一つのコインが表でもあり、裏でもある──。極めて小さな世界で生じる物理法則「量子力学」を応用し、従来のコンピューターよりはるかに速く複雑な計算を処理する次世代型計算機「量子コンピューター」。実用化に向け、開発競争が激しさを増しています。その中で「冷却(中性)原子型」と呼ばれるタイプへの注目が高まっています。どんな方法なのでしょうか。第一人者である愛知県岡崎市の分子科学研究所の大森賢治教授(63)を訪ねました。(梶山佑)
◆レーザーで止める
研究室を訪れると、卓球台のような台の上に真空容器や、レンズ、レーザー装置が所狭しと置かれていました。量子コンピューターの実験機です。
実験機に備え付けられたモニターには、格子状の点が画面に表示され、またたいていました。この点こそが原子。あったり、なかったりという量子力学の世界です。ルビジウムという金属原子が気体になり、真空容器の中に浮いている状態を投影しています。大森教授は「この部屋のように、常温環境で使えることが冷却原子型の良さの一つ」と説明します。
では、なぜ冷却原子型と呼ばれるのでしょう。これらの原子は、レーザーで動きを止める「レーザー冷却」という技術で絶対零度(マイナス273度)近くにまで冷やされているからです。さらに、原子一つ一つをレーザーでつまむ「光ピンセット」という技で整列させて原子同士を連動させることで、従来のコンピューターの中央演算処理装置(CPU)に当たる役割を果たしてくれるのです。
大森教授らの研究グループの強みは、超高速レーザーによる「アト秒」精度の量子制御の技術です。原子や光子などの量子は極めて速いスピードで動き回っていますが、100京分の1秒、すなわち原子が動くか動かないかという一瞬の精度でコントロールしています。
研究グループは、冷却原子に瞬間的にレーザーを当てる独自の方法を考案。2016年には近接する複数の原子に瞬間的なレーザーを照射して電子軌道に介入し、相互に強い力で関係し合う状態にすることに成功しました。その後、量子コンピューターの分野に本格的に進出しました。
◆途上
スパコンなど通常のコンピューターは、ビットという最小単位を組み合わせて計算を進めます。一方、量子コンピューターで使う最小単位は量子ビットと言います。そこでは0と1が重ね合わせ状態になっています。研究グループは22年、二つの量子ビットを連動させて行う演算操作(2量子ビットゲート)の速度で、当時の冷却原子型で世界一早い記録を出しました。
量子コンピューターの基礎概念が提唱されたのは1980年代。いくつかの方法が提唱されていますが、どれが本命になるかはまだ分かりません。これまで超電導物質を使う「超電導型」が先行し、「イオントラ...
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