ベネズエラを事実上のデフォルトに追い込んだ「ポピュリズム」の恐怖

日本はそこから何を学ぶ?

一説には今年のインフレ率が1000万パーセントと言われる、南米の国ベネズエラ。日本人には想像もつかないハイパーインフレで苦しむ同国は、一体どこでつまずいたのか?
米国の投資運用会社で働いた経験があり、『マネーの代理人たち』の著書もある小出・フィッシャー・美奈氏が、「中南米の優等生」の転落の軌跡を追う。

「1000万パーセント?」のハイパーインフレ

長年のデフレ体質が抜けない日本では、安倍政権が7年目に入っても、なかなか目標の2%のインフレは見えてこない。昨年12月の消費者物価指数の伸びは0.7%。四半期決算でも、ユニーを子会社化したパン・パシフィック・ホールディングズ(旧ドンキホーテ)や自社株買いを発表した牛丼「すき家」のゼンショーなどの「デフレ銘柄」は堅調だ。

そんな日本では「ハイパー・インフレ(国際会計基準で3年間で累積100%以上の物価上昇を指す)」と言われても今一つピントこないのだが、南米ベネズエラでは今年1月のインフレ率が268万パーセントに上ったと議会が発表した。また国際通貨基金(IMF)は、ベネズエラの今年のインフレ率を「1000万パーセント」と推定している。そう、見間違いではない。1年で物価が「10万倍」になると見ているのだ。

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1年で1000万%というのは、期間中の単純平均で1時間で1140%物価が上がる計算になる。喫茶店に入ってちょっと休憩している間に、コーヒーの値段が何倍にもなっているというのが冗談ではなくなる。いや、外貨を持っていなければ、お茶などするゆとりはないだろう。

この凄まじいIMFのインフレ推定値については、そもそもインフレ予測など不可能であり数字に意味はないとする専門家の意見や、現政権を倒したい米国寄りの政治的な意図があるとして批判する向きもある。当のベネズエラ政府は、2015年から経済指標の開示をやめてしまっている。

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しかし、IMFを批判して、バスケット方式(一定の消費財やサービスを組み合わせ、その全体的な価格変動を追う方法)を使う代わりに為替とPPP(購買力平価=同じ財は世界のどこでも同じ価格になり、為替レートは二国間のインフレ率の比で決まるという考え方)を使ってインフレ率を逆算した学者の推定でも、昨年12月のインフレは年率8万%だったとされている。注文するコーヒーが毎朝9%づつ値上がりするわけだから、これでも十分に異常なインフレだ。

ブルーンバーグは、首都カラカスのコーヒーショップの1杯のコーヒーの値段を追った「カフェ・コン・レチェ」指数というのをほんとに作ってしまった。それは今、37万%のインフレ率を示している。

国連の高等難民弁務官事務所(UNHCR)の発表では、周辺国にすでに人口の1割に相当する300万人を超すベネズエラ人が事実上の難民として流出している。国のシステムが破綻して機能不全に陥っていることは、何よりもそれが雄弁に物語っているだろう。

「中南米の優等生」から破綻国への転落

ラテンの国が大好きな筆者は、いつかコナン・ドイルの冒険小説で名高いカナイマ国立公園に行きたいと思っている。地の果てのような断崖絶壁から1キロ近くもの落差で打ちつける滝「エンジェルフォール」を見てみたいのだ。

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しかし、今のベネズエラは殺人発生率世界一だ。暴動に汚職、凶悪犯罪が多発する。個人で気ままに旅行するには危険すぎる国となってしまった。

昨年、マドゥロ大統領が対立候補を排除して強行した選挙で再選されたが、野党が再選挙を要求。グアイド国民議会議長が自ら暫定大統領就任を宣言したことで国際社会の対応が割れ、内戦が起こるのではと懸念されるなど、混沌とした情勢が続いている。

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ベネズエラは世界一原油リッチな国だ。オリノコ川流域に豊富に存在するタール状の「超重質油」が技術進化で石油資源として利用できるようになり、これがカウントされたことで原油埋蔵量がサウジアラビアを抜いたのだ。

