占領下における旧宮家の皇籍離脱と養子案による皇籍復帰について 新田均/皇學館大学特別教授(「日本の息吹」令和7年4月号より)
旧宮家からの養子案を速やかに実現するために、これまでに表明された反対論の主張に対する5つの解答を示した。もはや反対する論拠は何処にもないのだ。皇室典範の改正という国民の側の努力こそが求められている。
安定的な皇位継承のあり方をめぐる衆参両院議長・副議長と各党の代表らによる会合の第3回が今月予定されている。議題は旧宮家の男系男子を養子に迎える案についてである。これに関して、自民、公明、維新、国民の4党は賛成、立憲は党自体としては明確な方向性を示していないが、代表の野田佳彦氏が男系継承に強い疑義を呈し、共産党は、女性・女系天皇も認めるべきとの立場である。本稿は、題にもある通り、旧宮家からの養子案を速やかに実現すべきとの立場から、これまでに表明されている反対の主張を取り上げて、それに対する回答を用意しようとするものである。
女性差別・門地・直系・側室
その第一は、そもそも男系継承は女性差別だとする主張である。現在、世界の人口は約81億人強だが、男性はその半分強、女性は半分弱である。その40億強の男性の中で、日本の天皇になれるのは僅かに3人、皇統に属する秋篠宮殿下、悠仁殿下、常陸宮殿下のお3方だけだ。皇統に属さないその他の男性にとって、男系継承は特権でも何でもない。それどころか、男性は、たとえ日本人であっても、皇族女性と結婚しても、皇族にはなれない。天皇の父にはなれず、摂政にもなれない。
ところが、全女性は、国籍に関係なく、結婚によって皇族になれる。天皇の母にもなれ、場合によっては摂政にもなれる。この事実に照らせば、皇位の男系継承によって差別され、排除されているのは男性の方である。女性はむしろ尊重され、歓迎されている。そして、皇位の男系継承は一般女性の社会的地位とは何の関係もない。
その第二は、旧宮家に養子を限るのは憲法十四条が禁じている「門地による差別に当たる」という主張である。これについては、すでに内閣法制局の見解が示されている。それは、憲法が「世襲」と規定している天皇、皇族の継承は、「平等原則」の例外であり、その皇位継承権の範囲は法律に委ねられているため、特例法を制定して養子の範囲を旧宮家に限っても憲法違反とはならない、というものである。そもそも、旧宮家は昭和22年10月4日に、占領軍の圧力によって臣籍降下を余儀なくされた。日本国憲法および新皇室典範の施行が同年の5月3日だから、日本国憲法および新皇室典範の下でも皇族だった。つまり皇位継承権を有していた家柄であり、一般国民と同列に語ることはできない。
第三は、皇位継承権は「直系を原則とする」との主張である。「直系」は親子での継承で、「傍系」とはその他の兄弟などでの継承をいう。皇室系図を見れば一目瞭然だが、直系原則は早くも第13代成務天皇から第14代仲哀天皇への叔父から甥への継承で崩れてしまい、今上陛下までの126代の継承の内、55代が傍系継承なので、とても原則とは言えない。それにも関わらず、万世一系と言えるのは、「直系」「傍系」の上に「男系」という原則があるからだ。この点について北畠親房(きたばたけちかふさ)は『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』の中で「一種姓の中におきても、おのずから傍らより伝え給いしすら猶正にかえる道ありてぞ保ちましましける」と記している。
第四は、側室制度がなければ男系継承は維持できないとの主張である。しかし、かつて側室制度が必要だったのは、幼児死亡率が高かったためで、現代医学の下では必要ない。事実、初代の神武天皇から今上陛下まで、父子ー父子の継承で数えると73世代(北朝の天皇を加え、結婚しなかった天皇を引くと120人)で、これらの天皇の側室を除いて、正妻お一人からだけでも168人の男子が誕生している。天皇の正妻お一人だけからでも、歴代天皇の数を上回る男子が誕生しているのだから、あと3つほどの宮家でもあれば、現代医学の下では十分だろう。
継承者減・親等の遠さなど
それにも関わらず、何故、現皇室は皇位継承者の減少に悩まなければならないのか。それは、敗戦の結果、旧宮家が臣籍降下を強要されてしまったからである。昭和22年、11宮家26名の男性皇族が降下を強いられた。この旧宮家には、現在、未婚の男子が12名おられる。
これらの方々に、まずは養子になる意思があるかどうか確認すべきだとの主張もある。一般国民として基本的人権をもっている方々、現在の案では、その方々に皇位継承権は与えられず、「それでも人権を放棄したいですか」などと尋ねるのは愚かなことで、順序が逆だ。安定的な皇位継承のために自己犠牲をお願いしたいとの誠意を示すのが先で、それが皇室典範の改正という国民の側の努力である。それを待たずに意思表明をすれば、マスコミや反対派の餌食になってしまうだろう。
第五に旧皇族は現皇室から血筋が離れすぎているという反対論がある。旧皇族は南北朝時代に現皇室と別れた伏見宮家の血筋だから、600年以上の時が経っており遠すぎるというのだ。これは論理のすり替えで、旧皇族は敗戦まで皇位継承権を保持していた。敗戦後もこの方々が皇族に留まっていたら、血筋が遠すぎるなどいう議論は起こらない。それに皇位継承権を失ってから、まだ78年しか経っていない。むしろ、500年以上も皇位継承権を持ち続けたことに注目すべきだ。ちなみに、今直ちに、旧皇族の男子に皇族に復帰していただいたとして、この方々の血筋に皇位が移るのは最速でいつだろうか。それは、悠仁親王殿下が皇位に就かれ、しかも男子を残さずに崩御された場合だ。それは、現在の日本人男性の平均寿命からすると60年以上は先のことになる。その方々から誕生された皇位継承権者が生まれながらの皇族である時間としては十分ではなかろうか。
にった ひとし
昭和33年長野県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程に学ぶ。國學院大學より博士(神道学)の学位を受ける。著書に『近代政教関係の基礎的研究』『「現人神」「国家神道」という幻想ー近代日本を歪めた俗説を糾す』「首相が靖国参拝してどこが悪い‼」など。
参考リンク
(皇室の伝統を守る国民の会ホームページ)
『安定的な皇位継承の在り方を検討する有識者会議』(正式名『「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議』)
(第2回・令和3年4月8日)議事次第・配付資料・議事録
(5)新田均氏(皇學館大学教授)からの意見陳述及び意見交換
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コメント
1皇籍離脱の「法的完了日」法的完了日は 1947年5月3日(皇室経済法施行)かと存じます。
記事は、旧宮家の臣籍降下を 1947年10月14日 の告示で確定したかのように扱っている。
✔ 法的完了日は 1947年5月3日(皇室経済法施行)
✔ 皇族会議(10/13)は形式上の追認にすぎない
✔ 10月14日は「告示の効力発生日」
✔ 10月20日は「官報公表日」