Common(社会学概論/社会的コミュニケーション論/外国書研究)

外国書研究

 テキストの変更

   2025年度版  

        J. M. Charon, ch. 2前半

        Reference Groups as Perspectives

社会的コミュニケーション論

     

社会学概論

2026/06/08a)

「有機的」は、身体のようなイメージです。

 心臓、肺、胃、手足は別々の部分ですが、互いに関係し合って一つの身体を作っています。

 社会も同じように、個人がランダムにただ並んでいる--放り込まれている--のではなく、一つの「まとまり」を作っている。ある程度秩序だったまとまりです。これを来週、再来週の授業では「集団」「組織」と言ったり「システム」と言ったりします。

「統一」とは、その都度その都度「統一」される、「作られる」ということです。

 でも作られるとは、「まとまる」だけではありません。「壊れ」もします。「まとまって」「壊れて」「まとまって」「壊れて」を繰り返す、ということです。

 それをジンメルは「生成」「消滅」の繰り返し、と表現しています。

 社会化、また出てきましたね。Socializationの方ではありません。フェアゲゼルシャフトゥンクの方です。

 人々が相互作用(心的相互作用)を通じて、一つの「まとまり」=「社会」と化す、そのプロセスという意味だったですよね。

 ジンメルは、社会の出発点を2人ではなく、3人からだ、と考えました。これは後ほどスライドで説明します。

 ジンメルは相互作用の「形式」を研究対象に据える、としました。では、「形式」とは何か?

 「目的関心の社会的実現における形態」と説明しています。

 「勝ちたい」⇒スポーツで勝ちたい⇒試合で競い合う。

       ⇒勉強で勝ちたい⇒模試や学力考査での順位で争う。

       ⇒意中の異性を勝ち取りたい⇒恋のライバル関係で勝利する。

 どれもちがう「勝ちたい」です。目的の中身が違います。しかしいずれも、それを実現するには、「競争」という形式を必要とします。この「形式」をジンメルは「形態」と呼んでいます。

  政治家が選挙で勝ちたい、企業の経営者が市場で勝ちたい、弁護士が裁判で勝ちたい、学者が学界の大物になりたい。どれも「競争」という形式を伴います。

  目的の如何に関係なく、どの場面にも、競争という相互作用の形式を認めることができる。他の社会科学が「目的」(これを「内容」と呼びます)を研究対象とするならば--少なくともジンメルはそう考えました--、社会学はこの「形式」を研究するんだ、と。

 その上で、彼は「形式」は「目的」と関係なく発生するんだ、と捉えました。「それに関係なく展開」の意味するところです。

 通常私たちは、まず目的があって、それを実現するために形式がある(ないしは「ある形式」を「採用する」)と考えます。間違いではありません。そういう場合もあります。多々あります。しかしジンメルは「真逆」に着目しました。

 形式が目的を規定することがある。

 ある男女が友人同士だったとします。しかし、友人として付き合っていくうちに互いに惹かれ合うようになった、とします。

 このとき、友人という形式が恋愛感情という内容を生み出した、と説明できます。ジンメルならそのように説明します。

 自他共に恋人関係と認め合うようになり、今度は恋人として付き合うようになった、とします。今度は内容が形式を選択しました。

 そこで太郎は花子とデートするようになり、そのデートのときには、そのデートにふさわしい形式を意図的に選択するようになります。例えば、恋愛マニュアルに沿ってデートを重ねていったとします。

 しかし、そのありきたりの、紋切り型のデートを重ねるうちに、お互いにドキドキ感がなくなってしまい、恋が冷め、別れてしまいます。デートという形式が「恋心の喪失」という内容を生み出してしまった、と説明できます。

 結婚詐欺というのは、まさしく形式が内容(恋愛感情)を生み出す極限例です。

 詐欺師の方は当然ながらカモに対して恋愛感情を抱いていません。しかし、カモは抱いています(あるいは抱く「ようになり」ます)。何故でしょう? 詐欺師がイケメンだから? 美女だから? おそらく違います。

 もしそうなら、「そうではない人は」SNSでカモを釣ることはできません。いやいや、イケメンの写真を使えばいいじゃないか、と思うかもしれません。でも、もしそれが正しいならば、美形の写真を使えばみんな結婚詐欺に成功する、ということになってしまいます。「俺イケメン、君が好き、だからお金ちょうだい!」では無理です。なので多分違います。じゃぁ何が決め手なのか?

