタハリが大人だけの秘密よ、と誤魔化しに掛かってくれているから対応はぜひお願いしたいところだ。大人の秘密だとしても、私が駄目で先輩がいい理由がわかりません、とマシュがへの字口にするのが非常に可愛い。
 宥めつつふと視線を流して、立ち竦んだままのオルタニキに視線が吸い寄せられた。
 おそらく無意識に、唇に指を添える。らしくはない、乙女のような仕草だな、と思って、続いて浮かんだ笑みに背筋が冷えた。かって笑顔は威嚇だったという話を思い出すような、ひたすらに物騒で、もはや笑みと呼んでいいのかも怪しい、獲物を前にした肉食獣のそれ。
 要するに、物凄く美しいけど、とてつもなく怖い。
「得したな」
 立ち去り様に、ぼそりとオルタニキが呟いた言葉は多分私にしか届いていない。まあ流れからして、あのキスだろう。
 ……言うに事欠いて、得て。


「という、お話」
 塞いでいたマシュの耳を解放して、マスターは染々と纏めた。戸惑うマシュに告げる、知らなくていいこともあるんだよ、という言葉が重い。
「俺も知りたくなかったんだが」
 紛いなりにも同一人物である。なついてんな、とは思っていたが、まさかその方面とは。
「まあネロが広めまくってるから、そのうち聞いてたって」
「広まってんのかよ」
 非常に複雑である。まあ言うても別の個体だから、勝手にすりゃあいいんだが。次の飲み会で、叔父貴あたりはうるさそうだ。
「先輩、そろそろ行かないと」
「そうだったそうだった。途中経過の集計があってね」
「……楽しそうで結構だが、ほどほどにしておけよ」
 俺の忠告がちゃんと届いたかどうか。はーい、とよいこの返事だけ寄越して、マスターは元気よく去っていった。
 ゲームとはいえ、あんまりひとの気持ちを弄ぶような真似は止しといたほうがいいと思うんだがな。
 ただ、たわいのない遊びがマスターの息抜きとなっているのは間違いない。それ以上言葉にすることなく肩を竦めるに留めて、食堂に足を向けた。


 食堂の戸を潜れば、カウンターの向こうに目当ての相手の姿があった。飯には微妙に早かったか、その手は食事の支度に忙しなく動き続けている。ついでに、カウンター越しにその手元を覗き込む自分を見つけて首を捻った。何やってんだアイツ。無遠慮に眺めていると、こちらの視線に気付いたらしいエミヤが顔を上げる。
「キャスター」
「よお、エミヤ。この前の礼に手土産だ」
 ひょい、と手渡した瓶には乾燥させたハーブを詰めてある。感謝の品といいつつも結局は飯に使われて還元されるのはわかってるんだが、一番喜ばれるのがこの類いなんだから仕方ない。
「大した手間でもないんだから気にしなくていいと言ってるのに、律儀だな君は」
「大してなくても手間はかかってんだから感謝くらいはさせろ。……で、槍持ちの俺は何してんだ?」
「よお、俺。最近出ずっぱりで出来立ての飯食ってなかったから見てる」
 弁当もいいんだけどな、海苔弁は弁当じゃねえと出来ねえ味だしな、と腕を組んで深く頷く様は我ながら非常に所帯染みている。自分もその一員のくせに何やら英霊というものに若干の夢を見ている節のあるエミヤが微妙な顔をした。
「見張っていなくても下手なものは出さないし、気が散るからどけと言ってるんだがな」
 君からも言ってくれ、という声に見てて面白いのはわかる、とすげなく答える。不満げにエミヤが片眉を跳ね上げた。
「あとはだし巻きを焼くだけなんだし、ちょっとくらい見せてあげれば?」
 味噌汁の味を見ていたブーティカが笑いながら口を挟む。ナーサリーたちにずっと凝視されるのと変わらないんだから、と続いた言葉にはエミヤが些かわざとらしく呆れた声を上げる。
「おいランサー、幼子と同じ扱いだぞ」
「面白いもんは面白い」
 きっぱりとした断言に、エミヤが黙った。皮肉を連発するこの男は真っ正面から返される言葉に非常に弱い。
「飯はまだか」
 一瞬の沈黙を裂くように、ひょこりとランサーの後ろから現れたのは反転したセイバーである。呆け老人染みた台詞だが、凛とした風情は反転前と変わらない。腹ぺこもまた変わっていないあたりに、変わらないところは変わらないんだよなと染々するばかりである。変わらない部分が腹ぺこでいいのかという話はあれど。
「もう少し待ってくれたまえ、あと少しで第一陣の用意が終わるはずだ」
 そうか、と鷹揚に頷いたセイバーオルタがその場に留まったので、俺を含めてエミヤの手元に注がれる視線が三対になった。若干居心地が悪そうなエミヤの手で、じゅうじゅうと音を立てて卵が巻かれていく。
 そうだ、と不意に呟いたセイバーオルタがエミヤを呼ぶ。女子供に甘い男は返事と共に、直ぐさま顔を上げた。槍持ちの俺相手なら返事すらしないだろうに。いや逆か、そこまで雑な対応をするのが奴だけなのか。
「わたしのものになる気はないか。大切にするぞ」
 あたかも口説き文句のようなそれに、思わず瞠目する。セイバーオルタの顔に珍しくうっすらとではあっても笑みが浮かんでいるのだから尚更だ。
「……セイバーオルタ、そんな言葉が無くても君の分は大盛りだから安心したまえ」
 さらりと流すエミヤの声は平静そのもので、そこで漸くあの遊びか、と思い至った。これは思った以上に広範囲に広がっているとみた。眉を寄せたランサーが不満げに鼻をならす。
「オイ、なんだその返しは。その気がないならちゃんと断りやがれ」
「ただの戯れに何を言ってるんだ。……ああ、戯れを理解するのは君には高尚すぎたか?」
「ああん?」
