薄暗い個室の照明は柔らかい。
オナクラの部屋は、彼にとってどこか治療室のようでもあり、
懺悔室のようでもあった。
女性はベッドに腰かけ、淡々とした、仕事の表情で彼に接する。
期待も、失望も、興奮も求められない。
男は個おもむろに、目の前の女性に射精の快感のしょぼさを打ち明ける。
女のような反応が起こらない身体。
ただ液体が排泄されるだけの感覚。
彼は自分の“弱い部分”をそっと差し出すような感覚になる。
女性との言葉のやり取りが、男の中に小さな安心感を生む。
無言で見られるだけでは味わえない、心が少しずつ解放される感覚だ。
触れても、そこに快感はほとんどない。
やがて、緊張が一瞬だけ鋭く走る。
反射的な、短い終わり。
快感というより、機械的な頂点。
脱力が訪れ、男は静かに息を整える。
女性の存在は、彼の情けなさを受け止め、肯定してくれているように感じる。
その体験の底には、幼少期の家庭の影が静かに横たわっている。
母親は性器や性行為の話を徹底してタブー視し、触れることや自慰を知ることすら抑圧した。
性に関わる行為は恥や汚れと結びつけられ、体の一部でありながら、「見せてはいけないもの」として刻まれた。
今、オナクラで射精のしょぼさを言葉にして、女性の目で認めてもらうことで、過去の抑圧に向き合い、少しずつ解放される。
満たされたわけではない。
癒えたわけでもない。
ただ――
“弱い部分を受け入れてもらえる場所を、彼はずっと欲している。