辺野古沖事故“政治的中立性に違反”文科省の判断に波紋広がる
アメリカ軍普天間基地の移設工事が行われている沖縄県名護市辺野古の沖合で、研修旅行中だった京都府にある同志社国際高校の女子生徒など2人が死亡した船の転覆事故をめぐって、文部科学省は、高校の教育内容が偏っていて、政治的中立性を定めた教育基本法に違反すると判断し、学校側に改善を求める指導通知を行いました。
この文科省の判断が波紋を呼んでいます。
学校現場での模索や、専門家の受け止めをまとめました。
教員らが会見「学校現場は萎縮 政治教育が後退するおそれ」
文科省の判断について、主権者教育に取り組んできた高校教員や研究者などあわせて5人が、都内で会見を開きました。
このうち東洋大学の林大介准教授は「政治的中立性については、3年間という長期的な学習活動を通じて保障されているかどうかを判断すべきで、ある場面だけで過度に問題視すべきではない」と主張しました。
そのうえで「18歳に選挙権が引き下げられた2015年以降も、学校現場では政治教育の指導を避ける雰囲気がある中で、今回の判断で学校現場は萎縮し政治教育が後退するおそれがある」と話していました。
また政治教育に取り組む学生団体「ミラコエ」の谷昊埜さんは「高校の教育内容をふまえると文科省の判断は妥当だと思う。しかし、学校が萎縮して政治教育を行わないことは絶対に避けないといけない」と訴えていました。
主権者教育に取り組む学校現場からは懸念の声
「政治的中立性」を逸脱したとした文科省の異例の判断。主権者教育に取り組む学校現場からは懸念の声が上がっています。
東京 東久留米市の私立高校、自由学園高等部の大畑方人教諭は長年、社会問題をテーマにした主権者教育に取り組んできました。
この日、3年生の「政治・経済」の授業で扱ったテーマは「日本国国旗損壊罪」についてです。
まず大畑教諭は「日本の国旗を損壊した場合に処罰する法案をつくるかどうか議論されています。みなさんはどう考えますか」と問いかけました。
そして生徒たちは「すでに外国の国旗は罰則の規定があるので納得できる」とか「思想の制限につながるのでやりすぎだ」などさまざまな考えをワークシートに記入しました。
そのうえで大畑教諭は「政治的中立性」を保つため、テレビニュースや複数の新聞社の社説を通して多様な考えがあることを提示しました。
そして自分とは異なる意見も理解することで考えを深めようとそれぞれに与えられた賛成・反対の立場に立って、グループで議論しました。
女子生徒は「反対の意見の中にも自分が想像できなかった考え方があり、自分の意見を深めるためにも異なる考えを知ることが大事だと感じた」と話していました。
大畑教諭はこうした日頃の授業に加えて、選挙の前には投票の参考にするため、消費税や憲法などその時々の選挙の争点をテーマにして授業や模擬投票を行ってきました。
自由学園高等部 大畑方人教諭
「今回の文科省の判断で憲法改正や原発、選択的夫婦別姓など論争のあるテーマを扱う際にはこれまで以上に気を遣わないといけないし、その負担を考えると『やめておこうかな』という考えにもなりかねない。生徒たちに現実に起きている社会問題を考えさせる機会を失うことにならないか心配している」
沖縄で子どもたちに平和学習を行う団体にも影響
沖縄県で子どもたちに平和学習を行う団体などからも懸念の声があがっています。
嘉手納町観光協会の菊地尚子さんは、修学旅行で訪れた生徒らに沖縄県のアメリカ軍の基地の現状を知って欲しいと、嘉手納基地の周辺で案内を行っています。
先週、菊地さんは、大阪 貝塚市から訪れた中学生らに旧日本軍が沖縄戦に備えて建設した飛行場をアメリカ軍が拡張して、いまや町の面積の8割を占めることや、政府が安全保障に不可欠だとする一方、地元では長年、騒音や悪臭、事故の危険性に悩まされていることなどを話していました。
中学生の1人は「国を守るために基地は必要なのかなと感じましたが、地域にとっては危険なものでもあり、沖縄に基地がたくさんあることについて考え続けるしかないと思いました」と話していました。
菊地さんによりますと、修学旅行の見学先について、転覆事故が起きて以降、「辺野古ではなく嘉手納基地に変更したい」という依頼が相次いでいるということです。
菊地さんは、政治的に賛否のある現場を避けたり安全面を考慮したりする動きが広がっているとみていて「安全保障や住民の実情を知る機会が少なくなるのではないかと懸念しています」と話していました。
また県内外の学校に赴いて、平和学習を行う「うなぁ沖縄」によりますと、県内の複数の学校から「出前授業で、アメリカ軍基地には触れず、沖縄戦に特化した内容にして欲しい」という要望が相次いでいるということです。
