『クロエとテオの時間旅行』Part.8

第八話:嵐の海賊船


船の上の強烈な横揺れと、
顔にたたきつけられるしょっぱい海水。

視界が晴れた瞬間、
クロエの耳をつんざいたのは、
腹の底を震わせるような雷鳴と
大砲の轟音だった。

「うわぁっ!?
何ここ、船の上!?」

土砂降りの雨の中、
クロエとテオが放り出されたのは、
激しい嵐に揉まれる巨大な木造帆船——
黒いドクロの旗を掲げた、
18世紀カリブ海の海賊船の甲板だった。

巨大な波がうねるたびに
船体は大きく傾き、
立っていることすら難しい。

「テオ!
あなたの指定した座標ってここなの!?」

「あぁ!
壊れた時計の部品を代替できる
『星隕鉄(せいいんてつ)』という特殊な鉱石が、
この時代、この船の船長室にあるはずなんだ!」

テオは雨と海水でずぶ濡れになった前髪をかき上げながら叫んだ。

「だがタイミングが最悪だ。

歴史の記録によれば、
この船は今から十分後、
嵐と海軍の砲撃で
海の底へ沈む!」

「十分で沈む船に
わざわざ跳んでくるなんて、
相変わらずスパルタなツアコンね!」

クロエが文句を言おうとしたその時、
甲板の反対側から青白い光の柱が数本、
雷に混じって降り注いだ。

光の中から現れたのは、
もはや腐れ縁となった
あの黒ずくめの侵略者たちだった。

彼らもまた、テオの時計を完全に直させないため、
鉱石を狙って追ってきたのだ。

「ネズミ共め!
ここを貴様らの墓場にしてやる!」

嵐の甲板の上で、
未来の銃器を構えた黒服たちが十人以上、
クロエたちを半包囲するように
にじり寄ってくる。

海賊船の船員たちは
海軍との応戦と、嵐の中の船の操舵で手一杯であり、
甲板の中央は、完全にクロエたちと
侵略者の貸し切り状態となっていた。

「まずいわね……テオ、
あんな数の銃撃、
いくらあなたでも
かわしきれないわよ!」

「わかっている。

だが、鉱石を手に入れるまで
跳躍はできない!」

絶体絶命のピンチ。

しかし、クロエの目は
恐怖にすくむどころか、
嵐の甲板の構造を
瞬時にスキャンし終えていた。

(……ふふっ。
当時の海賊さんたちって、
本当に整理整頓が苦手なのね)

クロエの視線の先。

メインマストの中腹には、
補給したばかりと思われる
大量のラム酒の木樽が、
太い網に入れられて
滑車で吊るされたままになっている。

そしてその滑車を固定しているロープは、
クロエのすぐ横のクリート(留め具)に
雑に巻きつけられていた。

さらに都合のいいことに、
敵の背後には
砲弾を山積みにした木枠が置かれている。

「テオ!
私の背中を五秒だけ守って!」

「何を企んでいるか知らないが……
五秒だけだぞ!」

テオは足元に転がっていた
海賊のカットラス(湾曲した剣)を拾い上げると、
クロエの前に立ち塞がり、
飛んでくる敵の銃撃を鋼の剣身で
「ガキィンッ!」と鮮やかに弾き落とした。

そのすきに、クロエは
足元にあった斧を拾い上げ、
滑車を固定していた太いロープを
一気に叩き斬った。

バツンッ!!

張力を失ったロープが弾け飛び、
上空で吊るされていた数十個のラム酒の木樽が、
敵の頭上めがけて猛烈な勢いで降ってきた。

「な、なんだ!?
上から樽が——」

「うわあああっ!!」

ドゴォォォン!!

大量の樽が甲板に激突して砕け散り、
強烈なアルコールの匂いとともに
敵の陣形を完全に破壊する。

「まだ終わらないわよ!」

さらにクロエは、
船が波で大きく右舷に傾いたタイミングを見計らい、
敵の背後にあった砲弾の木枠のストッパーを蹴り飛ばした。

ゴロゴロゴロゴロ!!!