資源大国として潤っていたため都市のインフラも整備され、他の中南米諸国と比べれば政治も安定して中産階級も育っていた。かつては「中南米の優等生」だったのである。

では何故この資源大国で、食料や生活必需品や薬が慢性的に不足して栄養失調や飢餓まで報告される深刻な危機が進行しているのか。

あまり日本では報道されないが、ベネズエラの事例は誤ったポピュリスト政策がいかに一国のシステムを比較的短い間に破綻させ得るか、という教訓に満ちている。ベネズエラの貧困世帯は2013年から2015年までのたった2年間で人口の3割から7割に膨れ上がり、それが今では9割だというカラカスの大学による試算もある。

特に悲劇なのは、社会格差の是正を期待した民衆の大歓声を浴びて迎えられた政権が、極端なナショナリズムや排他主義、短視眼的なバラマキなど問題解決には程遠い政策で、大多数の国民―とりわけ支持基盤の貧困層―をより深い貧困と不幸に突き落としてしまったことだ。

ポピュリスト政権が行ったこと

ベネズエラの外貨収入の95%近くを稼ぐのは原油。いわば、ベネズエラの「めしのタネ」だ。原油は70年代から国有化されているが、以前は国営ベネズエラ石(PDVSA)は政治的には中立で、自立した経営が認められていた。優秀な人材も多かったと言われる。

ベネズエラ西のマラカイボ地域の油田は良質だが、古くて生産量は先細り。一方オリノコ川流域には巨大な原油が埋蔵されているが、超重質油の比重が高くて、そのままでは国際市場で競争できない。そこで90年代に積極的に外資が導入され、最新技術で超重質油をアップグレードしたり新規の油田を探鉱・開発するプロジェクトが進められた。

いわばリスクの高い投資プロジェクトを外資に負わせる形で国家資源の開発を図ったわけである。この結果、2000年代の始めにはベネズエラの原油生産量の3分の1が外資となっていた。

そこに、「外国石油資本と結びついて特権を得る富裕層と対決する」という分かりやすい階級闘争に訴えて1998年に当選したのが、故ウゴ・チャベス前大統領だった。中南米ではスペイン植民地時代の負の遺産で歴史的に社会不平等が大きく、多数を占める貧困層を中心にポピュリズムが浸透しやすい構図がある。チャベス氏自身は中産階級の出身だったが、元軍人でカリスマもあり、貧困層から圧倒的な支持を得た。

前チャベス大統領/Photo by GettyImages

反対勢力による激しいゼネストを封じ込み、2万人近い従業員を親チャベス派に総入れ替えするなどして2003年までにはPDVSAを完全掌握。原油利益の大半を「ミシオン(使命)」と呼ばれる貧困者対策などの社会事業の原資として吐き出させることに成功する。

さらに外資メジャーとやっていた事業については、国営公社が6割以上の権益を持つよう2006年から再交渉を義務付け、エクソンモービルやコノコ・フィリップス、フランスのトタール、イタリアのエニなどの資産を事実上接収した。

その結果、何が起きたかーー。

貧困層の救済や社会的な不公平を是正するという目的自体は、本来正しかったはずだ。しかし、チャベス政権の政策は、国家の「めしのタネ」、国家戦略上極めて重要な原油産業を、金のガチョウを殺してしまうように自らの手で潰してしまったのだ。

PDVSAの利益の多くが社会事業に回され、既存油田のメンテナンスや新規油田開発の為の投資は原油収入のわずか0.1%まで削減された。またそれまでは外資メジャーが肩代わりしていた油田開発や重質油のアップグレード技術への投資も国営化によって止まってしまった(後に、ロシアや中国からの投資を受け入れ)。

先述の通りベネズエラの原油は古い油田や重質油が中心だから、メンテや新規投資を怠ったらどんどん国際競争力をなくしてしまう。案の定、ベネズエラの原油生産量は目に見えて低下し、コストが高い超重質油の比率が上昇した。

近年石油業界の経験のない軍人がPDVSA総裁と石油相に就任したが、組織混乱による人材不足も加わり、現在の日量100万バレルはピークの3分の1でしかない。

当然、外貨収入もどんどん目減りしていった。

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原油価格だけが原因ではない

本格的な危機が始まったのは原油価格が急落した2014年からだから、原因はひとえに石油価格ではないのかという議論もあるが、それだけでは説明できない。

例えばベネズエラには以前、原油価格下落に備えて、価格が高い間に余剰資金を備蓄しておく安定化基金があった。しかしチャベス政権が法改正をして、基金への振り込み義務を無効にしてしまったのだ。

