個展における演奏家の振る舞いについて
2026年6月12日(金)に上演された、灰街令の作曲作品展『形式の経験/経験の形式』に出演した人間の、いち視点を、できるだけ忘れぬうちに記録してしておくために。
作曲家の「個展」というものに、はじめて演奏者として立った。いわゆる現代音楽とか、新作初演とか呼ばれる場にはそれなりに立ってきたつもりだけれど、ひとりの作曲家による個展は未知だった。ただ、個展の場において、わたしの演奏はどうでもよく、「灰街令の音楽をおこなうにはどうすればよいか」を考えていた。それはきわめて、クラシック音楽的な態度だったが、もちろん、灰街さんの音楽は「クラシック音楽」ではない。
灰街令という作曲家に、さまざまな思いや視点を寄せた、さまざまな人がやってくる/視聴する。そこで語られることは「灰街令」あるいは彼女の作品について、なのだが、彼ら彼女らが語るには、どうしたって演奏者というフィルターがある。もうすでに死んでしまって額縁におさめられた作曲家については、たとえわたしがどんな演奏をしたところで、その人たちの評価も地位も揺らがないだろう。けれども「灰街令」はおそらく揺らいでいて(だから生きている)、その揺らぎは演奏者によってある程度のベクトルを与えられてしまう。
いま、ここにあるべきは灰街令とその音楽であり、演奏者であるわたしではない。コンサートやリサイタルとはまるで違う、個展は、それ自体が文字通り作曲家と観客にとっての作品であり、演出であり、音楽であり、だから灰街令の個展において、わたしはクラシック音楽の場よりずっと「透明」であろうとしたが、たいへんに難しいことだった。演奏において、という意味ではない(それははっきりと、自信を持って言える)。この場においてどうあるべきか、──つまり「振る舞い」と「身体」において、わたしもまた揺らいでいた。
灰街さんは、わたしがどういうヴァイオリニストであるか、ある程度は知っている。個展のステートメントにおいてもわたしのことを"信頼する音楽家であり友人である"と書いてくれているし、わたしの演奏、わたしが肉をヴァイオリニストに育てるさまを見たこともあるし、リハーサルや仕事以外の、個人的な交流もたびたびある。それを踏まえた上で、「灰街令の個展」のいち出演者として、わたしはどう振る舞うべきなのだろう?
たとえば『Palimpsest and Coda for 1001』を弾く。『Geoguessr Killertomatoes MetaphysicalClub』を弾く。それ自体は、正直、そんなに難しいことじゃない。灰街さんの譜面は"譜面作曲の技術の欠如"という評価から甚だ遠いところにあり、そこに記述されている音は明瞭で、クラシック音楽的な演奏技術をある程度身につけている人なら、苦労させられることはほぼないはずである。スイッチを一度入れてしまえば、勝手に身体が動いてくれる。
そうじゃない。一万字を超えるA3用紙4ページ分の"上演"と並行しながら、灰街令の音楽を全身で息を止めて引き受けようとする人々に対して、わたしは、どのようなヴァイオリニストであるべきか。自分の名前を冠する公演だったら、好きに振る舞えば良い。しかしここで行われるべきは灰街令の音楽だ。
リハーサルのときから、灰街さんには「曲の入れ替え時にお辞儀をしないでほしい」「休憩中になにか適当に、バッハとかテレマンとか、そういうものを弾いてほしい」というディレクションがあった。灰街さんは、事前にわたしたちを振り付けていた。それは彼女の音楽と個展にとてもふさわしいとおもった。わたしは、"おしゃべりを続けて!"のあいだ、とても必死に、この1週間でもっともまじめにバッハを練習した。
わたしは両国門天ホールの照明のなか/あるいはだれかのスマートフォンやパソコンやモニターのなかにあったが、それがわたしである必要はなかった。
ヴァイオリニストが無伴奏曲を弾くこと。ヴァイオリニストとピアニストがデュオを弾くこと。それらと、灰街令の音楽をおこなうことは、明確に違った。それはとても、心地のよいものだった。
あくまで観測できる範囲の、終演後の歓談と、SNSというタイムライン上の話だが、いま、灰街さんの個展について語る人たちは、みな、彼女の「音楽」について語っているように見えるので、ほっとしている。
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