失恋にともなう突発的精神発作の移行観察

 

〈セラピー・方法〉

 

家族の協力のもと被験者の自室に2日間盗聴器を設置。家族の同意のもと、家族の悩みのタネである突発的に発語する深夜の独り言を記録。専門の医師に開示。医師はその録音を考察材料として被験者の心理状態を省察。後日被験者とのカウンセリングにフィードバックさせる。

 

 

〈セラピー・1日目〉


2:14

被験者の眠るベッドが被験者の拳で殴打される音。(おそらく掛け布団を被ったのだろう)くぐもった奇声がきこえる。10分ほどの沈黙のあとで喋りはじめる。

 


〈被験者の独り言〉

「ヘンリーダーガーの名前出す人って大抵なんか自分で創作活動をやってて、多作で見えやすいプラットに置かれてるんだけどほとんど見られもしてなくて、自分と周りに対する評価のあまりのかけ離れに対する不満が垣間見えて痛々しいですよね」

「ヘンリーダーガーのこと詳しく知らんけど一般に流布されてる人物像って、それと逆のことやってたって話なのにね。うふ、ぐふふふふ」

「ヘンリーダーガーの名前がこうまで人口に膾炙したのもスマホ(巣魔褒あるいは巣阿呆)で気軽に表現活動ができた市井の自称芸術家が増えたからかもね、いやあ労働者階級が文化活動をしたとて、かれらたちが人生で一番聴いた音楽、読んだ書物なんてバイト先の店内BGMか社長が書いた訓戒とかに過ぎないんですから。ボンボンの文化的エリートには敵いませんよ」

「うっふふふふいらんてそんな数。芸術(笑)多様なあり方など幻想である!よそ見をするな!」

「ゲイ術。人類総トランスフォーム欲注入機械」

「自分の人生がつまらなくなったのって明らかにスマホ持ち始めた高校生の時からなんでスマホ捨てたいんですけど、ぼくだけが捨てても意味ないんすよね、全員やめてほしいんですよスマホ。だからもうこれは政治をやるしかねえなと」

「あなたの人生がつまらなくなったことについて詳しく?」

「いやあ他人の思考が人体を介せずに伝わってくるじゃないですか。こちらの解釈なんですけどね。ああわりとこの人くだらねえんだなとか。弱味とか苦労せずに知れるんですよ、いやあこれも解釈なんですよね。こんな解釈ばっかしてる自分性格悪すぎない(?)馬鹿にしてるけどあの人なんか一応バンド組んでこんな下品な宣伝なんかしてるけど俺よりかは人生をどうにかしようとしてるし、一番くだらねえの自分なんじゃないの?だからもう関わりたくなくなるんですよね、この私とも関わりたくなくなるんですよ」

「落ち着いてください、政治活動については?」

「はい。私の友人に、詳しいことはまだ言えないんですが、とても優秀なAIエンジニアがいます。彼、でもなく彼女とも呼ばれることを嫌がるその人が全人類の思考盗聴機械を作り上げ次第、党を作ります。名前は……仮の段階ですが国民始源社会主義世界労働者党。まず全員スマホを捨ててもらいます。インターネットを廃絶します。接続したら死にます。インターネット空間に電流を流しておくんです。党首の私だけが全員の思考を盗聴するスマホを持ち、新たなネット空間が現れないよう監視します。みなさんはスマホが無くなったことによってできあがった膨大な時間。何をすればよいか?まず働いてください、ぐちゃぐちゃになり断絶された各々の時間を均質化し、統合してください。その中で本来の自然的な人間同士の育み…原始的な…祭りを毎日行うことで素直なこころで笑い泣き、自然なエネルギーの発露としてGDPも自然とあがるでしょう。私は党の運営として全人類の思考を盗聴しなくてはなりません。スマホを一日中触り続けて、ああ自分だけが不幸だと気づいて!阿呆やおれ、自殺しますねこれは!」

「あっはっは」

「ひっひっひ」

「へっへっへ」

「ふっふっふ」

 

笑い声がやみ、しだいにすすり泣く声が聞こえる。


3:56ごろ

就寝

 

 

〈セラピー・2日目〉

 

3:48

「それはひどい!やめろ!」という大声と共に被験者がベッドから起き上がる音。(なにか悪い夢でも見ていたのだろうか?)しばらくの沈黙の後、被験者の息が荒くなる。かすかに女性の高い声。「あっあっあっあっイッイッイッイグイグイグイグイグイグイグイくぅうううう」と聞こえる。

ドッ!………ドッ!……という大きく2回ベットが軋む音。

しばらくの沈黙のあと、被験者がベッドを殴打する音。壁に何かが投げつけられる音。「あああもうダメだ!死にたい!」という声と共に(おそらく掛け布団をかぶり)、くぐもった奇声がきこえる。1時間ほど沈黙のあと、喋り始める。

 

 

 

〈被験者の独り言〉

 

(ぼく)

