スマホを落としたら「エゴはそう思うんだね」と聞こえた日
自動思考と離れるべく「エレベーターの呼吸」に取り組み中の私が、エゴの思考と距離が取れた、と実感したエピソードの紹介。
エゴの思考から自由になりたい人、「エレベーターの呼吸(ネドじゅんさん提唱)」、宇宙の法則やTUFTIなどに興味がある人に向けての文章です。
🔸ライブ前にスマホを落とした
平日の昼下がり、大好きなバンドのライブへ向かっていた。早めに着いて、付近でお茶しようと考えていた。
地下鉄を降りる際にスマホを落としたことに、駅のトイレで気づいて青ざめた。チケットはアプリに保存されている。
少し具合が悪かったので、電車で座っていた。隣の爺さんが異臭を放っていた&通話を始めたので、強い不快感を覚えた。普段なら席を移動するが、次の駅で降りるからと我慢した。
そそくさと降りたが、膝の上に載せていたスマホが落ちたことに気が付かなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、降車した駅(恵比寿)の次が終着駅(中目黒)だった。
すぐさま恵比寿で駅員に事情を話し、電話で確認をしてもらう。スマホカバーの特徴を伝えたところ、それらしき落とし物が既に中目黒に届いていると聞いてホッとしたのも束の間、顔写真付きの身分証と引き換えだと告げられる。
この日に限って身分証を携帯していなかった。ライブ用のコンパクトな財布だったので。ショックでプチパニックだ。身分証を自宅に取りに行かねばならないことを悟った。
自宅から中目黒まで往復2時間弱か。中目黒からライブ会場まで40分。スマホがないから検索できない。開演にはなんとか間に合うかもしれない。
最前列を狙える整理番号だった。せっかくだから最前に行こうと思っていた。最前ならバーもあるし待機がラクだ。なのに開場時間には完全に間に合わないことが確定した。ガーン。
落とし物対応のレギュレーションだと理解するが、スマホカバーの特徴や壁紙まで伝えたのに、駅員に「それらしき」「自分で確かめて」という言い方をされたので、万が一自分のスマホではなかったらどこを探すべきか?と途方に暮れそうになる。
🔸うるさいエゴ思考
自宅に戻る最中、頭の中がうるさい。
「スマホを取り戻しにいくために合理的な行動を考えるのみ」という理性的な思考の一方で、
「臭い爺さんのせいだ(責任転嫁)」
「体調万全ではないからしんどい(弱気)」
「何もかもめんどくさい。ライブ諦める?(投げやり)」
とネガティブな気持ちが溢れて来る。エゴ思考である。
「最も楽しみにしている、活動頻度が決して高くはないバンドの貴重なライブを諦めないといけないかもしれない、しかも最前列確定だったのに」という純粋な悲嘆以上に、「ただでさえ自律神経失調症で苦しくて人生に行き詰っているのに!前ほどライブに行く気力と体力がないから厳選している大切なライブなのに!よりによって今日!なぜ!こんな目に!うわーん!!!」という、悲劇のヒロインぶったエゴ思考が暴れ出した。
電車の中で、マスクをしたまま「うわーん!なんで!こんな目に!」と泣いてやれ、と思って声を出さずに泣くアクションをした。「子供かよ」という思いもチラリとあったが、思い切り泣いてみるのもいいかも、と思ったのだ。なぜか。
🔸「エゴはそう思うんだね」
「わー!」「わー!」と涙と鼻水を流しつつやるせなさを発散していたら、突然頭の中に
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
「エゴはそう思うんだね」
という声が連続で20回ぐらい溢れて来たのでビビった。そんなことは初めてだったので。ちょっと冷静になった。
「なんで私が!」はエゴ(狭い認識の自我)の声だとすれば、「エゴはそう思うんだね」はセルフ(ハイヤーセルフ/真我)なのだろう。ネドじゅんさん的に言うなら「本体さん」か。
