地獄の釜が開く時。日本のエネルギー・通貨同時危機。
しばらく停滞していた観のあるホルムズ海峡情勢だったが、今月に入ってにわかに動き始めたかもしれない。
2026年6月現在、米国とイランの軍事衝突が4か月目に入り、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続いている。原油価格は紛争前の1バレル60ドル台から90ドル台へと上昇し、一時は112ドルを超える場面もあった。業界の警告はさらに踏み込んでいる。米石油大手エクソンモービルの幹部は5月末、在庫が「前例のない低水準」に向かっており、2〜3週間後に160ドルに達する可能性があると述べた。シェブロンのCEOも、供給不足に対する在庫のバッファーが消えつつあると指摘している。
ここまでは多くの報道で語られていることである。しかし本当に懸念すべきは、原油高だけではない。日本にとっては、原油高と円安、そして財政不安が同時進行する「複合危機」のリスクこそが深刻なのである。
更にここに来て、イランとイスラエルがお互いにお互いを攻撃していると言うニュースまで入ってきている。停戦崩壊の危機であり、もしそうなれば間違いなく日本に取ってはバッドニュースとなる。
在庫バッファーが消えつつある
国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界の石油在庫は3月と4月の2か月だけで2億4600万バレルも減少した。記録的なペースである。4月末時点で在庫は約79億バレルあり、見かけ上は世界消費量の80日分近い余裕があるように見える。しかし供給の2割はホルムズ海峡封鎖で閉じ込められており、パイプラインや貯蔵タンクなど運用上動かせない在庫も多い。実際に需給調整に使える在庫は8億バレル程度との試算もある。
米国の状況はさらに厳しい。米エネルギー情報局(EIA)の統計では、5月末時点で米国の原油・石油製品在庫は15.7億バレルとなり、2004年以来の最低水準を記録した。戦略石油備蓄(SPR)は3億5700万バレルまで減少しており、戦争開始以来5800万バレルが取り崩された。米国は「世界の石油市場における最終手段の貸し手」として機能してきたが、その米国の在庫がここまで急減しているのは構造的に持続不可能な水準である。
第二のチョークポイントも危うい
これまでホルムズ海峡封鎖の影響を緩和してきたのは、サウジアラビアの東西パイプライン経由で紅海に出てバブ・エル・マンデブ海峡を通る「裏ルート」だった。バブ・エル・マンデブ経由の輸出は2月の日量390万バレルから4月には720万バレルへとほぼ倍増し、日本・韓国向け供給を支えてきた。
ところが6月2日、イラン革命防衛隊がイスラエルによるレバノン攻撃が止まらない場合、バブ・エル・マンデブも封鎖すると脅迫した。米原油は月曜のセッション中に一時8%急騰した。イエメンのフーシ派は今のところ動いていないが、いつ参戦してもおかしくない状況である。第二の封鎖が現実化すれば、日本・韓国向けの代替供給は一気に消える。
日本特有のリスク——複合危機の構造
ここで本題に入る。原油高そのものは世界共通の問題だが、日本にはもう一つ独自の脆弱性がある。円安と財政不安である。
積極財政路線に対して円売りが殺到し、円安が一段と進めば、日本は国際市場で石油や天然ガスの「買い負け」を起こす。ドル建て価格が同じでも、円建て支払いが倍になれば実質的に「買えない」状況に近づく。輸入インフレはさらに加速し、日銀は利上げジレンマに陥る。インフレ抑制で利上げすれば住宅ローン・企業借入・株式市場に重しがかかる。放置すれば円安がさらに進む。どちらに動いても痛手を伴う。
この悪循環が回り始めると、エネルギー価格・物価・金利・為替・財政・企業収益が同時に揺さぶられる。単独の危機よりも、複合危機のほうがはるかに深刻化しやすい。
歴史的な事例を見れば明らかである。1997年のアジア通貨危機ではインドネシア・タイ・韓国が同じパターンで通貨暴落と輸入物価高騰に見舞われ、燃料と食料の国内供給が混乱した。インドネシアではスハルト政権崩壊に至った。2010年代後半以降のベネズエラは通貨崩壊と原油輸出収入減が同時に起き、産油国でありながら国内でガソリン不足という事態に陥った。2022年のスリランカは外貨不足で燃料輸入が止まり、農機・物流が動かなくなって農業生産そのものが崩壊した。