 早速ぎゃあぎゃあやり合い始めた二人を他所にセイバーオルタに話しかける。なんだ、と答えては貰えたものの視線の先はエミヤの手元に固定されている。隙あらば、という思惑が非常にわかりやすい。というか喧嘩しながら手は動くエミヤもすげえな。
「お前さんが乗るとはなあ」
「賞品が献立のリクエスト権だ」
 これ以上なく納得のいく理由だった。彼女はジャンクを好むが、それだけでは体に悪いと制限されているのである。私が勝った暁にはフライドポテトを野菜と認めさせてやろうと宣言する声には威厳が満ちていたが内容はただの偏食だ。まあ、俺からすりゃ死人相手にエミヤも口うるさすぎるとは思うがね。
「一体何処まで広がってるんだか」
「知らん。が、ハサンらが集計しているらしい」
 あの暗殺集団を動員してるとは。ガチじゃねーか、と思わず呟いた。


 エミヤ、ちょっとそこで聞いてて。アマデウスにそれだけ告げられて、戸惑ううちに始まった演奏会は聞き惚れているうちに終わっていたらしい。ふわりと空気に溶けるように余韻が消えて漸く我に返り、私とほんの数人だけ耳に出来た贅沢すぎるリサイタルに心からの拍手を送った。音響効果など録にない食堂で、マスターから一時的に拝借したという小さなピアノ、聞き手は門外漢の私という三拍子が揃ってさえ、その凄まじいまでに甘く情熱的なメロディを余すところなく伝えた腕はやはり天才と称されるに相応しいのだろう。
「素晴らしかっ、」
「君も大概朴念仁だな!」
 あの素晴らしい演奏を奏でたとは思えない仏頂面で、誉め言葉に対して返ってくるとは予想もしない悪態をつかれて目を丸くする。
「僕が弾いたのは恋の歌だぜ、赤面して然るべきだ!」
 サリエリなら腰砕けだ、とぶつくさ呟くあたり、私の反応がお気に召さなかったらしい。かの音楽家ほど耳が肥えていないのでそう言われても困るばかりだが。
「そうか、恋の歌だったのか」
 甘く蕩けるようだとも、情熱的だとも思ったが、恋の歌とは思い至らなかった。思わず呟けば、ぱちりと瞬いたアマデウスがなるほど、と頷いた。
「なるほどね、君にとっての恋はこういうものじゃないのか」
 恋。確かに、縁遠過ぎてイメージも湧かないが。あえてイメージするなら、と考えて、――身を焦がす青い炎がちらついた。冷たい色をしているくせに、温度は高く甘さのないじりじりと身を焼くそれ。
 じゃあ仕方ないな、と勝手に納得して鉾を収めたアマデウスの声に思考を断ち切る。
「君を赤面させてマリーの好きなものを作らせようと思ったんだけどね。彼女、君のお菓子好きだし」
「今回の演奏のお礼に菓子を作るくらいならお安いご用だ。……しかし、彼女を喜ばせたいなら私の菓子などより、君の奏でる音のほうが余程喜ばれると思うが」
 あれだけ素晴らしい音なのだし、彼女は君のことが大好きなのだから。
「そもそも、君の演奏を喜ぶのは彼女に限った話でもないか。先程の演奏も本当に素晴らしかった」
 アマデウスは少しだけ口を噤んで、これだからたらしは嫌いだ、と心当たりのないことを言った。まあまた気が向いたら何か弾いてあげるよ、と小さなピアノを抱えたアマデウスが歩き去る。行き先は彼女のもとか、それとも天の邪鬼の彼のことだから、サンソンかサリエリのところか。サリエリのところだと大分騒ぎになりそうだが、まああの大先生はアマデウスの奏でる音には滅法弱いのでなんとかなるだろう。
 さて、と一度中断していた献立の組み立てに意識を戻す。在庫を確認しながら進めるほうが効率がいいので、食堂で行うのが常なのだが、なぜか今日はやけに声をかけられることが多く、ほとんど進んでいないので急がなければならない。


「これで概ね問題ないな」
 しばらく熱中した後、一通りのメインと成る献立を書き上げて、息をついた。あとは副菜だが、メインとの兼ね合わせで自ずと決まってくるので、まあ急ぐことはないだろうと切れてしまった集中を無理やり引き戻すことはせずに、すっかり冷めてしまったお茶を啜る。確認も兼ねて、献立を見返せば火曜日の鮭のシチューが目についた。鮭。連鎖的に一人の英霊の姿が浮かび、そういえば、そいつを筆頭にこの前から妙なちょっかいが増えていることを思い出した。
 幼い英霊たちは可愛らしいのでまあいい。アステリオスに貰った花は押し花にさせて貰ったし(髪に挿されたので、さすがに髪に飾るのはエウリュアレだけにしておきたまえと忠告した)、バニヤンのあーんについては本人が差し出したパンケーキへの未練で一杯だったので丁重に断らせてもらい、私の分を少しだけ分けた。ナーサリーによる些か大人びたダンスの誘い(バックミュージックはサリエリの演奏という居たたまれなくなるほど豪華なものだ)をなんとかこなし、邪ンヌリリィのお礼と好意を伝える可愛らしい手紙には小さなマドレーヌをお返しに。茶々の強制膝枕には流石に困ったが、大人しく寝転ばないと泣きわめくと脅されてはなす術もなく、ああ見えて中身はきっちり母である彼女のそれには身に覚えのない安らぎがあってそれを誤魔化すのに非常に苦労した覚えがある。第六天魔王には何故か壁ドンとやらをされ、君の弟か部下に見られたら命の保障が無さそうだなと呟いたらしょっぱい顔をされたんだったか。飛び付いてきたマスターを淑女らしくないと嗜めたのは――まあいつものことだが、マシュまでそれに乗って反対からくっついてくるのは珍しかった。何でもマスターの真似をしたがる時期なのだろうか。かのマスターは時々非常に教育に悪いので程ほどにして欲しいのだが。