 関係の作り方です、“恋は盲目(Love is blind)にする”「持って行き方」です。“わくわくドキドキする”形式で“好きになっちゃった”という内容を生み出そうとするのです。

 さて、ジンメルは、そうした「形式」の例として、「他者の模倣、上下関係、秘密、社交、恋愛」などを挙げていますが、そのどれもが「結合」と「分離」という「一見」相反する「ように見える」二つの結果の契機(きっかけ)となり得る、と説明しています。どちらにもなり得るというのです。

 例えば「秘密」。3人いるとして、二人が秘密を共有したとします。残りの一人がそれを「知ってしまった」とします。おそらくは2対1に「結合」「分離」します。

 例えば戦争。これは「分離」しかない、と思うかもしれません。しかし、「征服/被征服」という「上下関係」に至るプロセスかもしれません。他方で「同盟関係」という「結合」をもたらすかもしれません。

 というよりも、それ以前に“お互いに相互規定関係にある”=“互いに相手の出方に自分の選択肢が左右される”という点では、すでに両者には関係があるんです。ジンメルはそう考えます。

 つまり、結合も分離も「消滅」ではないんです。どちらも社会の一つのあり方だ、とジンメルは捉えます。

 じゃぁ「消滅」とは何か。それはおそらく「無関係」のことです。関係がなくなることです。

次のスライドです。

 結合して、一つの社会をなす。

 その中で相互に影響を与え合う。

 その後、分離するのだが、そのときには、個々人は「変化」している。それが「成長」か「劣化」かはともかくとして。

 人々の社会的行為が相互作用を生み出すのだが、今度は、その相互作用が、逆に、それぞれの社会的行為の担い手に影響を及ぼし返している。色が変わったというのはそれを意味しています。ここが重要です。相互作用は社会的行為の単なる総和(足し算)ではない、ということの意味です。

次のスライドは、さらにわかりやすく、相互作用は社会的行為の足し算ではない、ということをよく示しています。

 3人の人間が一緒に相互作用を行っているとき、3人が同じように個別に対等に相互作用し続ける、というのは実は難しいんです。

 Aさんは、Bさんに対しても、Cさんに対しても、社会的行為を行うことで両者の間に相互作用を発生させることができます。

 しかし、「BさんとCさんの相互作用」に対して社会的行為を行う、ということは無理です。Bさんに影響を与えることで、Cさんに影響を与えることで、間接的に「BさんとCさんの相互作用」に影響を与えることはできますが、直接は無理です。

 つまり、3人以上の人間が相互作用を行うと、そこにかなりの確率で、ある個人から見て、直接手出しのできない「相互作用」=「社会」が発生し、その個人に対して一方的に影響を行使してくるようになる。

「社会」(3人社会)のなかにもう一つ“社会”(2人社会)が生み出されるのです。

 これは行為論では説明できません。

 ある「形式」において相互作用が行われ、その形式が固定化し、「関係」--という強固な「形式」--となり、その関係のなかで相互作用が継続し、BとCを「まとまり」にし「固めて」、Aに影響を及ぼすようになる。これが相互作用論の視点です。

 次のスライドは総括です。相互作用が発生すると、社会的行為の担い手たちは、ある一定の「まとまり」にまとめられていく。これが「社会化」です。「まとまる」ということは、そこにいる人々の間に「関係」すなわち「社会関係」が張り巡らされるようになる、ということです。

 

 次のスライドです。今度は、この「社会関係」が、思いっきり、個々人から離脱し、一つの生き物のごとく、個々人に影響を行使します。お互いに喧嘩するつもりは全くなかったけど、いつのまにか喧嘩になって、ヒートアップして、互いに怒りが収まらなくなって、絶交する。「なんであんなことになったんだろう」とお互いが思うなら、それは相互作用がお互いに喧嘩をさせたのだ、と相互作用論は説明します。

 さて、相互作用が個々人に影響を行使する際に、その社会関係が駆使する(フル活用する)ツールがあります。それが「役割」です。

 役割とは、スライドのように定義できます。「セット」というところが重要です。一人だけ、一つだけ、では成り立たないんです。あくまで、複数の人間から構成される社会関係において「初めて」なりたちます。店員だけでは店員の役割はこなせません。そこに客が居てはじめて「店員」の役割が遂行されます。