Eと別れた、という言い方をすればわかりやすいが、あんまぼくの側からすれば「別れた」という意識はねえんだよな。ぼくがEのことを本当に好いているのかEは不安になり、その不安に消耗することが疲れたのだという。そして関係は終わりにしますという言葉が送られてきた時、魔法使いが指パッチンして、「はい、終わり」みたいなナルティシズムが伝わってきてぼくは呆れた。ぼくは度々、感情が暴走しウゴーーっとなる頂点でSNSを突然消すなどして友人、知り合い、その他の関係を断ってきたが、その幼稚性に対する呆れ、その人物に対する評価の下落、呆れを伴う怒り、寂しさ、一時期その人と過ごしてきた時に交わした物事に向ける虚無感、などなどをEのようにおれは!おれは各人に与えてきたのだと思うと羞恥の気持ちがやってくる。これが共感羞恥というものか。この共感がEとぼくとを繋げていたのだと思うと何となく頷ける気がする。

まああまりどうでもよい、とは思ってなくて押し寄せてくる欠落感にそれなりに焦っている。

(おれ)

おれはEと付き合っているという安心感、おれを好いてくれる人がいるという安心感を世間的にみればかなり、いや幾分おおかた終わってるおれの生活を客観的に見た時に猛烈に死にたくなる精神の揺らぎに対する防波堤としてしばらく読書に勤しんでいたかった。それと、しばらくEだけに注いでいた社交を他の無沙汰してた友人たちへ広げていこうと思った矢先にEは不安を口にし出した。おれは人と会う時はコンディションを整えていくが、なにせ人には週一くらいのペースでしか会う気力がないのでEと会う日は隔週などになっていく。そして、Eのために再会したLINEであるが、おれは他者にあてる気力をEにあてる分が減り、返信も雑になっていった。Eからもう会わないと告げられた矢先に目出たく半年ほどの就職活動の末、ファミマのバイトに採用された。いま、LINEのともだちは母、妹、そして店長。E。早くもLINEを消したくなっているけれど、まあファミマのバイトは続けていきたいので我慢をしよう。目下の悩みは性欲である。セックス……。おれはもっとカジュアルにやりたい時にやり、そこに情緒的な関係は立ち入らない日常の衣食住の位に当然と立脚するセックス、不特定多数との関係をもっと開拓するべきだったとおもう。ああ清純な恋愛の観念に憧れ、セックスをやたら汚れたものとして見下すことでウロボロス化した猿の如く自爆的に性欲を破裂させてた青春の理想はどこへやら……睾丸を破裂させれば性欲は消えるのだろうか。なぜにアダムは肋骨からイヴを誕生させたのだろうか。余計なことを!肋骨を大切にせよ!

(ぼく)

死にたい

(おれ)

嘘つけ!

(ぼく)

おまえの方が嘘つきに感じるがね

(おれ)

自殺したい

(ぼく)

自殺しても、一番ダメな自分がおまえと関係のあった人々の余生の記憶に残り、かれらが死ぬまで好きなように忘却とごくまれな想起の中でアスタリスクのような扱いをされ笑われるぜ

(おれ)

消失してえなあ

 


※一日目の観察で医師が着目したのは被験者が複数の声色を用い、使い分けて、あたかも誰かがいるように一人で発語していた点である。医師はまた、被験者が自分のことを指す場合の呼称を変えることに気づいた。

(ぼく)(おれ)については、声色が変化した折に発語内容の整理として医師の感覚でつけたものである。


5:56ごろ

就寝

 

 

〈セラピー・3日目〉

(盗聴器の取り忘れにより予定外で3日分の独り言が録音された。家族の同意の上この3日目の記録も医師への判断材料として提供された)

 


〈被験者の独り言〉


怖気づく癖がこびりつき慢性的な不感症である。あの時に戻ることはできてももうそっくりその通りに再現されることはない。いつでも不完全でいることは自分の特質であったが、いまや自分のとりまいている現実の方がそれに変わり、それこそが完全なる現実なのだと去勢的思考がすっかり頭に馴染んでしまったぼくは現実においても想像上においてもモーレツな恋愛をすることは能わなくなったようだ。

 

紙をぺらぺらめくる音。時折、「ぐふふ」というような押し殺した笑い声がきこえる。

 

2:35ごろ

突然、被験者の叫び声。その声に被験者の家族が目を覚ましたようで、「もうやめて!どうしたの!なにかあったんだったら言ってよ!お母さんもう明日も仕事があるし寝ないとぶっ倒れちゃうよ!」とドア越しからの声。

被験者は鎮まり、その後すすり泣く声が聞こえる。

しばらくの沈黙のあと、ノックの音。「大丈夫?死んだらとか考えないでね」と被験者の家族の声。

沈黙。時折、くぐもったブーブーという音が聞こえる。(おそらく布団に口を当てて、何やら喋っているようだが聞き取り不可)


3:23ごろ

就寝

 

 

〈医師からのコメント〉


元気はあるようです。まだまだ回復には時間がかかりそうですが、彼は気が急いていて今!今!今!となっている。おそらくそれが彼の混乱を加速度的に増長させ回復にかかる時間をかえって長引かせていると思われます。

 


※被験者の発語内容は、書き言葉に起こすと過度に説明的であり、例えば〈セラピー・1日目〉の項で、「スマホ」を被験者独自の同音漢字を組み合わせる箇所。録音に忠実に書き起こせば、「す、は鳥の巣のす、で、ま、は魔法使いのまで、ほは、毀誉褒貶のほうで…」とそれだけで読者の注意を削ぐほどに長いものであった。混乱を防ぐため適宜記号を使うなどして省略・整理をしている。

 


※独り言の抜粋は家族の意向により一部のみである。

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