 あとはフェルグスの聞くに耐えない直裁な誘い文句には教育的指導をかまし、子ギルの耳打ちと思いきやひとの耳に息を吹き込む所業には迷わず拳骨を落とした。ライダーのイシュタルがなんの気まぐれだか、こちらに紅茶を入れて寄越したので思わず外を伺ったら(槍でも降るのかと思ったのだ)、その思考がバレて非常に怒られ、お詫びにいつも以上の我が儘を聞かされる羽目になった。まあ、折角入れてくれた彼女の紅茶を温かいうちに飲ませてほしいという願いは叶えられたので(そういえば、何故かそれを申し出た後の彼女は赤かった)そんなに大きな問題ではないのだが。そういえば朝起きたらBBがひとの上に乗っていたこともあって、それについてはこんこんと説教をしたな。こんな可愛いBBちゃんに反応しないなんてどうかしてます、と捨て台詞を残して膨れっ面で逃げられたが。
 普段とは違うとは思えど、これだけならたまたまタイミングが重なっただけの自意識過剰ではと思わなくもないのだが、そう否定するには質が悪いのが一匹。
「お、アーチャー!」
 思い浮かべたのが悪かったのか、ひょこりと顔を覗かせた青い頭に思わず眉間を押さえた。動きやすいと気に入っているらしい短髪姿なので、尻尾はない。
「……ここにアーチャーが何人いると思っている」
「なんだ、名前を呼んで欲しいっておねだりか?」
 ふざけるな、と吐き捨てれば、勝手にひとの向かいに座りながら肩を竦めた。
「お前だって俺のことはランサーって呼ぶだろうが」
「わかるだろう」
 私がそう呼ぶのはこの男だけだ。そう考えた通りに切り捨てれば、一瞬黙ったランサーが唸りながら天井を仰いだ。体重をかけられた椅子がギィ、と些か不穏な音を立てる。
「お前、そういうとこだぞ」
「何がだ」
「べーつーにー」
 真面目に返す気のないランサーに眉を寄せるが、まったくそれを意に返さないこの男は身を乗り出してひとの手元を覗きこむ。
「お前、来週いつ作んの?」
「来週なら火曜に、ブーティカがサーモンのクリームシチューを作る予定だぞ」
 好きだろうとそういえばよっしゃと無邪気に喜んで、打ち消すようにぶんぶんと頭を横にふった。
「じゃねえ、俺が聞いたのはお前がいつ作るかだっての。旨いもんは好きだが、お前の飯が好きなんだ」
 にっ、といたずら坊主の表情で笑いかけられて、動揺を咄嗟に抑え込んだ。献立に集中するフリで視線を落とす。
「餌付けしたつもりはないんだがね」
「カルデア全員の胃袋掴んでおいて何抜かす」
「大袈裟だ」
 好まれていないとは思っていないが、そんな大層なことをした覚えはない。
「お前あの争奪戦目に入ってないのかよ」
「争奪戦?……ああ、試作品か」
 滅多にないが、今後食堂のメニューに加えるかを決めるためにほんの少しだけ試作品を用意していることがある。数が少ないために、それがあると大体じゃんけんだとかあっち向いてホイだとかこちらからすると大袈裟な取り合いが開催されることになる。
 マスター曰く、学校給食でデザートがプリンの日に欠席者が出たときとそっくり、らしい。数多の英霊が小学生に例えられるのはどうなのかと思わなくはない。
「あれは希少性の問題だろう」
「まあそれもあるけどな。それだけじゃねえし。……あ、そういや一個言おうと思ってたんだった。えーと、なんだったっけか、マスターに聞いたんだが」
 マスターに?なにやら不穏な香りがしなくはない。何しろ時々思いもしないことをやらかしてくれるので。
「そうだ、思い出した」
 余計なことは言わなくていい、と止める前にランサーが口を開く。
「毎朝お前の作った味噌汁が飲みたい」
 誤解を生む発言に辛うじて震えかけた手を止める。
 これだ。なぜだか、この類いのちょっかいがやけに増えている。基本的には誤解しようもない言葉ばかりなので、表現が大袈裟なだけだと一蹴するのも難しい。しかも、言葉だけでなく、スキンシップもやたらと多いのだ。べったりと横に居座られるのはまだいいほうで、背中に貼りつかれたり、気付いたら腰に手を回されていたりする。
 この男のことだから、深い意味はないのだろうけれど、心臓に悪いのでこちらとしては非常に困る。
 ……いやまて、そもそもこれはただ意味を勘違いしているのかもしれない。些か古い言い回しだ。
「意味も理解せずに覚えたての言葉を使うとは随分と迂闊だな」
「ん?これって日本人にとってのプロポーズじゃねえの?」
 なるほど、正しく理解していたか。
「……我々はそんな言葉を交わす関係ではない」
「段階を踏んで欲しいってことか?」
 普通のアプローチじゃまともに受け止めやがらないから、プロポーズにしたんだがな。そんなことを言いながら、するりと伸ばされた手がペンを持つ私の指をなぞる。なんのつもりだ、と顔をあげれば、予想していたからかう色の代わりに真っ直ぐこちらを見据える視線があって。
「痛っ!」
 動揺を表す前に拳骨を食らわせられたのはかなり上出来だった。反射で動いた腕を、内心で自画自賛する。とはいえこれ以上ここにいるのはまずい。心臓はばくばくと音を立てているし、今はランサーが頭を抱えて悶絶しているからいいが、呆れたという顔を取り繕えている自信がない。
「ふざけるのも大概にしたまえ」
 作成中の献立を掴んで席を立つ。待て、という言葉は聞こえないふりをして、急いでいるとは悟られない程度に足早に逃げ出した。戦略的撤退というやつだ。
 食堂から出て奴の視界から外れれば視線を憚る必要もないので、自ずと競歩のスピードになる。曲がること数回。倉庫近くの人気のない区画で足を止めて、先程溜め込んだざわつきを叩き込むように壁に拳を打ち付けた。もちろん、サーヴァントの全力だと壁が凹むどころか粉砕しかねないので、程々に手加減はしている。
