ストーリー

やっとスタートライン 仮放免へて看護師に合格したガーナ人女性の夢

吉田美智子

 「やっとスタートラインに立てた」

 3月下旬、1人の西アフリカ・ガーナ国籍の女性(22)が、看護師の国家試験に合格した。

 厚生労働省のウェブサイトで自分の受験番号を合格者リストに見つけた瞬間は、喜びや感慨よりも、ほっとした気持ちだった。

 女性は日本生まれ。在留資格がなく、幼い頃から入管施設への収容を一時的に解かれた「仮放免者」として10年以上暮らした経験を持つ。「そんな身分で、夢を持つな」とさえ言われてきたという女性が、これまでの道のりを語った。

在留資格のない両親のもとに誕生

 女性の両親は、出稼ぎ目的で1990年代はじめに短期ビザで来日。埼玉県内のゴム工場の一角に暮らし、時給670円で働いて親族に仕送りを続けた。そのうち、オーバーステイ状態になった。

 女性が生まれたのは2003年。6歳の時、父が東京入国管理局(現・東京出入国在留管理局)に8カ月間収容されたという。その後、女性と両親は仮放免となった。

 仮放免者は原則、働くことも、健康保険に入ることもできない。一家の暮らしは困窮した。埼玉県内の教会に間借りし、食料も衣類も支援者に頼らざるを得なかった。

 それでも日本に居続けたのはなぜか。「国に帰っても仕事はない。平和で安全な日本が好きだし、日本で生まれた娘の将来のために、絶対に帰れなかった」と母親(65)は振り返る。

「悪いことをしたら連れて行かれる」言い聞かせた母

 「一つでも悪いことをしたら、ガーナに連れて行かれる」。女性は、母から日々、「ルールを守る」よう言い聞かされた。

 仮放免では、居住する県から出るには、入管の許可が必要だ。小さい頃、よく遊んでいた公園は東京都との都県境にあった。鬼ごっこをしても、そちらの方に逃げる友達を追ってはいけなかった。いつも誰かから見張られているのではと不安だった。

 小学3年からバスケットボールを始めた。中学1年の時、バスケの練習で突き指をしたが、医療費が心配で病院に行けなかった。指は曲がらず、紫色に腫れた。痛みにたえかねて病院に行くと、骨折していた。医師から「どうしてすぐに受診しなかったのか。骨の成長が止まってしまうところだった」と怒られた。

 高校はバスケットボールの推薦で東京都内の私立高校に進学した。愛知の強豪校へ進学したかったが、海外遠征も多く、仮放免では出国できないため断念した。定期券を買うお金がなく、高校へは毎日片道50分かけて、自転車で通学した。

 16歳になると、月に1度、学校を休んで入管に出頭し、仮放免の延長を申請した。職員から「母国に戻れ」という趣旨の言葉を何度もかけられたが、国外に出たことはなく、ガーナの言葉も話せない。「帰るところは日本の家しかないのに」とつらかった。

在留特別許可に感じた安心感と申し訳なさ

 高校3年だった2021年、突然、家族全員に在留特別許可が出た。理由は明かされなかった。安心感と同時に、「自分たちだけ申し訳ない」という思いがこみ上げた。翌22年、女性の在留資格は留学、両親は一定の条件のもとで就労ができる特定活動に切り替わった。

 仮放免の子どもたちについて、SNS上には「生まれた時から犯罪者」「親ガチャ失敗」などの心ない言葉があふれる。歩いているだけで「国に帰れ」と言われているような排外的な空気を感じることもある。

 「自分も日本人と同じようにできると示したい。きちんとやらないと、同じ境遇の子たちに顔向けできない」

夢は助産師 「恩返し」したい

 民間の奨学金を受け、神奈川県内の大学の看護学部に進学した。

 夢は、助産師になること。母が女性を妊娠した際、あちこちで断られるなか、唯一、出産を受け入れてくれた産科が都内にあった。さらに女性の経済状況を知る病院の院長は、大学進学のために奨学金までくれた。「恩返し」をしたいと思った。

 病院の夜間受付のアルバイトをこなし、2月の看護師国家試験が近づくと毎日13時間、猛勉強した。勉強の傍ら、仮放免者の支援団体で、子どもたちの就学相談に乗る活動にも参加した。

 国家試験の後、初めてガーナに行った。

 1週間ほどの滞在中、親族はみんな親切にしてくれたが、「しぐさも歩き方も外国人」とたびたび言われた。自分はガーナの人からも認めてもらえない――。日本とガーナの「はざま」に生きる自分の境遇に改めて気づかされた。

 4月から、自分を取り上げてくれた産科病院に看護師として通う日々が始まった。

 たくさんの人に支えられてここまで来た。試験に合格したことを伝えると「誇りに思う」と言ったり、泣いたりしてくれた人もいた。お金をためて、大学院に行きたい。

 「日本で必要とされる人材になれたら、もう排除されることはない。夢の助産師になれるまで、気を抜かない」

 ようやく自分の将来を見すえて生きていける気がしている。

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この記事を書いた人
吉田美智子
ネットワーク報道本部
専門・関心分野
移民政策、欧州政治、地方自治
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    鈴木江理子
    国士舘大学教授=移民政策
    視点

    合格おめでとう、よかったね、とまずは心から伝えたい。  20年余りの人生のなかで、在留資格があれば経験しなかったであろう辛い経験や思いを重ねてきたことと推察する。本当によくがんばったね。自分を支えてくれた多くの人に「恩返し」したいという気持ち、とても立派だと思う。  看護師として、これからは多くの人びとの生活や生命、そして心を支えてくれることを期待したい。  一方で、「日本で必要とされる人材になれたら、もう排除されることはない」と彼女に語らせてしまう日本社会は、変えていく必要があるだろう。

    2026年6月9日 06:00

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