エゴ思考でぐるぐるしている時は、前頭葉あたりがモワーンとしている。「エゴはそう思うんだね」という声は、もっと上部から聞こえてきた気がする。
「エゴはそう思うんだね」という言い回しは、誰の受け売りだ?と考えてみたが、フェリックス・ファブリック(楽に生きる研究家)の言葉だと思う。参考図書は最後にまとめて紹介する。
🔸自動思考について
頭の中をぐるぐるする自動思考から離れようと、1年半以上、ネドじゅんさん提唱の「エレベーターの呼吸(通称:エレ呼)」をしている。瞑想の一種だ。そうすることで、自動思考が出にくい神経回路になることを目指している。
体調が最悪の時は全然できなかったが、以前よりは自動思考に気づきやすくなってきた体感はある。
自動思考とは、「昨日のあれ楽しかったなぁ」というポジティブな反芻、「なんでAさんはあんな嫌なことを言ってきたんだろう」などのネガティブなこと、脳内でやまない音楽(イヤーワーム)など、勝手に沸いて来る思考全般のこと。
「エゴ思考」は、「ネガティブな自動思考」という意味合いで書いている。
自動思考を止めるまでいかなくとも、「ああ今出てるなぁ」と気づいて俯瞰できるようになれば上出来だ。
要は、エゴの思考と自分が一体化し、恐れや不安に巻き込まれて不快にならなければ良いのだ。エゴの思考は自分のものではない、他人である。
生きづらさに疲れ果てた私は、エゴ思考から自由になろうという趣旨の書籍や情報を多々仕入れているので、自然とそんな声が出てきたのかもしれない。
🔸ストーリーを背負いたがるエゴ思考
出来事に良い悪いはない。エゴ思考が勝手に善悪をジャッジしているだけなのだ。生きる上でどこかで仕入れてきた価値観によって。
「体調が悪い私は不幸だ」「仕事をやめたいと思うことは悪だ」など、偏った認識の自分を演出して、苦しめてくる。
「スマホを落とした」という事実があっただけなのに、「ただでさえ自律神経をやられてひどい目にあっている私がなぜこんな仕打ちに!楽しみを奪われた!爺さんが悪だ!私は被害者だ!不幸だ!」というストーリー仕立てにして、エゴ(狭い認識の自我)が悲劇のヒロインぶりたかったんだなぁ。
エゴはそんな人間らしい遊びが大好きなのだ。
「私がこんな仕打ちに!」という嘆きは、スマホを落としたこととは関係がない。体調不良になってから、ここ1年ぐらいずっと抱えているけど。
しかし「なぜ!こんな目に!」とわめいたことはなかった。そんなことしても現実は何も変わらないので。でも、わめいたことで感情がスッキリしたので良かったと思えた。
悲劇のヒロイン思考、どこで身につけた?と考えてみたら、父親の思考を無意識に引き継いだ気がする。
「真面目に生きてきたのに自分ばかりつらい目に!」という被害者ぶったエゴ思考。
「真面目(という名目の自分虐め)に生きることが偉いのだ」「自分だけつらい目に合うなんて不条理だ」という独特の価値観を持っていた父は、「俺だけつらい思いをして働くのは許せない。お前らもつらそうに振る舞え!」と家族に当たった。
そんな父は、定年の直前に仕事が苦で鬱病になり首を吊った。逃げ出すという選択肢もあったはずなのに、エゴ思考にまみれた父は死んでいった。
「エゴはそう思うんだね」が聞こえた後、頭の中が大人しくなった。
「朝は天気が悪くて長い傘を持って出たが、もう降らなさそうだから家に置いて行こう」「昼に外食して歯を磨けなかったので磨いてから出よう」などと、帰宅のメリットに自然と目が向き、淡々と粛々と行動した。
スマホを見ることができないので、車内では目を閉じてエレ呼をした。スマホ持ってても、見ないでエレ呼していることが多いけど。
「最前確保のためとはいえ、開演まで1時間待機するのはとてもだるい」という思いもなくはなかったので、「待機時間減ったわ」とも思えた。
