『クロエとテオの時間旅行』Part.2


第二話:お茶の時間


19世紀、ヴィクトリア朝のロンドン。

石炭の煙と馬のいななきが混ざり合う騒がしい大通りの片隅で、
クロエは焼きたてのスコーンにたっぷりとクロテッドクリームと
苺ジャムを乗せ、至福の表情で頬張っていた。

「んん〜っ! 最高!
やっぱり本場の味は違うわね!
テオも食べる?」

「……俺は胃が痛くて、何も喉を通らない」

クロエの向かいの席で、
テオドールは頭を抱え、
冷めた紅茶を睨みつけていた。

突然19世紀に放り出されたというのに、
目の前の女はパニックになるどころか、
持っていた現代のアクセサリーを質屋で当時の金貨に替え、
嬉々として老舗のティールームで優雅なお茶会を始めているのだ。

順応性が高すぎるにも程がある。

「いいか、クロエ。
現状を整理するぞ」

テオは声を潜め、
周囲を警戒しながら身を乗り出した。

「俺たちがなぜ時間を跳躍したのか。

答えは、君の持っている『銀貨』と
俺の『懐中時計』だ。

これは本来、同じ宇宙に存在してはならない、
別々の世界線の遺物同士なんだ」

「ふーん。
それがくっつくと、タイムマシンになるってこと?」

「ただくっつけるだけじゃない。

時空の壁に穴を開けるには、生体電流……
つまり、『人間の極限の脈拍』を同調させる必要がある」

テオの真剣な説明に、
クロエはスコーンを咀嚼する手を止め、
悪戯っぽく目を細めた。

「つまり?
私たちが時間を跳ぶためには、
こうしてぴったり抱き合って、
心臓をドキドキさせなきゃいけないってこと?」

「君と息が合ったのは偶然だよ!偶然!」

図星を突かれたテオが
耳まで赤くして反論するのを見て、
クロエはクスクスと笑った。

いつも不機嫌で偉そうなのに、
こういう冗談には免疫がないらしい。

からかい甲斐のある相棒だ。

「わかったわよ。
じゃあ、追っ手が来る前にゆっくりお茶を……ん?」

クロエの視線が、ふと窓の外で止まった。

ティールームの斜め向かいにある、
建築中のレンガ造りの建物の足場。

そこに、ノミ市で襲ってきた
あの「黒ずくめの男たち」が数人、
身を潜めているのが見えた。

彼らの視線の先には、
大通りを進んでくる一台の豪華な馬車がある。

王室の紋章が入ったその馬車に向かって、
男の一人が、上空から鈍く光る銃口を向けていた。

(……暗殺? 歴史を変える気ね)

「おい、クロエ、どこへ行く!」

テオの制止を振り切り、
クロエは立ち上がった。

手には、飲みかけの熱い紅茶が入ったティーポットを
しっかりと握りしめている。

「ちょっとそこまで!
私の優雅なお茶の時間を邪魔する野蛮人に
お仕置きしてくるわ!」

店を飛び出したクロエは、
暗殺者たちが潜む建物の真下へと駆け寄った。

銃弾の雨を降らせる気は毛頭ない。

アンティーク家具の修復師である彼女の「構造を見抜く目」は、
すでに男たちのいる足場の決定的な弱点を見抜いていた。

(あの足場の固定ロープ、かなり適当に結ばれてる。
おまけに真下には、レンガを積んだ重そうな滑車……
ふふっ、ピタゴラススイッチの始まりね!)

「ごめんなさいよ!」

クロエは通りすがりの荷馬車から
「重たい小麦粉の袋」をひょいと持ち上げると、
足場の支柱に立てかけられていたシーソー状の木の板の端へ、
思い切り投げ落とした。

ドンッ! という衝撃で、
シーソーの反対側に乗っていた空の木樽が跳ね上がり、
滑車のストッパーに激突する。

ガラガラガラ! と音を立ててストッパーが外れ、
吊るされていた大量のレンガが一気に落下。

その勢いで足場を支えていたロープが限界を迎え、
プツンと弾け飛んだ。

「な、なんだあっ!?」

「うわああああっ!」

暗殺者たちが銃の引き金を引く直前、
彼らの足元の板がスコンッと抜け落ちた。

見事な連鎖反応(チェーン・リアクション)。

男たちは間抜けな悲鳴を上げながら、
真下に停まっていた藁(わら)を積んだ馬車の上へ、
次々とドサドサと落ちて気絶した。

暗殺の標的だった要人の馬車は、
何事もなかったかのように
平和な通りを走り去っていく。

「ふぅ。これでスッキリしたわ」

クロエが満足げに手をパンパンと払っていると、
背後から呆れ果てたテオの声が降ってきた。

「君は……自分がたった今、
英国首相の特使の命を救ったことがわかっているのか?」

「特使? 知らないわよ。
私はただ、美味しいスコーンを
落ち着いて食べたかっただけ」

クロエがウインクをしたその時、
路地の奥から別の黒服たちが
わらわらと湧き出してきた。

気絶した仲間を見て、
完全にクロエたちを敵と認識し、
武器を構えている。

「まずい、増援だ。
数が多すぎる」

テオドールが鋭く舌打ちをした。

路地は塞がれ、逃げ道はない。

「テオ! 跳躍よ!
早く時計を出して!」

「わかっている!」

テオは懐から銀色の時計を取り出すと、
クロエの腕を掴み、
背中のレンガ壁へと強引に押し付けた。

ドン、と背中が壁にぶつかり、
クロエの目の前にテオの端正な顔が迫る。

「えっ……」

さっきまでのコミカルなムードは消え失せていた。

テオの強い腕がクロエの細い腰に回り、
逃げ場のないほどきつく抱き寄せられる。

二人の身体の間に、
クロエの銀貨とテオの時計が挟み込まれた。

「テオ……ちょっと、痛いんだけど」

強気な口調とは裏腹に、
クロエの心臓がトクン、と大きく跳ねた。

顔が近い。

彼から漂う、少し乾いた古い紙のような、
不思議と落ち着く香水の匂い。

「我慢しろ。
……脈を同調させる」

テオの低い声が耳元を掠め、
クロエの背筋にゾクッとしたものが走った。

いつも理屈っぽくて小言ばかりの彼が、
今は有無を言わさぬ力強さで
彼女をホールドしている。

彼の胸に押し付けられたクロエの耳に、
テオ自身の激しい心音が
はっきりと伝わってきた。

(なによ……あんたも、
すっごくドキドキしてるじゃない)

クロエは小さく微笑むと、
テオのコートの背中に腕を回し、
ぎゅっとしがみつき返した。

ドクン、ドクン。

二人の重なり合った鼓動が、
完全に一つのリズムに溶け合う。

「——同調、完了だ」

テオが呟いた瞬間、
二つの遺物が強烈な光を放ち、
周囲の空間がガラスのようにひび割れた。

暗殺者たちが放った銃弾が
二人の身体を貫くコンマ一秒前。

クロエとテオは
抱き合ったまま時空の渦へと吸い込まれ、
19世紀のロンドンから鮮やかに姿を消した。

残された路地裏には、
冷めた紅茶の香りと、
クロエが落としていったスコーンの欠片だけが
何事もなかったかのように地面に転がっていた。

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コメント

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小ぶりなプログラムを試しに作っているんですが、 ここではその説明書きをしていこうと思います。 こういう機能をつけてみてほしいだとか要望、 コメント欄か、Xのリプライ欄に書いてみて下さい。 ひまをみて対応します。 (未管理著作物裁定制度に定められた問い合わせも受付中。)
『クロエとテオの時間旅行』Part.2|古井和雄
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