努力と天性 金メダルの夢につながる 羽生結弦さんを小学時代から5年半指導<氷上の伴走者 ゆづを育てた阿部奈々美さん・上>
宮城フィギュアスケートクラブ代表の阿部奈々美さん(53)=仙台市=は、後に冬季五輪2連覇を果たすプロスケーター羽生結弦さん(31)=同市出身=を育てた。約20年前の小学時代から5年半を共に歩み、子育てをしながら世界を目指した。激動の日々を振り返る今、何を思うのか。宮城のフィギュア界を支えてきた足跡をたどった。(北村早智里)
大人っぽく
ゆづ(羽生さん)を教え始めたのは、2006年の秋でした。師匠の長久保裕先生からクラブを引き継ぎ、自分がメインのコーチになって2年目。彼が小学6年で全日本ノービス選手権男子A3位になり、その直後に移籍してきました。
07年4月にあったジュニアの国際大会、ムラドストトロフィー(クロアチア)に向けて作った「シング・シング・シング」が、初めての振り付けです。昔からフットワーク練習で使われる楽曲の一つ。彼はいつものりのりで表現していて、好きなのが伝わっていたことが選曲の理由でした。
ブロードウェーミュージカル「FOSSE(フォッシー)」に、大勢のダンサーがこの曲に乗せて踊る演目があります。それを参考にしました。この小っちゃくて細い少年を、どうやって大人の男っぽく、ある意味ではかわいらしく表現できるかと考えました。
シャツはピンクにしてもらい、「これから夜の街に出かけるよ」という感じでキュッとネクタイを締める振りを入れたのを覚えています。大会は優勝でした。…
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