中目黒にあったのは私のスマホだった。安堵と同時に、「だよね」とも思えた。
先ほど電話してもらった者だと駅員に名前を伝えたところ、私がスマホを目視で確認しなくとも、私の物であると確定の上で手続きを進めようとしていた。
「それらしき」「自分で確かめて」と不安を煽られたことは何だったんだ、と思った。もちろん駅員さんには感謝しているが。まあ、勝手に不安を煽ってきたのもエゴ思考なんだけど。
結果的に、ライブの開演30分前に到着した。普段とほぼ変わらないスケジュールだ。つまんねぇな。いや上出来やん。
ライブの日の朝は、楽しいライブシーンを設定するようにしている。この日もそう。最前の景色は逃したが、ライブはとても楽しかった。万事OKということで。
最前で見る機会はこれからもあるからね。
そんなわけで、ネガティブな感情は感じ切った方が切り替えが早いということと、ネガティブな自動思考と距離が取れた実体験だった。
正常に生きている人を見ていて、彼らは無意識にエゴ思考に巻き込まれない行動を習得しているのだなぁ、と最近つくづく思う。
親の影響で生きづらい価値観を持つ私のような愛着障害者は、「自分の基準がおかしい」ことに気づき、修正をかけるべき時期が来る。
そうでないと、エゴ思考に巻き込まれ続け、疲弊して人生を終えるのだろう。私の父のように。
エゴ思考にまみれた父の話。
🔸参考文献
私がエゴ思考から自由になるために、お世話になっている方々の著書や動画。
・フェリファブ哲学
”楽に生きる研究家”フェリックス・ファブリックさんの著書。エゴ(狭い認識の自我)について研究していて、専門的な言葉ではなく、懇切丁寧に語りかけるように教えてくれる。くどいぐらいに。
「エゴはそう思うんだね」は、フェリファブさんのフレーズだと思う。1年ぐらい前に読んだ著書だが、ここで生きて来るとは。
YouTubeもおすすめ。名前はカタカナだが日本人女性だ。優しい声なので癒される。
・三脳バランス研究所
【ネドじゅん所長】
オンラインサロン「三脳バランス研究所」。所長のネドじゅんさんは「エレベーターの呼吸(通称:エレ呼)」提唱者で、エレ呼はエゴ思考を鎮めるのに最適なワークである。
オンラインサロンで出した動画の1部をYouTubeで見ることができる。オカンの声が心地よくて「寝てしまった」という人が続出。(寝たら何度でも見よう。)
自動思考をする左脳は、「現状否定」「仮想未来」「自己否定」(三つ首の蛇)が大好きなので騙されないこと。
(余談)ネドじゅんさんの大ファンなので講演を3回聞きに行ったことがある。今年は握手してもらう機会を得て浮かれた。
握手してもらった日の話。
【運動研究室長・韮澤さん】
「三脳バランス研究所」運動研究室長、韮澤さんのYouTubeもおすすめ。早朝から10分間ひたすらエレ呼をするというシュールな生配信(無音)をやっている。
私は夜、湯船につかりながらアーカイブでやっている。毎日はできていないが週4-5ぐらい、シンプルだけどとても効いていると思う。
エレ呼終了後のお話も興味深くて勉強になっている。
右脳回帰に理想を求めない、思考を俯瞰できればOK(思考は出て当然、抑え込まなくて良い、悪だと見なさない、一体化せず気づき続ける)、身体作り、自律神経の調整の重要性など、繰り返し教えてもらうことで、自分にインストールされて身になっているのだと感じる。
・さとう式リンパケア
テレビにも出ている人気の歯科医師、佐藤先生による自律神経が整う動画。
子供の頃に抑え込んだ感情を「イヤだイヤだ!」と解放するワーク。
感情を「わー!」と感じてみようと思ったのは、この動画の影響があったからかも。「感情は感じ切れ」とはよく言われることなので、それも良かったのかもしれない。ネガティブは感じ切ると消滅するので。
・「自分とか、ないから。」
東洋哲学のベストセラー。「自分とはただの妄想だ」と悟ったブッダの話を交え、「家族も会社もフィクションである」と語る。