燃料が止まれば、すべてが止まる
日本の固有のリスクを直視しなければならない。
第一に、食料自給率はカロリーベースで約38%しかなく、その輸入の大部分は船で運ばれてくる。船を動かすのは重油である。重油が買えなくなれば食料輸入そのものが止まる。肥料やエネルギーの輸入依存を差し引くと、実質自給率は10%とも言われるほどすくない。
第二に、農業の機械化率は極めて高い。トラクター、コンバイン、乾燥機、運搬車、すべてが化石燃料依存である。国内で米を作っていても、燃料がなければ収穫も乾燥も搬送もできない。
第三に、物流は完全にトラック依存で、鉄道貨物の比率は低い。燃料が止まれば物が動かない。
第四に、発電も火力依存度が約70%である。特に天然ガスに対する依存が大きい。燃料が止まれば電力も止まる。すでに述べたように発電は天然ガスに依存しており、天然ガスはその性質上あまり大量に備蓄しておくことができないので、ちょっと長く供給が途絶えようものならたちどころに停電となりかねない。
「自動車もコンバインもトラックも何も動かせなくなる」という想定は、決して大げさではない。複合危機が深刻化した場合の現実的なシナリオである。一度この状態に陥ると、自給を立ち上げようとしても農機が動かない。人力農業の生産性は機械化農業の数分の一でしかなく、人口を養えなくなる。これがスリランカで起きたことである。
積極財政そのものが悪いという話ではない。危機局面で財政拡大の信認が問われる状況になると、平時なら問題ない政策が引き金になり得るという、構造的リスクの話である。日本の政府債務残高はGDP比で世界最高水準にあり、いったん円の信認が揺らげば止めにくい。
備える側の戦略修正
前回投稿したエントリーにある備蓄・自給・交換の構造は、複合危機シナリオを前提にすると、いくつかの修正が必要になる。
燃料備蓄の優先度がさらに上がる。ただし家庭で備蓄できる量には限りがある。カセットガス、灯油、ポータブル電源、電池、ライター、ロウソク——これらを今のうちに揃えておくことが現実的な対応である。
長期的には、農機を使わない自給体制への移行が必要になる。サツマイモは植え付けから収穫まで機械をほぼ使わずに済む、数少ない主食級作物である。米は田植え機・コンバイン・乾燥機なしでは現実的に維持できない。「サツマイモ(やジャガイモ)を主力に据える」という方針は、複合危機シナリオで一層その重要性が増す。
金融的備蓄の意味が変わる。円が信認危機を起こすシナリオでは、円建て預金や日本国債は実質価値を失う。この場合、金・銀・暗号資産・外貨(米ドル現金)の役割が大きくなる。ベネズエラやスリランカでも、ドル現金を持っていた家庭は生き延びやすかった。ただし今回はアメリカドルも多額の借金などの理由や、トランプのハチャメチャのせいで信用が下がり売られやすくなっているため、絶対の安牌とまでは言えないことを念頭においておくべきだろう。
地域コミュニティの重要性がさらに上がる。物流が止まれば、半径数キロ以内で何が手に入るかがすべてになる。平時から顔の見える関係を築いておくこと——これは備蓄でも自給でも代替できない。
人力で動かせる道具の重要性が上がる。鍬、スコップ、鎌、手押し車、自転車、荷車。電動工具やエンジン式の機械は燃料が止まれば動かない。地味だが、これらの備えが効いてくる局面がある。
楽観も悲観もしない姿勢
備える側としては、起きないことを願いつつ、起きた場合に対応できる準備をしておく——これが筋である。過度に楽観もせず、過度に悲観もしない。
在庫でごまかせる時間は、もう長くないのかもしれない。ここから数週間は、原油価格、ホルムズ情勢、バブ・エル・マンデブ情勢、円相場、日銀の利上げ判断を、慎重に見ておくべき局面である。そして見ているだけでなく、今のうちにできる備えは進めておくべきである。
備蓄が時間を稼ぎ、自給が時間を伸ばし、交換が幅を広げる。複合危機の時代には、この三層に加えて、円という通貨そのものへの信認が揺らぐ可能性まで視野に入れた備えが必要になる。地味で面倒な作業の積み重ねが、最終的に家族を守る。それだけのことである。




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