〈しかし、ブッダは苦を、そして人間存在を実体としてはとらえなかった。形体・感受・表象・意欲・認識という身心の諸要素に実体はない。もし形体あるものに不変不滅の実体があるならば、身体が病気になることはないであろう。私の身体はこうあってほしい、こうあってほしくない、といえるであろう。
しかし形体あるものには実体がないから、身体は病気になるのだし、意のままにすることもできないのである。感受も表象も意欲も認識も同じである。これら五要素は永久に存続せず、常に移り変わるものであり、したがって苦である。永続せず、移り変わり、苦であるものを、これは私だ、私のものだ、私の実体だ、ということはできない。
こうして、五つの要素、つまり、あらゆるものは無常であり、苦であり、実体(自我)のないものである、と教える。
苦は、いいかえれば、あらゆるものは、実体としてどこかからやってきたのでもないし、どこかへ去ってゆくわけでもない。それは、原因・条件の集まりによって生じ、原因・条件が欠ければ滅する。そして、その苦の滅こそが絶対の平安である。
苦の原因とは欲望と無知である。欲望と無知を滅すれば絶対の安らぎがある。絶対の安らぎにいたる道は、正しく見ること・正しく考えること・正しい言葉を用いること・正しく行動すること・正しく生活すること・正しく努力すること・正しく留意すること・正しく瞑想することの八つ(八正道)である。〉
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さらに【つづき】「「仏教とキリスト教」には、なぜ「似た伝説」が存在するのか? 一人の学者が提出した「驚きの視点」」の記事では、仏教とキリスト教の類似点について解説しています。