『クロエとテオの時間旅行』Part.5
第五話:星降る夜の秘密
「見てテオ!
この絹のストール、すっごく滑らか!
さすが本場のシルクロードね!」
果てしなく続く砂漠の真ん中に湧いた、
巨大なオアシス都市。
色とりどりの天幕が立ち並ぶ活気あふれるバザールで、
クロエは鮮やかなターコイズブルーの絹を羽織り、
くるりとターンをして見せた。
「……あぁ、よく似合ってる。
だが、あまり遠くへ行くなよ。
俺はまだ、全力で走れないんだからな」
天幕の陰の絨毯に座り込み、
テオドールが呆れたようにため息をつく。
前回の古代エジプトで受けた左肩の矢傷は、
クロエの手当てのおかげで塞がりつつあったが、
まだ本調子ではない。
いつもなら
「勝手な行動をするな」と怒鳴るところだが、
不機嫌そうな顔の裏に、
クロエが楽しそうにしているのを見守るような
穏やかな色が混ざり始めていた。
「わかってるわよ。
少しは大人しく——」
クロエが言いかけたその時、
バザールの入り口でパニックが起きた。
ラクダのいななきと共に、
砂煙を上げて、黒ずくめの男たちが乱入してきたのだ。
手には時代錯誤な未来の銃器。
またしても、あの侵略者たちだ。
『あの隊商の積荷だ!
アーティファクトを奪え!』
男たちが絨毯や壺を蹴散らしながら、
一直線にバザールの中心へと迫ってくる。
「もーっ!
なんであいつらは、
いつも私のショッピングの邪魔をするわけ!?」
「クロエ、こっちへ来い!
今は戦えない、跳躍して逃げるぞ!」
立ち上がろうとしたテオだったが、
傷が痛むのか、一瞬顔をしかめて動きが遅れた。
その隙に、敵の数人がテオの存在に気づき、
彼に向かって銃口を向けた。
「テオ!」
クロエは瞬時に周囲を見回した。
彼女の目は、
バザールの坂の上に無造作に積まれた
「大量の香辛料(激辛の唐辛子パウダー)」を積んだ木枠の荷車と、
その隣の商人が売っている
「東方から伝わったばかりの大量の打ち上げ花火」の束を捉えた。
(……ふふっ、最高の組み合わせじゃない!)
クロエは近くの屋台で燃えていた
たいまつをひょいっと奪い取ると、
花火の導火線の束に一気に火をつけた。
「行くわよ、激辛スペクタクルショー!」
そして、重たい香辛料の荷車を固定していた車輪止めを、
思い切り蹴り飛ばす。
ゴロゴロゴロ! と勢いよく下り坂を転がり始めた荷車に向かって、
クロエは火のついた花火の束を放り投げた。
ドカンッ! バババババッ!!
敵のど真ん中に突っ込んだ荷車が、
花火の連鎖爆発によって盛大に吹き飛んだ。
あたり一面に、目にも鮮やかな火花と、
「真っ赤な激辛スパイスの煙幕」がドーム状に広がる。
「ぎゃあああっ!?」
「目がぁ! 鼻がぁぁっ!!
ゲホッ、ゴホッ!!」
未来的な武器を持った恐ろしい侵略者たちは、
大量の唐辛子パウダーを真っ向から浴び、
涙と鼻水まみれになって
バタバタと地面にのたうち回り始めた。
「完璧な調合ね!
さあ、テオ、今のうちよ!」
クロエは咳き込む敵の間を悠々とすり抜け、
テオの無事な右腕を掴んで走り出した。
オアシスから少し離れた、静かな砂丘の陰。
追っ手を完全に撒いた二人は、
満天の星空の下で
小さな焚き火を囲んでいた。
「まったく……
花火と香辛料を混ぜて爆発させるなんて、
君の頭の中はどうなってるんだ」
テオが呆れたように言いながらも、
その口調にはもう怒気はなかった。
むしろ、クロエの機転に
感心しているような響きすらある。
「修復師は素材の化学反応に詳しいのよ。
それより、肩の傷、開いてない?
包帯を替えるわ」
クロエはテオの隣に座り、
彼の上着をそっと脱がせた。
月明かりと焚き火の光に照らされたテオの広い背中を見て、
クロエはふと、息を呑んだ。
彼の背中には、
今回の矢傷だけでなく、
古い銃創や刃物による無数の傷跡が、
生々しく刻まれていたのだ。
「テオ……この傷、全部あなたが?」
クロエの指先が、
戸惑いながら彼の手首から背中へと伸び、
一番大きな古い傷跡をそっとなでた。
「っ……」
クロエの冷たい指先が触れた瞬間、
テオの背中がビクッと大きく震えた。
「ごめん、痛かった?」
「いや……」
テオは少しだけ顔を背け、
ポツリと口を開いた。
「俺は、局で一番の成績だった。
だからいつも、一番危険な時代に一人で飛ばされてきた。
俺の仕事は、歴史を守るための『盾』になることだ。
このくらいの傷は、ただの職業病みたいなもんだ」
彼の不機嫌で偉そうな態度の裏側。
それは、すべてを一人で背負い、
誰にも頼らずに戦い続けてきた孤独な青年の、
不器用な強がりだったのだ。
「馬鹿ね」
クロエはわざと明るい声で言いながら、
包帯を丁寧に巻き直した。
「今はもう、一人じゃないでしょ」
クロエの言葉に、テオが振り返った。
至近距離で視線が絡み合う。
星の光を反射するクロエの瞳に、
テオの端正な顔がはっきりと映っていた。
「盾なんてやめればいいのに。
私が道を切り開くから、
あなたは私を落とさないように、
手首をしっかり掴んでくれればそれでいいの」
クロエがニッコリと笑うと、
テオは何かを堪えるようにフッと目を伏せ、
それから、無事な右腕で
クロエの腰をゆっくりと引き寄せた。
「っ……テオ?」
いつもは逃げるための緊急事態でしか抱き寄せてこない彼が、
今は静かな星空の下で、自らの意志で彼女を抱きしめていた。
温かい胸板に頬が触れ、
彼から漂う古い紙とシトラスの香りがクロエを包み込む。
「……お前は本当に、俺のペースを狂わせる」
テオの低い声が、頭上から降ってくる。
「俺はもう、お前の無茶な行動から目が離せなくなっている。
……だから、絶対に俺の手を離すなよ」
ドクン、ドクン。
密着した胸から伝わってくる彼の心臓の音は、
ピンチの時よりもずっと深く、そして熱く鳴っていた。
クロエ自身の心臓も、
それに応えるように甘いリズムを刻み始める。
危険な落下も、追っ手の銃弾もないのに、
二人の鼓動は自然と、
完璧な同調を果たしていた。
「——同調完了、ね」
クロエがテオの胸に顔を埋めたまま小さく呟く。
「あぁ。……跳ぶぞ」
二人のポケットの中で、
銀貨と懐中時計が優しく光を放ち始める。
パラドックスの火花は
いつもより静かで、温かかった。
星降る砂漠の夜風を残し、
密着した二人は光の束となって、
次の時代へと穏やかに溶けていった。


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