「自分の顔面を自覚しろ……!」
 顔がいい男は!これだから!一度では解消されなかった衝動のまま、二度三度と拳を叩き込む。
 はあ、と漸く落ち着いてきた鼓動に息をついて、最近お世話になりっぱなしの壁を労るように撫でる。部屋に逃げ込む余裕がないときにはここに訪れているので、そろそろ気分は戦友だ。
 さて、何故こんなところで壁を痛めつけているかといえば、全く深い理由はない。自覚はなかったのだが、私は大層美形に弱かったらしく、受け止めきれなかった衝動をぶつけているだけである。
 何しろ、あの男はおふざけの気障ったらしい仕草が冗談になっていないのを理解していないし、普段の人懐こい表情が抜け落ちると整った顔が際立って、否応なくその仕草に妙な迫力が乗ることも自覚していない。つまり、それに振り回されるこちらのことにも気付くわけなく、簡単に爆弾を投下してくるのである。いや、気付かれるなんて真っ平御免だが、振り回されるこちらとしては非常に迷惑な話だ。
 あの大英霊が私に本気でそんなことを言うわけがないので真面目に受け取りはしないが、あの美しい顔で言われれば動揺するし狼狽えもするのは当たり前だろう。真面目に返されても困るだろうし、私の低いプライドにかけてそれを表には出していないことにあの男は心から感謝すべきで、とごちゃごちゃとまとまらない思考を回していたら。
「……エミヤ?」
 恐る恐るこちらを伺うように掛けられた声。長いこと油をさしていないブリキのおもちゃの動きで振り返れば、そこには目を丸くするマスターとマシュの姿があった。後ろは倉庫の入り口、なるほど、彼女らは倉庫にいたらしい。
 一つ息をついて笑顔を浮かべる。
「やあ、君たちはお使いかね。何か運ぶものがあるなら私が運ぶが」
「いやさすがに今の誤魔化すのは無理があるってエミヤ」
「さて、なんの話だか」
 こう言うときに大事なのはとにかく認めないことだ。証拠がないのだから、こちらが認めなければなかったことになる。
『あー残念ながら、カメラは見ているんだな』
 マスターの時計から通信音声が割り込んだ。ダ・ヴィンチちゃんの楽しげな声に、敗北を悟る。
『数日前からなんかやってるなあとは思ってたんだよね』
 なんかあっても君なら治すだろうから放置してたけども。追い討ちに逃げ道がなくなったことを理解して、舌打ちした。
「さーて、聞かせてくれるよね?」
 わざとらしくマスターが掲げた令呪は遠回しの脅しだろう。暫しのにらみ合いのあと、全く譲る気のない視線の強さに目を伏せたのはこちらだった。只人の身でありながら、このマスターはとんでもなく修羅場慣れしているので、私の視線程度では全く怯まないのだ。こうなると躊躇う分だけハードルが上がるので、大人しく概要を白状する。
「自覚はなかったが、私は美形に弱かったらしく、とある英霊のからかいに上手く対応できないというだけの話で、」
「えっ、槍ニキに何されたの?」
 マスターが槍ニキと呼ぶのはランサーのクーフーリンだけだ。確認するでもなく、前提としてランサーを出されて一瞬言葉を失う。
「いやまて、私は誰とは」
「エミヤが振り回されるって言ったら基本槍ニキじゃん」
「君にも大概振り回されているし、他にもそれなりにいると思うが!」
「そんな苦々しい口調で言うのは槍ニキだけだってば」
 ねえマシュ、と傍らに求める同意に、そう思います、とマシュが頷く。そんなことはない、はずだが。
「で、からかいってなに?」
 名前を特定されるとこれまで以上に話しづらく、黙りこめばわざとらしく礼呪の浮かんだ手をひらめかせるマスターが正直憎たらしい。しかも、基本的には困っているならなんとかできないかという好意なので無下にもできず、覚悟を決めるために溜め息をひとつ。
「話すから、ダ・ヴィンチちゃんとの通信は切ってくれ」
 どうせ知られるにしても、知られる人数は少ないに越したことはない。酷いだとかずるいだとか喚くダ・ヴィンチちゃんのことをすっぱり無視してマスターが通信端末を切った。後々が怖い気もするが、取りあえずはよしとする。
「……まずはだな、私はランサーが常々少年漫画に出てきそうな男だなと思っていたのだが」
「あ、わかるわかる。しかもあれね、主人公じゃなくて兄貴分的なね」
「あの男、実は少女漫画への出演権もあったらしい」
「……まずは聞きましょうか」
 神妙な顔でマスターが頷いた。
 始めは確か、偶然流れで行うことになったシミュレーション室での手合わせのあとのことだった。
「一通りこなして、その直後の機嫌は悪くなかったはずだが、気付いたら不機嫌で」
 何のつもりだったのだか、やけに褒めてきたので、自分についての自己評価をしただけだったはずだが。なんなら、ランサーのことは称賛した覚えがある。
「気付いたら壁に追い込まれていて、うっかり壁に手をつかれたのでさらに逃げ道がなくなってな。そうなると目の前にあるのがあの顔なんだ」
 わかるだろうか、普段は気のいい近所の兄ちゃん然とした男が真剣な顔をした時の威力を。いや、普段から言うまでもなく顔がいいのだが、それを和らげている雰囲気が剥がれたときの威力は推して知るべしと言わざる得ない。てめえは卑屈すぎるだとか人の好意を何だと思ってやがるだとか、なにやらごちゃごちゃ言っていたが正直それどころではなかったのでいまいち覚えていない。
「おお……それはまさにジャパニーズ壁ドン……」
 何故かマスターが戦いた。
「壁ドン……!先輩に教えていただいた少女漫画にありましたね!」
