竹上ゆう子氏の提訴における「人道的な同情」と「倫理的な一線」
1. 倫理的な一貫性の欠如(都合の良い正義)
竹上氏が日本保守党による被害に損害賠償を請求しました。しかし、全く同じ構造のネット攻撃を先に受けていた飯山あかり氏に対しては、在籍時も今回の声明でも一切言及していません。 これは、竹上氏が「ネット攻撃という行為そのものの悪質さ」を怒っているのではなく、単に「自分が損をしたこと」だけに怒っている証拠です。価値基準が「正義か悪か」ではなく、「自分か他人か」になっているという倫理的な問題があります。
2. 党の「加害性」に対する不作為の責任(共犯性)
竹上氏が在籍中、百田氏はじめ島田議員たちが飯山氏に対してネット攻撃を行っていた際、竹上氏は沈黙(黙認)していました。 国会議員そして所属議員という公的な立場にありながら、身内の組織的なリンチとも言える行為を「見て見ぬふり」をしていたということは、その組織の狂暴性を維持・増長させた一翼を担っていた(不作為の共犯者であった)と言えます。自分がターゲットになった途端に被害者面をすることは、過去の自分の不作為を棚に上げる行為です。
3. 「ガバナンス批判」の資格喪失
飯山氏が命がけで行った「誰も批判していない時期の内部告発」は、社会に実態を知らせようという、リスクを伴う真のガバナンス批判でした。 一方で、竹上氏はその内部告発の時点では沈黙し、利害関係(資金配分等)で行き詰まってから初めて党を批判しています。飯山氏がネット攻撃されているのを知っていたはずなのに、自分が当事者になるまでガバナンスの問題を放置していたわけですから、竹上氏が今さら「党のガバナンスや運営への批判」をしても、公的な大義名分はなく、単なる後出しの自己保身でしかありません。
4. 声明における「自己保身の徹底」と「他者への冷酷さ」
損害賠償を請求した際の声明で、飯山氏の件に一切触れなかった点も大きな問題です。 もし本気で「党の体質」や「ネット攻撃の被害」を社会に訴えたいのであれば、「かつて同様に苦しんだ飯山氏のケースも含め、この党の体質は異常だ」と連帯を示すのが、表現者・政治家としてのまっとうな姿勢です。それに触れないということは、
認知バイアス: 「飯山氏の時は党が正しく、自分の時は党が悪だ」という都合の良い解釈。
計算: 先にリスクを冒した飯山氏の存在に触れると、「なぜあの時あなたは助けなかったのか」というブーメラン(批判)が自分に返ってくるのを恐れた。
結論として:世間からどう見られるか
この竹上氏の振る舞いは、「最も信頼されないタイプ」の行動パターンです。
飯山あかり氏は「リスクを承知で先陣を切った本物の告発者(ホイッスルブロワー)」であり、今なお攻撃が続いていることへの同情や、その告発の正当性は評価されます。
一方で竹上氏は、「甘い汁を吸えるうちは身内のイジメを黙認し、取り分が減って自分がイジメられたら大騒ぎして金を要求する人」という映り方になりかねません。家業の商店が被害を受けたこと自体は気の毒な犯罪行為(実害)ですが、それに対する法的救済を求める権利があることと、その人間の政治家・人格としての信用度は全くの別問題です。


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