船の傾きを利用し、
数十個の重たい鉄の砲弾が、
濡れた甲板の斜面を
ボーリングの球のように
猛スピードで転がり落ちていく。

「ひぃっ、足元に砲弾が——!」

ラム酒の樽でパニックになっていた侵略者たちは、
足元をすくうように転がってきた砲弾の群れに
見事なストライクを決められ、次々とすっ転んでいく。

そして船の激しい揺れによって、
甲板を滑りながら、
そのまま海軍の砲撃で空いた船体の穴から
「ドボォン!」「バシャァァン!」と
カリブの荒波の中へ綺麗に落ちていった。

「ストライク!
さすがカリブ海、
アトラクションのクオリティが高いわね!」

クロエが斧を肩に担いで得意げに笑うと、
背中合わせに立つテオが深くため息をついた。

「……君は本当に、俺の寿命を縮める天才だな」

「あら、退屈な人生よりずっとマシでしょ?」

残った数人の敵が、
近接武器に切り替えて襲いかかってくる。

「テオ、右から三人!」

「わかっている!」

二人は背中合わせのまま、
息の合った連携を見せた。

クロエが甲板に落ちていた滑車のロープを
ムチのように振るって敵の足を引っ掛け、
体勢を崩したところを
テオのカットラスが
容赦なく峰打ちにして沈めていく。

「背中合わせ」という陣形は、
互いへの絶対的な信頼がなければ成立しない。

振り返らずとも、
彼が絶対に自分の背後を守ってくれるとわかっているから、
クロエは躊躇なく前だけを見て仕掛けることができる。

テオもまた、
背中から伝わるクロエの体温と気配だけで、
彼女の動きを完全に読み取り、
それに合わせてステップを踏んでいた。

(……この感覚、悪くないわね)

雨と嵐の轟音の中、
背中合わせで戦う二人の間には、
言葉以上の強烈な絆が生まれつつあった。

「片付いたぞ!
クロエ、船長室へ行く!」

「ええ!」

二人は蹴破られた船長室の扉をくぐった。

室内はすでに砲撃で半壊していたが、
傾いた豪華なマホガニーのデスクの上に、
青白く不思議な光を放つ手のひら大の石——
『星隕鉄』が置かれていた。

「あった!
テオ、これね!」

クロエが石を手にした瞬間、
ズドォォォォン!! という
これまでで一番大きな地響きが船を揺らした。

海軍の放った大砲が、
ついに船の喫水線(水面下の船体)に
致命的な大穴を開けたのだ。

ゴゴゴゴ……!

船が、一気に左舷へと傾き始める。

海水が滝のように
船長室へと流れ込んできた。

「沈むぞ! 早く跳躍するんだ!」

テオが懐からひび割れた時計を取り出す。

しかし、船の傾きは予想以上に早く、
クロエは足元をすくわれて
床を滑り落ちそうになった。

「きゃっ!」

「クロエ!!」

テオが間一髪で手を伸ばし、
斜めになった床を滑り落ちていくクロエの腕を
ガシッと掴んだ。

そのまま強引に引き寄せ、
壁際に追い詰められるような形で、
彼女の身体を
自分の胸の中にきつく閉じ込める。

「テオ……っ」

ザバーン! と冷たい海水が足首まで押し寄せてくる中、
テオの腕の力強さと、彼から伝わる圧倒的な熱量が、
クロエの全身を包み込んだ。

「息を止めろ!
この石を時計に押し当てるんだ!」

テオの顔が、鼻先が触れ合うほどの距離にある。

雨と海水で濡れた彼の黒髪から雫が滴り落ち、
クロエの頬を伝った。

極限のサバイバル状態。

大砲の音も、波の音も、
なぜか今は遠く感じられる。

クロエの耳に響くのは、
自分を強く抱きしめるテオの、
力強くて速い鼓動だけだった。

(あぁ……私、またこの音に守られてる)

恐怖はなかった。

彼が手首を掴んでくれている限り、
絶対に大丈夫だという確信があった。

クロエはテオの首に腕を回し、
手にした『星隕鉄』を、
彼の胸元にある壊れた時計へと
強く押し当てた。

「しっかり捕まえてて」

ドクン、ドクン。

死の瀬戸際で高鳴る二人の心臓が、
完璧なリズムで同調する。

星隕鉄が時計のパラドックス・エネルギーと反応し、
これまでで最も眩い、黄金色の時空の光が、二人を包み込んだ。

轟音とともに海賊船が真っ二つに折れて
暗い海底へと沈んでいくコンマ一秒前。

固く抱き合った二人は、
渦巻くカリブの海から、
光の彼方へと鮮やかに抜け出していった。

いいなと思ったら応援しよう!

コメント

コメントするには、 ログイン または 会員登録 をお願いします。
『クロエとテオの時間旅行』Part.8|古井和雄
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1