地元視点で【町田美大生井出真代さん失踪事件考1】渋谷歯医者編 | 人はパンのみにて生くる者に非ず 人生はジャム。バターで決まり、レヴァーのようにペイストだ。
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これまで色々と未解決事件について記してきたものだが、中でもリアルタイムで最も衝撃を受けたのは以前記したように八王子スーパーナンペイ事件であった。当時好意を寄せていた女子が八王子の割と奥の方から通学してきており、女子高生が犠牲になったとの報からもしやと思ったものだ。あの夏の日の記憶は忘れられない。しかしそうは云っても事件自体は個人的にさほどの馴染みのない八王子での出来事である。それに比べて本件は馴染み深い場所が現場となっているのに全く実感と云うものが湧かない。発生は1999年の夏であるからスーパーナンペイよりも4年新しいと云うのに。だがそれもその筈、永らく家出人扱いされており、捜査開始が報道されたのは2015年末のことである。そして現在、更に7年の時が経過しようとしている。しかしながら1999年から2022年の変化は、1976年から1999年までの変化よりも大分緩やかなものであることが多少の救いではあるかもしれない。現場となった(かもしれない)横浜線成瀬駅開業は1979年、町田駅移転開業は1980年のことである。70年代末から80年代初めに掛けての劇的な街の変化に比べれば、このところの変化は極めて部分的なものだ。

本件の現場候補は、成瀬・町田・渋谷の3か所である。先ず今回、現場候補としては最も可能性の低い、しかし最も事件に迫る上で顕著な影響力を持つ渋谷について記し、次回に成瀬、次々回に町田について記す予定である。

本件は1999年8月13日に発生したと思われている。被害者は町田市成瀬地域在住。美大(恐らくは多摩美)1年生。この日早朝、両親と弟が愛知県へ帰省、その後、もう一人の弟が泊りがけのバイトの為、家を離れた。一人となった被害者は夕方5時50分、成瀬駅近くのレンタルビデオ屋に来店後、成瀬駅方向へと歩いていった。これが最後の目撃証言となっている。被害者は前日に町田一中のプールに出掛けており、家から水着が無くなっていることから、この日もプールに向かう為に成瀬からJR横浜線に乗って町田へ行ったものと推察されている。

さて、渋谷である。被害者も当初、両親と共に愛知へ帰省することになっていたが直前になって、渋谷の歯医者へ行くことを理由に強硬に拒絶、結局そのまま押し切る恰好となったものである。歯医者予約日は翌14日。口からの出任せではなく実際に予約していたようだ(実際に予約していたと個人的にも考えている。理由は後述)。本件を取り巻く感想・考察でよく見掛けるものに「なぜ渋谷の歯医者?」と云うものがある。遠いだろう、馴染みの薄い場所だろう、と云うわけである。しかしそうは思わない。

町田と云うとどうしても小田急のイメージがある。したがって「新宿なら分かるが、渋谷!?」と云う反応にもなりがちである。だが東急田園都市線の駅が南部に3つ存在、町田駅周辺にも当時、東急百貨店と東急ハンズがあり、後に109も進出した。町田は東急の町でもあるのだ。そして成瀬の立地は、町田駅と東急田園都市線接続駅・長津田の中間となる。東急田園都市線とも近しい存在なのである。何よりも乗換が楽なのだ。町田でのJRと小田急の乗換は屋根付きペデストリアンデッキが整備されているとは云え、一旦外へ出なければならない。特に狭い小田急町田駅入口付近の通路に人が殺到するのもマイナス材料だ。しかし長津田でのJRと東急との乗換は、外に出ることなく短い距離での乗換となる。加えて長津田から渋谷まで急行で30分。対する町田から新宿までは急行で35分掛かる(快速急行は当時存在せず)。寧ろ渋谷は近いのである。運賃も東急の方が安い。席に座れる確率も東急の方が高い(各駅停車なら45分掛かるがほぼ必ず座れる。小田急も各停なら座れるが、通過待ちが多く所要時間が掛かり過ぎて使い物にならない)。以上の要素を鑑みれば、渋谷と云う設定に不自然さは全くない。町田南部の多くの人間にとって渋谷は、新宿以上に身近な繁華街であり、田園都市線沿線の方に小田急沿線以上の親しみを持つ。