 知っている単語が出てきたことにか、マシュが目を輝かせた。何かまた変なことを教えて、とマスターに咎める視線を送れば、いやむしろ女子としては健全だからとしたり顔をされた。
「で、そのうちお前にゃこれじゃ通じねえかとかなんとか」
 只でさえ近い顔を近付けられた。えっ刑部姫案件?とマスターが呟く。その言葉の意味は不明だが、あまり深くつつくと痛い目を見る気がしたので聞き流す。
「で?そのあとは?」
「もちろん殴ったさ」
 正確には殴りかかってそのまま喧嘩にもつれ込んだ、だが。不意打ちであれ、大人しく食らう男ではない。カルデア内で唯一抜刀を許されているシミュレーション室なのに、うっかり言い合ううちに我を忘れたせいで武器も出さずに素手でのタイマンを張る羽目になったし、終わった後のランサーは全力でやりあったからかやけに満足げだったのが解せない。しかも、私たちのやり取りを見掛けてスイッチの入ったベオウルフが書文、レオニダス、フェルグスらまで呼んだせいで大ステゴロ大会になってしまった。
「あれ、二人がきっかけだったのか。レジライが賭けの胴元務めてたやつ」
「不本意ながら」
 幸いにも以蔵が破産する前に取り締まれたが、なかなか危なかった。龍馬にも密告しておいたので、とりあえずは大丈夫だと思うが。
「あとは?」
「……もう十分ではないかね」
「一回でアウトは厳しいと思う」
 もっともらしいことを言うなら、少しはその好奇心に輝く瞳を抑えてほしいんだがな!渋々、私にとっては大事でも、エピソードとして話すには小さい話を避けて、記憶からかなりダメージが大きかったものを引っ張り出す。
「少しばかり立て込んでバタバタしていたのが一段落したときにこう、腕を引かれて部屋に連れ込まれて」
 気づいたら膝枕をされていた。硬いわ高いわで寝心地は最悪だったのだが、文句を言っても楽しげに人の髪をいじくり回して鼻歌を歌う始末だったので満足するまでと放置していたら、不覚にも寝落ちしたという落ちまでつく。
「しかもだ、起きたらぼんやりとテレビを見ていてな。退かせばよかったろうにと思っていたらあの男がこちらに気づいて、顔色がよくなったなと微笑まれたんだ」
 仲がいいどころか顔を会わせればそこそこの確率で諍いになる私に対して、だ。至近距離すぎて逆に真顔になったから良かったようなもので、しかも、私が仕事に戻るために立ち去る背後で、やつはリモコンでテレビの音量を上げた。突然なんだ、と考えたところで理由を掘り下げるとこちらを起こさないために音を下げていたという結論に成りかねないことに気付いて即座に思考を打ち切ったのはいま考えてもよい判断だった。恐らく突然聞こえづらくなったんだろう、耳に水が入るか何かで。
「ヒエ……」
 イケメンこわあ、と口元を押さえたマスターが動揺をありありと浮かべた顔で呟く。思わぬ賛同を得られて、わかってくれるかと強く頷いた。抱え込んでいたストレスは思ったよりも溜まっていたらしい。
「まだあるぞ、色々あって食堂でディルムットが水をひっかぶったのだが、自分を放置して片付けをしようとするものだから、髪を拭いてやってだな」
 ついでだし、放っておけば絶対にしないとわかっていたドライヤーをかけてやっていたときにやってきたのだあの男は。なにやらこちらを見るなり突然機嫌を悪くして、そのくせ立ち去ろうとはしないから、狼狽えるディルムットが可哀想でその態度は何だと叱ったのだが。
「ディルムットだけずるい、と唇を尖らせて」
「可愛い要素もあるとか卑怯~~!」
 だろう!力強く同意すれば、こくこくとマスターが頷いた。
「私相手だということを除けば、壁ドンから始まる少女漫画の定番に、あの顔だ!完璧に少女漫画のヒーローだとは思わないか!」
「わかる、読みながら足バタバタするやつ!」
 マスターの同意を得ることが楽しくなってしまったので、しばらくその調子で話し続けているうちに、黙って聞いていたマシュが首を傾げた。あの、とおずおずと手を挙げる。
「そんなに珍しいでしょうか。何名か、同じようなことやってらっしゃるように思うのですが」
「ん?」
 壁ドンって、信長さんにされてましたよね?マシュの言葉にそういえばと頷く。
「弟君と部下の名前を出したらすぐに引いてくれたが」
「ランサーオルタのアルトリアさんには膝枕を」
「ああ、座れと言われて気付いたら」
 無下に振り落とすわけにも行かず、困った記憶がある。しかも途中でトリスタンと目があって非常に気まずい思いをした。
「ネロさんには膝に乗られてましたし、ジャガーさんには飛びつかれてていました。先輩も、ですよね。でも動揺するのはランサーのクーフーリンさんだけ、なんですか?」
 言われてみれば確かに。
「……私は男の美形に弱かったのか?」
 私の性癖はヘテロのはずだが。いやそうか、遠い昔だが学生時代には名だたる美少女たちが周りにいたのだから、女性の方には耐性がついているのかもしれない。そう言えば、ふるふるとマシュではなくマスターが頭を横に振った。
「いやその結論は無理あるって。円卓なんて顔がいい代表格みたいな集まりだけど、エミヤ基本容赦ないじゃん。ガヴェインなんて自分の顔がいいの理解してるから、結構あの顔面使ってご飯のリクエストしてるけど一蹴だし。あ、ていうかこの前キャスニキにウィンクされてなかった?あれも実はめっちゃ動揺してたの?」
「似合うなとは思った」
「わかる。……じゃなくて、ほらね、答えは明白!だってさあ、」
 マスターが秘密を告げるように声を潜めた。
 キャスニキと槍ニキ、同じ顔だよ?
