【やりとりの要約】 サカナクションのFC制度について投稿したところ、多くの反応をいただいた。最初の投稿はかなり強い言葉を使ったため、その表現への反応も多かったが、会話を重ねる中で論点は少しずつ整理されていったように思う。 共感する人たちから多く挙がったのは、ログイン、動画視聴、パズル、ポイント、ステータス制度など、音楽を聴くこととは直接関係のない行動が「ファンとしての熱量」として可視化されることへの違和感だった。 「音楽は好きだけどそこまではやらない」「大人にはなかなか難しい」「ライブへ行きたい気持ちとパズルを解くことが結びつかない」といった声があり、制度そのものを初めて知って驚いたという人も少なくなかった。 一方で反論も多く、「嫌ならやらなければいい」「深海じゃなくても当選する」「自分のペースで楽しめばいい」「熱心な人が優遇されるのは当然」という意見もあった。 また、「転売対策として合理的」「多名義対策になる」「実際に制度は何度も見直されている」といった意見もあり、この仕組みを肯定的に評価する人もいた。 この辺りは自分も理解できる部分がある。完全平等な抽選には別の問題があり、継続的に応援している会員へ何らかの優遇を与えること自体は合理的な発想だからだ。 ただ、自分が興味を持ったのは当落や個人の参加姿勢ではなく、もう少し構造的な部分だった。 現代のファンクラブは単なる会費モデルではなく、継続ログイン、コンテンツ消費、ポイント獲得、称号獲得といったゲーム的な要素を取り込みながら運営されるようになっている。 その結果、「音楽が好き」という感情が、行動量や参加率として数値化される。 すると、音楽への愛情そのものよりも、制度へ継続的に参加できる人の方が有利になる場面が生まれる。 自分の違和感はそこにあった。 もちろんこれはサカナクション固有の話ではない。むしろ近年の推し活やファンダム全般に見られる傾向だと思う。 また興味深かったのは、一部の反応では制度の話から離れて、「山口一郎氏の闘病経験をそんなふうに語るな」「サカナクションを好きでもないのに語るな」という方向へ議論が移動したことだった。 これは少数派ではあったが、制度設計への批評がアーティスト本人への攻撃として受け取られるケースがあることを示していた。 逆に言えば、アーティスト、作品、コミュニティ、制度設計が強く結びついているからこそ起きる反応なのだろう。 結果として今回の議論は、「サカナクションのFC制度は良いか悪いか」という単純な話ではなく、 * 音楽とファンダムの関係 * 推し活のゲーム化 * 熱量の数値化と序列化 * 転売対策と公平性 * アーティストとコミュニティの距離 といった複数の論点が重なったものだったように思う。 少なくとも、自分が受け取った反応を見る限り、この話はサカナクションだけの問題ではなく、現代のファンダムや推し活経済全体を考える上で興味深い題材だった。