 人間は、ある社会関係に置かれると、否応なく、ある一定の役割を「他者(たち)」から(というよりも社会関係から)要請されます。やれ、と命じられます。これが「役割期待」です。

 役割は大別して二つに分けられます。詳しいことは、後のスライドで説明します。

 ところで、役割期待に応じて役割を遂行することを「役割演技」と言います。Goffmanによれば、人間は「役割期待に基づいて」=「役割期待を前提にして」、自分を、ある一定のやり方で、その場にいる他者たちに、プレゼンします。見せます。

 私は、ここでは、概論の講師であることを期待されているので、そのように自分をプレゼンしています。これが職業的ペルソナです。業績本位で、普遍主義的に、機能的限定的に、感情中立的に、集団本位(Parsonsパターン変数)でプレゼンしようと心がけています。

 自分が置かれた社会関係によって役割期待は異なります。

 Aという社会空間ではAという社会関係が、Bという社会空間ではBという社会関係が、Cという社会空間ではCという社会関係が、というふうに、社会空間(場面)毎に社会関係が設定されています。人間は、場面に応じてどの役割を遂行するかを選択しなければなりません。これが役割選択です。

 しかし時に、異なる場面が同時に発生し、異なる役割が同時に要請され、その要請された役割が互いかみ合わないことがあります。役割葛藤です。

 それぞれアニメーションで見ていきましょう。

「いつもの」で会話が通じるのが「人的役割」を介した社会関係ですね。そこで「今日はあれができるよ」と店主が言ったとします。「あれ」というのは、前にこの常連客が来たときに気まぐれで店主が作って出したところウケが良かったものです。

 この役割の組み合わせは、この二人の関係でしか通用しません。一見さんでは「一体何だろう」となってしまいます。

 ところで、この関係は、店主か客の一方だけではなく、双方が互いに「おれたちは人的役割で結ばれている」と認め合わなければ成り立ちません。自分は常連のつもりでも店主から常連と思われていなければ、「いつものちょうだい」と言ったところで、「えーっと『いつもの』とは? あなたは誰?」と言われて相互作用が乱れます。つまり、この関係は、Parsonsで言えば「個別主義」です。

 その反対、普遍主義に相当するのが、機能的役割です。これは誰と誰の間でも成り立つんですね。否、成り立たなければならないんです。相互作用する人間の属性や人格は関係ないんですね。誰にでも適用できる(=汎用性が強い)ということです。

 ここで両者の振る舞いのあり方を規定しているのが、接客マニュアルですね。特定の誰かが「ああしろ、こうしろ」と言っているわけではないんです。より正確に表現するならば、接客マニュアルに基づいて成立している両者の社会関係が、両者にこのような振る舞いを強いているわけです。

 行為論を使えば、例えばParsonsなら、接客マニュアルという規範に基づいて両者が相互に社会的行為を行い合っている、と説明するでしょう。ならば相互作用論は要らないのでは? と思うかもしれません。

 相互作用論はちょっと違う説明をします。確かに接客マニュアルが規範になっています。しかし、接客マニュアルが規範であり続けることを可能にしているのは、他ならぬ、このマニュアルに基づいた相互作用(形式)が継続しているからだ、と。このように説明します。

 行為論は、規範が規範たり得るゆえんを説明しません。相互作用論は、相互作用を規範によって説明しますが、規範も相互作用によって説明します。

 相互作用において支持されない規範は、その効力を失って、名目だけのものになってしまいます。その効力を保とうと思えば、規範は、相互作用の中で支持され続けないといけないんですね。肯定的に用い続けられないといけないんです。

 自転車の交通ルール、今、とても厳しいですよね。でも警察はいきなり罰し(取り締まり)始めたわけではないのです。昔から、自転車には自動車と同じように交通ルールが適用されていたんです。法律上は!!