「……何が言いたい」
 当たり前だ、同一人物なんだから。マスターの言いたいことが掴めず、問い質す。踏み込んではいけない気がしたが、これ以上暴走させるほうが危ないような気もする。このマスターはよかれと思ってとんでもないお節介をすることがあるのだ。
「まんざらでもないんじゃないのという話」
「……何が」
「無自覚とかまた王道だなあ」
 やれやれ、とマスターが芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「マシュにだってわかるよね?」
「はい。ランサーのクーフーリンさんだけ、特別ってことですよね」
「まあ、因縁のある相手であることは否めないが」
「往生際が悪いってばエミヤー。ガンガン押されてるんだからもう受けちゃえばいいだけの話じゃないの」
 よもやこんな近くでりょうかたおもいが繰り広げられてるとは思わなかったわー、と何故か嬉しそうにマスターが何度も頷いた。極めつけの少女漫画!と歌うように告げる言葉の意味がわからない。
 りょうかたおもい、とは。当事者である私が追い付けていないのだが、と眉間に皺を寄せれば、マスターがエミヤってば野暮をさせるなあとにんまりと笑みを浮かべた。
「エミヤは槍ニキが好きなんだよ!恋愛的な意味で!」
「はあ!?」
 何を馬鹿なことを言ってるんだ。
「いやだって、口説かれてすごい動揺するんでしょ?」
「するが、あの顔だぞ」
 しない奴がいるのかという話だ。
「でも、あの顔のキャスニキは平気なんでしょ?しかもその動揺って嫌悪感なの?トキメキじゃないの?」
 ときめき、という言葉にぞわりと鳥肌が立った。私とときめきほど気味の悪い組み合わせがあるだろうか!
「そういうのは可愛らしい女性などが抱くもので!」
「でも抱いちゃってるんだからしょうがなくない?ランサーの仕草にいちいち壁叩きたくなるんでしょ?でも嫌だとは思ってない」
「嫌だと思っていない、わけでは」
「いーや、それは種類の違う、『嫌』だね。反応しちゃう自分が嫌なだけ。嫌ならものすごい嫌味を織り混ぜてお断りするじゃんエミヤは」
 それとも、槍ニキに一回でも真剣にそういうことは止めろって言ったの?
 その指摘に言葉を詰まらせる。いやしかし、と体勢を立て直すように頭を振った。
「君たちの年頃が何でもかんでもそういう方向に向かわせたがるのは知っているがね。あの英雄に憧れを抱くのはまあ私の成り立ちを考えると些か仕方のないことであって、それ以上の感情を抱くのは不敬というか、恐れ多いにもほどがあるというか、さすがに身の程を知らなすぎる行いであって」
「もー、エミヤってば語るに落ちてるよ」
 ほーら、逃げらんないように言っておやりなさいマシュ、とどこぞの印籠を掲げた老人染みた仕草でマスターが顎をしゃくる。はい、と軽く頬を上気させたマシュが口を開く。
「有り得ない話ではないんですね!」
 Over Kill!
