6月7日、大学の落語研究部の先輩や同期と巣鴨・千石・本郷あたりの歴史スポットを歩いて回りました。

染井霊園

六義園

東洋文庫

東大周辺

という、あんまり誰の意見も聞かず私が組んだルート(まさかのお墓スタート)をもとに歩いた記録です。


11:00 集合。

早めに到着したので、昨日日比谷図書文化館で借りた『豊島区史跡散歩』を読む。

豊島区史跡散歩 (東京史跡ガイド 16)
堀切 康司
学生社
1994-01-01


染井霊園のページを開くと、

「この霊園には多くのすぐれた人たちが眠っており、すべてを回るには時間がかかるが、ここではその一つの方法を示しておく」

と、おすすめ墓参りルートが示してあった。

「こんなにも自分にフィットした情報があるのか」、と刮目する。

この染井霊園は本当にすごい。歴史に名をのこした人のお墓だらけで、激アツだ。

このあいだ、Googleマップで何気なく巣鴨・千石あたりを見ていたら、岡倉天心、高村光雲・光太郎・智恵子、若槻礼次郎、幣原喜重郎などなど、歴史の教科書に載っている人たちの墓標が集中していた。

しかも近くの慈眼寺には司馬江漢、芥川龍之介、谷崎潤一郎のお墓まである。

本を読みながら、「時間は有限・・・誰のお墓を参るべきか・・・」とストラテジーを練っていると、先輩3人と同期2人(そのうち1人は四谷くん)が到着した。

先輩の一人が非常に物知りで、巣鴨にあった徳川慶喜の宅や、この染井の地でできた品種が「ソメイヨシノ」だという話を聞きながら霊園に向かう。途中、三菱養和会(三菱グループのスポーツジム)や、三菱の社宅などを見かける。

染井霊園の入口に着いた。


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すごく豪華なマップがあって雀躍した。

著名人のお墓の位置を示してくれている・・・!


ウラを見ると、

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染井霊園に眠る、61人もの著名人のリストが

お墓の入口でにわかに盛り上がってしまい反省した。



↑公式HPにPDFがあります。ありがたい・・・

「陸羯南って名前きいたことあるような」「新聞『日本』だした人じゃない?」「福岡孝弟おるやん」「福岡孝弟って何藩なんですか」とあれこれ話がはずむ。



私は近代美術史をやってたこともあり、そっちにかたよった足取りになった

①高村光雲・光太郎・智恵子
芸術一家の高村家。みんなに聞いたら、「高村光雲の『老猿』は知ってる」とのこと。

近世の空気をまとった光雲と、ロダンを評価した近代的な光太郎の違いみたいなのをしゃべった記憶があるが、話し方がきもかったのかめちゃくちゃスベった。

『智恵子抄』の詩を楽曲化したCDがお供えされていた。

②下岡蓮杖
幕末に、横浜に日本人ではじめて写真館を開いた人。
出身は伊豆だが、子孫の墓もここにまとまっていた。

みんなに聞いたら下岡蓮杖のことを誰も知らなかった。幕末から明治の写真史は熱気ムンムンで面白いので、力説しようとしたが、さっき高村一家の話がスベったのでやめた。

墓石に十字のマークがあった。なんでだろう。あとで調べたい。


③熊谷直彦
お参りしたあと、後で調べたら、思っていた画家と違った。
私が思い描いていたあの画家は結局誰だったのか・・・

④岡倉天心
本にお墓の写真がのっていた。土が入っている植木鉢のようなお墓で、草が生えていた。珍しい。

現地に行って実際に見てみたら、草が全く生えていなかった。

⑤若槻礼次郎
戦前の歴代首相は、だいたい青山霊園・護国寺・多磨霊園に眠っているが、若槻礼次郎と幣原喜重郎はこの染井霊園で眠っていた。なんでだろう。気になる。

↓このホームページがありがたい



⑥宮武外骨
角を打ち欠いた墓石でパンキッシュだった。

墓石の近くにある名刺入れの石に、小沢信男が宮武外骨を詠んだ「暗き世に爆ぜかえりてぞ曼殊沙華」という句がきざまれている。

染井霊園には、政治家、学者、歌人、画家、文筆家、多様なジャンルの著名人が眠っており、興味に沿ってルートが変えられるし、なんならお墓からその人に興味を持って色々調べてみるのも楽しそう。


染井霊園の次は、慈眼寺・本妙寺に行ってひきつづきお墓参りを続ける。
みんな、こっちやで!

つづく