 でも誰も守らなかった、警察も取り締まらなかった。だから、長らく「名目だけ」のものになっていたんです。

 役割選択です。ここで「地位」という言葉がありますよね。第3回の講義では、社会や集団における位置づけ、と説明しました。間違いではありません。しかし、個々人は社会から何らかの地位に割り振られ、その地位に基づいて役割が決まる、という説明は「不十分」です。

 というのも、このような状況では、個人は、まず以て、「地位」を「選択する」ところから始めなければならないからなんですね。この場で生じてしまった相互作用それ自体が、この個人に地位の選択を迫っている。

 私の義理の父は、今の法学コースの教授でした。

 この鹿児島大学という場は、いつも役割葛藤の楽園でした。

 大学での情報は義母を通じて妻に筒抜け。家庭での情報はやはり義母を通じて義父に筒抜け。私はどちらに居ても、双方の場面を考慮して<地位の選択>(というよりも「地位の創出」)を行わなければなりませんでした。

 最後です。

 人的役割(に特徴付けられた相互作用)を表出的コミュニケーションとして、機能的役割(に特徴付けられた相互作用)を道具的コミュニケーションとして、それぞれ捉えることができると思います。

 前者はコミュニケーションそれ自体が目的となっているコミュニケーションで、後者はコミュニケーションが何かの手段となっているコミュニケーションです。

 ある「形式」でコミュニケーションをしていくうちに、いつの間にか「目的や関心」(内容)が変化して、別の「形式」に変化してしまう、ということが多々あるかと思います。

 ある大学院生がいました。修士論文を提出して、その審査が始まるまでの間に、しきりに「バドミントンをしにいきましょう」と誘われました。「審査が終わったら行こうね!」と言い続けました。審査が終わって、今度は私の方から誘ったら

「忙しいので。。。」と断られました。まぁ、非常にわかりやすかったです。

まとめ

 相互作用の内容と形式は、相互規定関係にある、と理解しておいてください。


[1]2026/05/10b)


2026/05/10a)

 桑原司. シンボリック相互作用論序説(3). 『経済学論集』(54)鹿児島大学経済学会. 2019-03-08. URL:https://web.archive.org/web/20180913081530/http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1165035/ecowww.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/kuwabara/phd14.jpg. Accessed: 2019-03-08. (Archived by WebCite® at http://www.webcitation.org/76iOsvaAh)[2]

2026/04/26e)

[3]


[4]


2026/04/26d)[5]


2026/04/26c)[6]

   


2026/04/26b)[7]


2026/04/26a)[8]

     


2026/04/19h)

「社会化」という言葉は、社会学では三つの意味で用いられている(桑原 2001[9]: 81-82)。

しかし、殊に社会学の用語で用いられる場合には、十中八九(80%?)、3)の意味だと思って良い。2)の意味で使うことはそんなに多くない(18%?)。1)の意味で用いることは、ジンメル研究の文脈においてだけである(2%?)[10]

2026/04/19g)

2026/04/19f)


2026/04/19e)


2026/04/19d)


2026/04/19c)


2026/04/19b)[11]


2026/04/19a)


[1] https://megalodon.jp/2026-0523-2218-41/https://docs.google.com:443/document/d/1YBWYDd4UMmH5x_A_7eyM0b5CPEWV73fbRHmlN5KmS28/mobilebasic

[2] https://megalodon.jp/ref/2025-1217-1247-44/https://archive.md:443/MxwN1

 

[3]  織、国家)という(桑原 2001: 83)

[4] 「どを挙げている」

http://web.archive.org/web/20230218060548/http:/web.archive.org/web/20180913081519/http:/warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1165035/ecowww.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/kuwabara/phd15.jpg]。

[5] 桑原司、2003年「『シンボリック相互作用論ノート』のweb公開について」『鹿児島大学総合情報処理センター「広報」』No. 16、12頁。

[6] 桑原(2001: 82)

[7]  桑原(2001: 85)

[8]   P. L. バーガー著(水野節夫・村山研一訳)、1979年『社会学への招待』筑摩書房、134-135頁。

[9] Stocks(桑原専用): URL access log Archiving 2 Wayback1 Wayback2 

[10] しかもである、2)3)の原語が「Socialization」であるのに対して、1)は「Vergesellschaftung」である。原語からして違うのだ。そもそも「異なる意味の異なる外国語」に「同じ訳語」を当ててしまっているのだ。

[11]  デュルケム著(宮島喬訳)、1978年『社会学的方法の規準』岩波書店、51-52頁。

Cf. [https://drive.google.com/drive/folders/1vXy1s3Vn3kYuKbV8LRMdATLEMXM-WgqI

桑原専用:[https://web.goodnotes.com/s/Y3FDrtILTZMe9LcyWpRJA2