 戦闘画面でもないのにその文字が脳内でハレーションを起こした。思わずふらついて壁に手をつく。
「ふふふ。いやーめでたいめでたい。エミヤは自分を大事にしないけど槍ニキなら無理矢理大事にしてくれるもんね」
 否定の言葉を探して――探せば探すほど自分を追い詰めることに気付いて口をつぐむ。不意にアマデウスの奏でた音を思い出す。恋とはまるで青い炎だと思って――彼の男を思い浮かべたときに私が思うものとよく似てはいないか。いきなり落ち着きのなくなった心臓を押さえる。
「嘘だろう……」
「まあよく考えたら、エミヤは何だかんだで槍ニキのこと特別扱いだもんねえ」
 そんなつもりはないのだが、しかし己の自覚などなんの役にも立たないことを思い知らされたばかりでもある。口を挟む間もなくマスターががこちらに指を突きつけた。
「あとは次の槍ニキのアプローチに頷くだけだよエミヤ!いーい、憎まれ口とか駄目だからね。……いやー、次はどんなアプローチが来るのか楽しみだなあ!あ、そういえば日本人の定番のプロポーズを聞かれたっけね。あれはゲームのためだと思ったけ、……ん?」
 マスターが突然フリーズした。まてまてまて、と何かを堪えるように額に手を当てる。
「ねえマシュ、私、景品のご飯リクエストの件、エミヤにお願いしたっけ?」
「……私が見ていた範囲ではしてらっしゃいません」
「なるほど、したつもりになってたわ。そんで、エミヤからその話が一切出てこないということはエミヤは知らないね?」
 性格上、あれを知ってたらネガティブな発想に陥るもんね、と顔色を悪くしながら独白するマスターに首を捻る。さて、何かまた私が怒るようなことを仕出かしたのか。
「いやでも槍ニキが乗っかってるとは限らない……とは言えないなー!あのひと何だかんだで耳早いしなー!エミヤご飯のファンだし。私、難攻不落面子とカウンターには高ポイントつけたし」
「返り討ちにした人数分の追加ポイントがつく設定にされていたので、エミヤさんはトップレートです」
「エミヤ一人で、一発逆転、狙えちゃうんだよなー!」
 あああどうしよう、やらかしてしまっているやも、とうちひしがれるマスターにはて、と眉を寄せる。話が全く見えない。意を決したように勢いよく顔をあげたマスターがはいせんせー、とこちらをみながら手をあげる。なんだね、と不信感を浮かべながら先を促した。こちらとしては、なんとも形容しがたい胸のうちを飲み込むので割りといっぱいいっぱいなのだが。
「あのーその猛アプローチはいつから始まったんでしょうか」
「最近だが」
 さあ、っとただでさえ顔色の悪かったマスターの顔から血の気が抜け落ちた。さいきん、と再度繰り返す。マシュまで何故か青ざめている。
「一体なんなんだ。大人しく白状したらそこまで怒らないぞ」
 怒られたほうがまだマシ、と随分とへこたれた声でマスターが肩を落とす。最低だ、と自分を貶める言葉を吐くので、見かねて先ずは言ってみたまえ、と先を促した。暫く黙ったマスターが、漸く顔をあげてこちらを見据える。
「あのね、私、みんなとゲームをやってたの。丁度数日前から」
「ゲーム?」
「誰かを赤面させたり動揺させたりしたら勝ち、っていうゲーム」
 ……ああ、なるほど。先程からやけに騒がしかった心臓がぴたりと落ち着きを取り戻した。私がよかった、と安堵の息をついたのには気付かなかったらしい。マスターはしょぼくれた子犬の風情を漂わせたまま言葉を続ける。
「すごく広まってたから、みんな知ってると思ってて」
「初歩的な連絡ミスか。……私くらいなら問題ないが、早めに手を打つべきだと思う」
 くらい、って。唇を震わせたマスターの頭を撫でる。落ち着け、という意図を含めたのだが伝わったかどうか。
「自覚させられたことに思うことはないではないが、あの男の戯れを本気だと思うほど自惚れてはいない」
 まあ自分の中を整理するので精一杯で、そこまで思考が回っていなかったというのもあるが。
「いやでも、槍ニキも知らなかったのかも!」
「その可能性が低いのはわかっているだろう。タイミングを考えてもそうだし、あの男の交遊関係は広いのだし。……そも、この状況で期待を持たせるほうが残酷なのではないかね」
 一般的に言うならば。悲しそうに顔を歪めたマスターがすがるようにこちらの服を掴む。
「だって、エミヤはなかったことにするでしょ」
「どうせそのうち腐って終わりだったさ。君たちが弔ってくれるなら余程いい終わりだろう」
「だから、何で諦めちゃう、」
 お、いたな。割り込むのは当事者だが、この場には最も相応しくない声だ。
「クー・フーリンさん!」
「なんだ、マスターとマシュもいたのか」
「何でここにいるの?」
「ダ・ヴィンチちゃんに聞いた」
 ダ・ヴィンチちゃんめ、とマスターが呻く。仕返しか、ただ単に面白くなりそうだと踏んだだけかもしれない。
「いやでもまって、ワンチャンある」
 無駄な足掻きだとわかっているが、それでマスターの気がすむのならと口をつぐんだ。目の前で断罪される気分だが、マスターはそこには思い至っていなさそうだ。マシュの心配そうな視線には問題ないという意図を込めて微笑んで見せた。
「ねえ、槍ニキ、最近エミヤにアプローチかけてるらしいじゃん」
「おう、そうだな」
 認めおった、と何故かマスターが戦く。気を取り直すように頭を振って、ランサーの顔をじっと見上げた。
「……あのさ、最近のブームがその理由だったり、する?」
「おう、乗ったぜ。景品がでかいしな」
 あっけらかんとランサーが肯定して、崩れ落ちたマスターの隣でマシュがおろおろとその背中に手を当てる。
 ちらりと過った何かには目を瞑った。
「私はようやく不可解な状況に説明がついて納得がいったぞ、マスター」
 エミヤ、と震える声でこちらを呼ぶマスターに、念のため釘を指しておく。
「今の、みっともない話は伏せておいてくれ。ランサー、君も――もうネタは割れたからあのお遊びはやめにしたまえ」
 これ以上ここにいてもマスターの落ち込みが酷くなるだけだろうと、それだけ告げて背を翻す。さらにいうなら、うっかりお遊びに動揺していたなどとばれでもしたら、恥にも程がある。
「おいこら待て、」
 こちらを呼ぶ声は途中で止まったから、おそらくマスターが止めてくれたのだろう。


 がし、とひらひらしているところがなくて掴みづらい槍ニキの腕を掴んでエミヤを追いかけられないように止める。さすがに、それくらいの気遣いは私にも出来る。いや全ての元凶は私なんだけど!