「渋谷」と云う被害者のチョイスは中々絶妙なものだったように感じられる。「歯医者」と云うのは愛知への帰省に同行しない為の口実である。毎年恒例の帰省を撥ね付ける特別感と云うものがなければならない。が、「町田の歯医者に予約」では、特別感が出てこない。家から離れた場所ならどこでも良いわけでもない。特別感を出す為には、都心方向でなければならない。例えば「(横浜)桜木町の歯医者」よりも「都内の歯医者」の方が良い。実際、被害者は親から「近所や帰省先にある歯医者」を薦められている。「桜木町の歯医者」だった場合、そこに「都内にもっと良い歯医者がある筈だからやめておきなさい」が加わることになる。帰省同行から逃れる為にはブランド力が必要なのだ。

そこで渋谷である。場所的に特別感があり、それでいて通いやすい。それに新宿なら「女の子が一人で歩くのは危ない」とでも云われそうである。けれども渋谷は若者の街、女子高生の街である。1999年8月と云えば、浜崎あゆみが渋谷の女子高生のカリスマだった時期だ。渋谷の歯医者の予約日である14日の僅か3日前の8月11日に発売されたマキシシングル「A」は浜崎史上初めてミリオンヒットを記録したシングルとなった(この後、前作の「Boys&Girls」もミリオン達成)。大学1年生である被害者が「女の子一人で渋谷を歩くのは危ない」とは云われないのである。当時の自分自身を振り返ってみても、渋谷や池袋でピリッとしたことは皆無だが新宿は、歌舞伎町では無くJRの駅構内であってもピリッとしたことは何度となくある。「色んな大人の街」として新宿には独特の雰囲気があったものだ。そして兎に角、人の数が多い。新宿の人の多さは、渋谷の人の多さとはまた異質なところがある。渋谷の人の多さは谷底に展開する地形上の制約に由来する面も大きいが、新宿は平らな台地上に展開しながらあの人の多さなのである。

被害者は多摩美生と見られるが、多摩美のキャンパスは八王子の他に上野毛にもある。つまり成瀬は両方のキャンパスの中間に位置するベストポジションなのだ。デザイン会社経営の父親も多摩美OBであるようだから、成瀬に住むことを決めたのは、ことによるとそれが理由なのかもしれない。上野毛は田園都市線で二子玉川まで行き、大井町線に乗り換えて一駅の場所だ。親からすれば、渋谷は上野毛の先にある場所と云う意識になる。新宿に比べて遥かに異質感がない。被害者は場所の選定に心血を注いだのだなと云うことが偲ばれる。被害者は本気なのである。この本気度合いを見れば、実際に予約もしたのだろうと思うものである。そして実際に通う気も満々だったことであろう。きっかけは帰省同行拒絶の口実であったとしても。

被害者はモデル活動もしていたと云うことで(したがって美しい姿の写真を目にするわけである)、歯医者は口実であって、実は撮影会の類があったのではないのか、撮影関係、芸能関係の誰かと会うことになっていたのではなかろうかとの声もある。しかし被害者は親に対して嘘は云わないのだろうなと見る。親と同じ大学に通っていたとするなら…親に愛校心があって事ある度に母校への進学を推薦していたのだろうなと思うものである。早慶等ではないのだから余計にそのように感じる。親と同じ美術関係、親と同じ大学…女子であることも加味して「管理」と云う要素はどうしても感じてしまう部分がある。こうすれば親が喜ぶのかなと云う「忖度」も見え隠れする。が、親は自由もきちんと与えている。髪は茶髪である。モデル活動も許容している。被害者本人としても親から信頼されていることは自覚している筈だ。したがって、嘘をつくことはしない。折角の自由が取り上げられて管理が強化されるリスクがある。渋谷行きの目的は飽くまでも歯医者であろう。無論、折角の渋谷であるからついでにHMVに行く・Bunkamuraに行くと云ったことは考えていたかもしれないが。