「こいつは社長じゃねぇ」ときめた瞬間、あなたは自由だ。
この言葉で相当目覚めた。現在働く会社の社長(パワハラ&モラハラ)を忌み嫌っているのだが、「こいつは社長じゃぇねぇ」と決めたら、だいぶラクになった。「社長は敬わねばならない」だなんてエゴ思考だ。
「大人は偉い、親は偉い、地位のある人は偉い(だから命令に従え)」というのは、子供の頃に親に植え付けられたウソのエゴ思考だ。自分が大人になってわかるよね。世の中、全然偉くない大人だらけ。
父親を老害社長に投影していると気づいた話。
・「TUFTI」と「トランサーフィン」
「TUFTI(タフティ)」は、量子力学や引き寄せで話題になったヴァジム・ゼランド(ロシアの作家、元量子物理学者)の現実創造メソッド。
難解なので解説動画が溢れているが、それらを参考に理解できるところだけ取り入れても良いのではと思う。
私の場合、望まないシーンに巻き込まれた時に「気づきの中心点」(簡単に言うと俯瞰目線)に戻ることを意識するようになった。
TUFTIは、ネドじゅんさん言うところの「ミニチップイメージ」の難解版みたいなものかな?と思っている。
ネドじゅんさんが「TUFTI話題ですね」的な発言をしたことがあった。いつかネドじゅんさんの解説を聞いてみたい。
「トランサーフィン」は、同じくヴァジム・ゼランドの著書。こっちの方が腑に落ちるし、実生活にいかしやすくて面白いと思う。
特に「振り子」(人のエネルギーを吸い取る存在)という概念は腑に落ちた。
今回の場合、電車の臭い爺さんが完全に振り子だった。まんまと巻き込まれてエネルギーを吸い取られた。爺さんを不快だと思った時点で、すぐに席を移動したら違った展開になっていたことだろう。
気軽な練習として、「今日のライブは視界良好で、振り子に巻き込まれない」というTUFTI的な遊びをすることがある。
この日のライブは「最前列」という設定は上手くいかなかったが、「視界良好で、振り子に巻き込まれない」という意図通りにはなった。
チャッピーに見解を聞いてみたら、「『最前の待機は疲れる』という思いが意図に反映され、結果的にベストだったのでは?」と答えてくれて、なるほど!と思った。
スマホを落としたことは、トランサーフィン的に「アドバンテージ」だったのかもしれない。
あと「過剰ポテンシャル」という現象についての説明、身に覚えがありすぎて興味深い。量子力学的に「何かに過剰な重要度を置くことで、かえってそれを失ってしまう現象」だ。
・5分30秒後にエゴ思考くん(全部ウソ)を抱くゴリラ(あなた)
「エゴ思考」の例題が豊富でユーモアに溢れていて笑っちゃうAkane Nishimuraさんの動画(約6分)。解説した1時間のロングバージョンもあるのでおすすめ。
例えば、「あの人が不機嫌だ!お前のせいだぞ!機嫌をとれ!」というエゴ思考は、不機嫌になることで機嫌を取らせようとする親のもとで育った人が、「機嫌を取らなきゃ!」と他人の機嫌の責任を本気で背負っちゃうため。(私のことだ。)
「エゴ思考はフル無視」という最強フレーズが爽快。私たちはゴリラくんになればいいのだ。
最近Akaneさんが大好きで諸々チェックするのが楽しい。今度セッションを受ける機会を得たのでウキウキしている。イエーイ!ハピハピハッピー!(喜びの感情をめいっぱい感じきる)
以下の有料記事は、私には目からウロコの話もあって何度も読み返している。
不調の原因探しに走り、エゴ思考で余計に自律神経をおかしくした私に、「そっちじゃないよ」と教えてくれたような。
この辺りを体得して文章にできる日が来たら、と思っている。
無料で読めるnoteもあるのでぜひ。
いいなと思ったら応援しよう!
皆様のお役に立てるように知識を深めるための活動費にさせていただきます。ありがとうございます。


コメント