「おいマスター、また逃げられるだろ」
「だーめーでーす。自己嫌悪で死にそうだけど、これ以上被害を広める訳にはいきません。槍ニキには訂正の旅にお付き合いいただきます」
 槍ニキはただ乗っかったたけだけど、知らないうちに傷付けたわけだから、それくらいは手伝ってもらおう。
「あの、私もお止めしなかったので、責任は一緒です」
 優しいマシュの言葉が痛い。そういえばキャスニキには止められたんだっけ。ああ、あのとき真面目に考えておけばよかった。
 なあ、と槍ニキが首を捻る。
「さっきから何の話だ?」
 はて、とこちらも同じように首を捻る。
「いやだから赤面チャレンジの」
「なんだそりゃ」
「へ?槍ニキだってそれに乗っかったんでしょ?」
「乗っかりはしたが、それは知らん」
「んんん?知らないのに乗っかるって、どういうこと?」
 噛み合わない会話に待って待って、と制止する。何やらおかしな方向に転がりはじめた話に、眉間に皺を寄せた。私の優秀な後輩がおずおずと手を上げる。
「クー・フーリンさんのおっしゃる乗っかった、とは何にでしょうか?」
「アーチャーを口説くやつ。こっちは長いこと目をつけてたってのに、横からかっさらわれたら最悪だろ」
 あいつ意外と流されやすいからなあ、と仕方ないと言わんばかりの言葉に、ああわかるかも、と頷いて、はたと我に返る。
 何かすごいことを言っていないか、このひとは。
「本気じゃねえのも多かったが、あわよくば、もそれなりに居たしな」
「……ごめんかなり混乱してるんだけど、槍ニキは本気で口説きに掛かってたってこと?」
「他に何があるって?」
「やばい、まじでよくわかんなくなってきた。マシュ、ちょっとこれどういうこと?」
 生真面目な後輩は考えをまとめるように一呼吸置いて、口を開いた。
「ええと――つまり、私たちは赤面チャレンジという遊びで赤面させる手段としてアプローチしていたわけですが、ランサーさんはそれを知らず、意中の相手、エミヤさんですね、を奪われるのではないかという焦りから真面目に口説き落としにかかっていたということ、でしょうか」
「そうだな。なるほど、いきなり何かと思ったらそんな遊びしてやがったのか」
「待って待って、だってさっき景品って!」
 ああ、あいつ自身のつもりで言った。あっけらかんと答える声に言葉を失う。
「え、なに、つまり――槍ニキも知らなかったの?」
「最近、朝から晩までレイシフトに引っ張り回してたのはお前さんだろうよ。そのあとは叔父貴たちの宴会に引っ張りこまれてたしなあ」
 ああなるほど。あの辺りはゲームを免罪符にやらかしそうだったから、伝えていない。
「ごめん、念のため確認させて」
 最早答えは出ているけれど、これでやっぱり間違いでしたとなるわけには行かないので、姿勢を正して問いかける。
「エミヤのこと、好きなの?」
「おう」
 頷くリアクションは軽いけれども、ここで嘘をつくようなひとでないことはよく知っている。
「うわあ」
 本当に両片想いじゃないかこれ!どうにも言葉にし難い感情に、同じ事を思ったらしく、軽く頬を上気させたマシュと顔を見合わせた。言ってしまいたいけど、さすがにそれはルール違反だろう。むにむにと唇を動かしているうちに、槍ニキがこちらを呼んだ。
「なあ、マスター。あいつはそのゲームとやらを今知ったんだな?」
「そう」
「それで、マスターは俺がそのゲームに乗ったと思って今まで死ぬほど後悔していた、と」
「はい」
「俺のアプローチが嘘だと思って、マスターが罪悪感を抱く理由があるってことだよな」
 ランサーはにんまりと笑顔なんだか威嚇なんだかよく分からない凄みのある表情を浮かべた。
「あいつ、漸く自覚したな?」
 うわあ。
「ええと。エミヤが兄貴を好きなのは確信してらっしゃる?」
「自覚がねえってのは、隠せないのと同義だぜ。あの野郎が隠そうとしたならわからなかったかも知れんが」
 向けられる好意には慣れてるんだ、と肩を竦める姿には普段の気のいい兄貴分ではなく、大英霊たる偉容が覗く。槍ニキはこれで一つ目のハードルはクリアだなと上機嫌で頷いた。
「よしじゃあ追いかけるか」
 あれ、やっぱり私はエミヤに謝らないといけないのでは。
 じゃあな、と好きな相手に告白に行くというよりは獲物を狩る意気込みを漂わせて去っていく背中をいまいち状況が掴めないまま見送って、そこに思い至る。なんだか寝た子を起こしてしまったような。
 っていうか、やっぱあのひと少女漫画には向いてないと思う、物騒すぎるし!そこまで考えて、ふと気づいてしまった。
「ねえ、マシュ」
 何でしょうか、と神妙な顔で聞いてくれるマシュにこちらも非常に神妙な心持ちで告げる。
「結局クー・フーリンはクー・フーリンなんだね」
 だって、動機がオルタニキと全く一緒だ。要するに、自分の獲物に手を出されるのが嫌とかそういうことだろう。歪みがなさすぎるなクー・フーリンズ。しかも実質的には同じ獲物だ、そんでもってどっちも攻略難易度が高そうだ。ほぼチェックメイトが決まったこの状況で、それでも何故か簡単に行く気がしない。しばらく揉めるんだろうなあ、と遠い目になりつつ、結局この自体を引き起こしたのは自分でもあるので、おとなしく見守るしかなさそうだった。

Comments

  • わんわんお
    June 6, 2024
  • iemon
    November 9, 2019
  • ツキ影
    January 3, 2019
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