以上の点を踏まえつつ、何故そこまで強硬に帰省同行を拒絶したのかと云う話になるわけである。本件は永らく家出扱いされてきたものだが、この用意周到性と強硬性を見るにつけ、確かに家出扱いとされそうだなとは思うのだ(勿論、家出にしては軽装に過ぎる不自然さはあるわけだが)。反論され押し切られることのないように、帰省直前になって突然反抗し、絶対的守護神「渋谷」を持ち出してきた。そうやってどうしても帰省したくなかったわけであるが、原因として思い浮かべるものは二つある。一つは親からの精神的自立・独立と云う観点である。先述の通り、親の管理と云う面は感じるところだが、自分の学生時代を鑑みても、実家住まいの女子と云うものはマァこんなものだろう、と思うわけである。親からの管理が特段厳しくは無くとも、男子に比べればやはり女子には管理されている感と云うものはあった。被害者の親は自由を与えて、本人のやりたいことをやらせているわけで何か問題があったとは思わない。ただ、本人がどう感じていたかはまた別問題である。一連の流れを見るに本人としては、親の認める範囲内での自由を享受していたに過ぎない、と云う意識が恐らくあったのだろうと見る。だからこそ恒例行事であり、いわば忖度の殿堂的存在であった、帰省と云うものの拒絶に拘ったのではなかろうか。したがって8月13日早朝に初めて、親に反旗を翻した上での自由を獲得した…これが真の自由への第一歩であると、そんな風に感じていたのかなと推察するものである。

しかし一つ目の原因と云うものは、被害者の自我が爆発した結果としてのものであって、自我の爆発そのものの原因とはならないわけである。では何故、被害者の中で自我の爆発と云うものが起きたのか…一部云われているようにそれは被害者がレズビアンであったから、と云うのが最も合理的に説明のつくものであるように思うものである。ヴィジュアル的にも、傾向として大いにあり得ることだなと感じるが、それ以上に被害者の中から湧き上がる自己表現に対する強烈な欲求と云うものにこそ求められる。被害者は元々、絵画を通して自己表現してきたものだが、次にモデル活動をスタートさせ、更には演劇に対する興味を募らせていたとの由。絵画と云う間接的表現からモデル、演劇と、どんどん身体性を高めているわけである。この満たされない思い、抑えきれない身体的表現への欲求はどこから来るのか。それはやはり己の身体についての関心・葛藤によるところなのであろう。

そこで興味深い話として被害者と懇意にしていた男性先輩の話と云うものがある。自身の誕生日である8月20日に美術館に行かないかと被害者を誘ったが、予定が入るかもと云う風にして暗に断られたと云うことであった。本件を扱っているネット上の記事は多くあるが、この話を扱っているところは一部に止まる。ガセか否か。そこで情報元はどこなのか調べてみたところ、2018年10月27日放送の「特捜!最強FBI緊急捜査」からであることが分かった(一応、ガセではないと云うことである)。この先輩は被害者に対して好意があり、被害者もまた好意を寄せていたのだろう。が、先輩のそれは恋愛感情に因るものだったが、被害者のそれはそうではなかったわけだ。

それでは単純に先輩個人に対しての恋愛感情と云うものが持てなかったからであろうか。そうは感じられないのである。ズバリ、帰省を拒絶した最も直接的動機が、キャンパスライフについて帰省先で根掘り葉掘り訊かれるのが嫌だったからだろうと見るからだ。必ず「ボーイフレンドは?」とか「素敵な人居た?」と云った話になる。更には親戚の○○ちゃんが結婚したとか、ご近所の○○さん家の娘さんが不倫されて戻ってきたとか、そう云う話になりがちである。それで「ちゃんとした男の人に出会わないとねー。ちゃらい男に引っ掛からないようにしないとねー」みたいな話にもなるわけである。そう云った帰省先に於ける展開性と云うものが嫌だったのだろうと見るものである。

先輩に対する被害者の微妙な距離感…デートをはっきりとは断らずに有耶無耶感を持たせる。好意を抱いてはいるが、密着しない。慕いつつも、男女の関係は望まず、拒絶したいが相手を傷つけたくはない、関係性を壊したくはない…そう云ったものを感じるところである。これが結構なストレスとして圧し掛かっていたのかもしれない。だからこそ帰省に対して非常にネガティヴな評価を採るに至り、あのような強硬な態度で拒絶したのだと見るものである。「ボーイフレンドは出来たの?」と訊かれれば、件の先輩のことが脳裏をよぎる。先輩のことを親に話していたのであれば、親が本人に代わって先輩の話を出してくるだろう。…しかし何故それをそんなにも嫌がるのだ? …とするなら、レズビアンであると云うことが最も腑に落ちる推察と云うことになるものである。被害者の内にあった急速な自我の爆発が強烈な欲求や衝動を生じさせて、不幸にもそのことが本件を引き起こした元凶と云うものになったものと見るものだが、次回は、本件がどこで発生したのか(渋谷で発生したとは考えていない)、成瀬編、そして町田中心部編と云う形で見ていきたい。
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