「相談はあったが指示はなかった」「松井氏が主導した」だから首相本人の責任は別、切り分けろ論がある。 法律家として、社会人が最低限知っておきたい民法の条文を紹介しながら猿でもわかるように解説するので最後までお付き合いください。 まず大前提として、この世のすべての2人以上の人間の合意は契約であり、それ基づく行為は契約から生まれている。 「システム開発契約書」のようなタイトルが付いて弁護士が作成し双方が押印した書面があるものだけが契約ではない。 コンビニでおにぎりを買うのも売買契約、美容院で髪を切ってもらうのも準委任契約、友人に荷物の運搬を頼んで承諾してもらうのも委任契約である。 書面も押印も不要、口頭でもLINEでもZoomでも、申込みと承諾が合致すれば契約は成立する。 民法の最重要規定である522条1項を紹介する。 「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をしたときに成立する」 申込みと承諾というやつである。 本件では、木下剛志の「相談に乗ってほしい」「逆転するにはどうすればいいか」が申込みの誘引、松井健の「ネガティブな動画が効果的」という具体的提案を申込み、これに対する木下秘書側の了承を承諾と認定される。 ただし、どちらの発言を「申込み」(あるいはその「誘引」)と呼びどちらを「承諾」と呼ぶかは、意思表示の解釈という技術的な振り分けにすぎず、契約成立という結論を左右しない。 諾成主義の本質は意思表示の合致であり、いずれの構成でも申込みと承諾は合致し、本件で、準委任類似(民法656条・643条)の合意が成立する結論は1ミリも動かない。 だから「相談はあったが指示はなかった」という第1の切り分けは、契約法の基本構造の前で崩れる。 相談という外形であれ、そこに役務提供の合意があれば契約は成立するからだ。 合意の存在は推測ではない。 共同通信2026年6月7日の松井氏の証言、木下秘書から松井氏への67通のメッセージ、計8回のウェブ会議、2025年12月のZoom会議音声、総裁選1500本・衆院選1万本の動画作成・拡散という履行事実が、合意と委託の存在を客観的に裏付けている。 「無償だ」という反論も通らない。 委任・準委任は報酬の特約がなければ無償が原則であり(民法648条1項)、無償でも有効に成立し、受任者は無償でも善管注意義務を負う(民法644条)。 さらに無償の外形の裏に客観的対価関係があれば話は別だ。 中道改革連合の伊佐進一衆議院議員が2026年6月5日に指摘したとおり、現職首相の名を冠した暗号資産「サナエトークン」の発行・販売の許諾ないし黙認が、衆院選における動画作成という選挙運動の実質的対価だったと客観的に評価できる場合には、公職選挙法上の買収・利害関係利用の構成要件該当性が問題となり得る。 この点、立証は容易ではなく、メルチュ事件で神戸地検は選挙運動の対価として認められなかったと不起訴にした。 しかし「無償だから何の問題もない」という素人論は法的に成り立たない。 次に、第2の切り分け、「秘書との接点と首相本人の関与は別」について。 たしかに、首相本人が自ら指示・関与・認識していたことは別途立証を要する。 しかし、ここで民法715条。 「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」 使用者責任は使用者本人が加害行為に関与・指示・認識していたことを成立要件としない。 被用者である木下が事業の執行について第三者に損害を加えれば、使用者は自らの関与なしに責任を負う。 本件は中傷動画拡散による名誉毀損という不法行為であり、最高裁が示すとおり、当該行為が事業の執行を契機としこれと密接な関連を有するかで事業執行性は判断される。 秘書が陣営の選挙対策として動画作戦を遂行した行為は、まさに陣営の事業執行を契機としこれと密接に関連する。 しかも715条1項但書の免責は判例上ほとんど認められず、実質的に無過失責任に近い運用がされている。 整理する。 第1層、陣営と松井氏の委託関係の存在は契約法と客観的証拠で確実に立証できる。 第2層、首相本人の指示・関与は推認の域を超えない。 第3層、動画内容の違法性は別個の論点。 引用元の論は第1層の切り分けでは成立しない。第2層でも同じ。 なぜなら民法715条の存在により、本人の関与を立証できなくても、秘書(被用者)の事業執行性ある不法行為が立証できれば、使用者たる首相側に責任が及ぶ。 これが「相談と指示は別」「秘書と本人は別」という切り分けでは首相の法的責任を遮断できない理由。 以上、全力で拡散されてください。