玉城直美代表は、歴史的な話を中心にして、現在、社会で起きている政治的なテーマを避けようという動きだと指摘した上で「学校が外部から何か言われたというよりも、あとで問題視されるなら最初からやらないという萎縮が広がっている」と話しています。
「政治的中立性」とは
今回、焦点となっている学校現場の「政治的中立性」とは何なのでしょうか。
文科省が判断の根拠とした教育基本法の第14条第2項は次のように定められています。
「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」
これを踏まえ文科省は、同志社国際高校の研修旅行は「政治的活動」にあたるとした上で「辺野古の移設工事をめぐるさまざまな見解を示しておらず特定の見方・考え方に偏った内容だ」などとして、政治的中立性を逸脱していたと判断しました。
では、政治的中立性を判断する基準は何なのか。
文科省と総務省が2015年に教員向けに作成した留意点では、「行為の目的が政治的意義を持ち効果が政治に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉になるような行為」と定め、政策や主張などを教員が生徒に押しつけることなどを禁止しています。この際、特定の政党との関係性には関わらないと明記しています。
一方、教育社会学に詳しい日本大学の広田照幸教授は「これまでの学説や司法では、特定の政党を支持・反対する目的をもって、実際に具体的な効果が生じたかどうかで判断されてきた。今回の文科省の判断は党派的政治教育にあたらなくても、特定の主義主張や賛否あるテーマを授業で扱う際、特定の見方だけを示すことも判断の基準になり得ると示した。つまり政治的中立性の違反となる対象範囲を、文科省はこれまでの学説や司法の判断よりも拡大させた」と指摘します。
その上で「過去の司法判断や学説に照らしてみても今回の事例は14条2項には該当しない事例だと考える。これまでは文科省も司法も学校や教師が規制を恐れて政治教育に消極的にならないよう配慮し、慎重な姿勢でやってきたが今回の文科省の判断はこれまでの考え方を無視したもので、戦後の教育の歴史の中でも大きな転換点になりかねない」と指摘しています。
こうした指摘に対し文科省は「法が禁止する『政治的活動』は必ずしも特定の政党の支持・反対に限らないという過去の政府見解に則って教育基本法を所管する文科省として、所轄庁である京都府と認識を共有しながら見解をまとめた」としています。
文科省 職員の受け止めは
判断の取りまとめに関わった幹部職員の1人
「過去に例がない判断をしたが、むしろ今回の教育内容は過去に例がないほど政治的中立性が念頭にないものだった。あやふやな結論を国が示す方が説得力に欠けて良くないと思い、踏み込んだ判断にならざるを得なかった」
今回の判断について文部科学省の現役職員の1人
「今回の判断を聞いた時に『踏み込んだな』と感じた。判断が間違っているかどうかというより、過去の同様の事案との整合性をどう説明するのかということ。社会の空気やご遺族の心情を踏まえて、文科省として何もしないのは許されないという思いがあり、突き進んでいったのではないか」
《専門家は》
“判断は妥当 不当な介入ではない”
教育行政学が専門の学習院大学の藤田祐介教授は「違法な活動をしている抗議船に乗せて、生徒の命が奪われたことは重く安全管理と教育内容の問題を切り離して議論することはできない。文科省の判断は妥当であり、不当な介入ではなく、適切な関与だ」と話しています。
そのうえで「すべての学校が、文科省の判断を重く受け止め、特定の見方に偏らないためにどのような工夫をすべきだったか考えるなど政治教育にあたっての教訓にすべきだ。萎縮という教員の立場だけの議論ではなく、教育を受ける子どもたちの立場で考えることが重要だ」と指摘しました。
“政治教育 平和学習が後退することを懸念”
教育学が専門の白梅学園大学の小玉重夫学長は「高校の教育内容は、外形的に問題があると言われても仕方ない面があると思うが、文科省はより深刻な安全管理上の問題を中心に指摘すべきだった」と話しています。
そのうえで「もともと学校現場は政治的中立性を過度に意識するあまり、政治的な課題を扱うことに慎重だった。18歳選挙権の導入にあたって政治的な課題も学校で扱おうという方針だったはずなのに、今回の文科省の判断で、学校現場は萎縮し、政治教育や平和学習は再び後退することを懸念せざるを得ない」と指摘しています。