母は昔から、現実よりも“自分の作った物語”の中で生きているようなところがありました。
私は殴られないために、よく「体調が悪い」と言っていました。実際、脳天や肘の鋭い神経痛、頭痛、目や頬の痙攣、一日に何度も過呼吸を伴いながら、泣き続けたことによるものか酷い蓄膿症など、心身の不調もありました。
病院へ行くと、母の中で「病気の子どもを献身的に看病する母親」という芝居のようなモードが始まり、その間だけは束の間優しくしてもらえました。
ある日、筋肉と骨の成長が伴っていないことなどを理由とされた腰痛があり、母に言われて病院の車椅子に乗りました。
すると母は、その車椅子を3週間程度だったか勝手に持ち出し、「重病の娘を抱える健気な母親」のように振る舞うようになりました。
私も殴られたくなくて、その芝居に付き合っていました。実際には歩けたのですが、家の中でも膝当てを付け、足を引きずるようにして過ごしていました。
当時は、このまま本当に病気になって死ねたらいいのにと強く思っていました。
余命幾許もない難病の子どものような暗黙の設定の中で、母と車椅子で箱根のロープウェイに乗ったり、色々な場所へ行ったりもしました。
周囲の哀れみや心配の反応に、母が満足しているのを感じていました。
私はただ、殴られたくなかっただけですが、今振り返ると、本当に異常ですね。
こういう気持ち悪い話は他にもたくさんあります。
でも今は絶縁し、安全な場所で、自分らしく生きられていることに日々喜びを感じています。
Quote
フシギバナ
@bOnd2iUVQ937113
Replying to @ayaka_otsu
まじ?さすがに盛ってね?