【卓球】プロコーチ・時吉佑一がたどり着いた“卓球を軸にした生き方”
「卓球か、仕事か」25歳で下した決断。「一番めんどくさい人」と向き合うことで見えたもの
選手として全日本選手権ベスト8、全日本社会人準優勝という実績を持ちながら、現在は千葉・東京・神奈川で複数の卓球場を運営。パラ卓球の監督、ホープスナショナルチーム(HNT)女子コーチ、さらには吉村真晴のプライベートコーチも務めてきた。 その活動範囲は、競技卓球の枠を大きく超えている。 京都の名門・東山高校から早稲田大学へ進学。卒業後はグランプリ、住友金属物流でプレーしたが、仕事と競技を両立する中で、ある違和感を覚えた。 「仕事と卓球を両方やっていると、だんだん卓球が弱くなっていく感覚があった」 全日本選手権でスーパーシードとして一発負けしたことをきっかけに、時吉は大きな決断を下す。 仕事中心か、卓球中心か――選んだのは後者だった。住友金属物流を退社し、母校・東山高校でコーチをしながら現役を継続。生活は決して楽ではなかったが、その挑戦は2012年全日本選手権ベスト8という結果につながる。 その後、東京の卓球場で7年間プロコーチとして活動。街の卓球場では、高校指導とはまったく違う現実が待っていた。 「結構ひどいことも言われました。でも、一番めんどくさいなと思う人とうまく付き合えるようになると、仕事が一気に楽になるんです」 1日11時間レッスンを行う日もあり、週3〜4日はそんな生活。それでも、トレーニングを欠かさず、自身の練習も続けた。 30代半ばを迎え、時吉の考え方は次第に変わっていく。勝利至上主義から距離を取り、「卓球を軸にした生き方」へと舵を切った。 「日本一を目指す、という感覚ではないです。楽しく卓球をして、少しうまくなって、卓球人生がより良くなればいい」 指導でも無理強いはしない。フォームの修正も提案はするが、最終判断は選手に委ねる。 子どもからレディース、トップ選手まで、接し方は常にフラットだ。 日本代表クラスを教える経験は、一般指導にも生きている。吉村真晴のプライベートコーチも務めた実績を持つ時吉佑一。「海外のトップ選手の動きを見て、それを子どもたちに伝えられる。この子には、こういうフォームが合うな、と考える力がどんどん上がります」 現在は卓球場経営のほか、大学での指導、用具開発への助言なども行う。それでも、興味の中心は一貫している。「卓球人口を増やしたい。一般の人が気軽に卓球を楽しめる環境を作りたい」 時吉が最も大切にしているのは、結果や数字ではない。「お客さんも、コーチも、みんなの喜ぶ顔が見たい。それが一番のやりがいです」 競技者としての成功も、指導者としての実績もすべて通過点。時吉佑一は今も、「卓球を軸にした人生」を自らの手で形づくっている。 (卓球王国PLUS独占インタビューより一部を抜粋)