石油収入を基金にして外貨建てで運用し、その運用利益だけを歳入に回しているノルウェーなどと比べれば、財政規律の違いは歴然だ。原油価格が急落した時、バッファーを持ち合わせなかった現マドゥロ政権は、大量の紙幣を刷ってハイパーインフレの負のサイクルに突き進んでいった。

一方、物不足は原油価格下落以前から始まっていた。チャベス政権が食料や日用品の価格統制を始めたためだ。これも元々は貧困層の救済策であったはずというところが悲しいのだが、結果としては採算割れの事業を強いられた業者が次々に製造や販売から撤退し、食料や商品が商品棚から消えてしまったのだ。

さらに原油価格が急落してからは、政府がデフォルトを防ぐことを優先して民間セクターの輸入を大幅に制限したため、生活必需品不足が一段と深刻化した。

トイレットペーパーや石鹸を買うのに何週間もあちこちの店を探し回って何時間も行列をするのは日常のこと。学校に行くためのバス便や子供に飲ませるミルクや病院での薬やあらゆる備品も不足している。

最近のインフレには賃上げが追いつかず、食料や最低限の生活物資を購入するのも困難になっている。今年1月から最低賃金は月に1万8000ボリバルと以前の3倍に引き上げられたが、一般の人が利用する非公式為替レートでは7ドルにもならない。一方、玉ねぎ1キロの値段は4000ボリバル、洗剤は5000ボリバルはする。

カラカス市の六千人以上を対象にした大学機関の調査では、市民の平均体重が2016年は7キロ、2017年には11キロ減少したという。国連食糧農業機関は、人口の12%に相当する370万人が栄養失調だと発表した。外貨収入や海外に脱出する術のない貧困層を中心に、国民の負担は極めて大きい。

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ハイパーインフレで株を買う「絶望」

ベネズエラ中央銀行のデータでは、外貨準備高は2011年に300億ドルあったのが2019年の1月現在は80億ドル程度しかない。前政権は国民にタダ同然のガソリンを大盤振る舞いしたが、現政権も財政拡大路線を踏襲しており、原油価格が回復しても財政収支の均衡は難しい。

そこにトランプ政権による制裁が加わった。PDVSAは米国に子会社(CITGO)を持っている。ボストンの野球チーム「レッドソックス」のホームグラウンド、フェンウェイパーク近くの看板がよくテレビ中継に映るので有名だが、トランプ政権は1月28日、CITGOの資産凍結に乗り出したのだ。

これで更に年間110億ドルの輸出収入が減る見込みだ。

すでにベネズエラは、事実上デフォルトしている。PDVSAはCITGOを除き、債務の利払いを2017年から停止しているからだ。主要格付け機関も、ベネズエラ国債やPDVSA債権をすでにデフォルトとして扱っている。

さて、経済破綻のベネズエラにも株式市場がある。この状況下で株の取引が続いていること自体が驚きだが、現金が紙くずになる前になんとか資産防衛をしたいと考える個人や事業主が絶望の中で投資をしているのだ。

カラカス証券取引所指数は昨年、現地通貨ベースで12万7000%という驚異的なリターンを叩き出した。もちろん議会発表の100万%というインフレ率が正しければ、実質資産価値は大きく目減りしたことになる。ドル建てでは94%下落して、世界の株式市場の中で最悪の成績となった。

マイルドなインフレでは現金や債券より株を保有した方が資産防衛になるが、ハイパーインフレでは役に立たないことは、過去の歴史でも明らかだ。

*     *     *

世界的にポピュリズムの潮流が目立つ時代となった。日本で大衆扇動型のポピュリズムがそれほど広がっていないのは、社会にまだコミュニティーとしての一体感が存在しているためかもしれない。高い賃金を得ていなくても仕事に誇りを持って働いている人が日本では多いと思う。

しかし、日本でも格差は拡大しつつある。それを放置すれば、社会に対して疎外感や怒りを感じる人が破壊型のポピュリズムに走るリスクは常にある。そうなる前に歪んだマネーの動きを是正することはできないものだろうか。

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