Text by COURRiER Japon
スマートフォンやSNSの普及、タイパを重視する動画文化の台頭により本離れが進む一方で、個人が自己実現欲求を満たすための同人誌や雑誌制作がブームとなっている。この現象は今後、どういった未来を作るのか。『本を読めなくなった人たち』の著者である稲田豊史が解説する。
読めない一方で、「書きたい人」が増えている
──人が本を読めなくなると、書店が将来的になくなってしまうのでしょうか。
稲田 全国の状況で言うと、まったく書店がない自治体は3割にのぼります。書店のある地域でも、大きな本屋は少なくなっています。自分の住んでいる町にはあったと言う大学生がいる一方で、まともな本屋がないという意見もありました。
本屋が減っていくのは当然のことで、それは以前から言われていました。本というのは非常に利幅が薄いので、売っても売ってもそんなに儲けはでません。
一方で現在の目立った流れとしては、特定のジャンルや店主のセンスで本が並んでいる独立系書店が増えました。併設のカフェでコーヒーを飲みながら、パラパラと本をめくる。私も行ってみて心地いいなと感じつつも、読書の習慣がない人はそういった本屋は敷居が高く入りにくいだろうと考えています。
たとえば、服を買い慣れていなければ、路面のセレクトショップは気後れして入れない。選び方も、自分に似合う服もわからない。それなのに突然おしゃれな服屋に入れと言われても無理です。これが、本を読めない層にも起きています。実際に、本をたくさん読んでいる人やおしゃれな独立系書店に対して、気後れする大学生は意外と多い。
「読みたい本を読めばいい」と読書する人は思うでしょう。しかし、この意見そのものが、傲慢に感じるでしょう。何を選んでいいか、まずどの店が良いか、何が流行っているか、売れ筋、適正価格、どれもわからない。何もわからないだらけのなかで「読みたい本」と言われても困ってしまいます。
──その一方で、「書きたい」という人が増えているというのが非常に興味深い実態でした。
稲田 「文学フリマ」と呼ばれる同人誌の販売会が、年々その規模を拡大しており、全国で開催されています。ほかにも「ZINE」という装丁やデザインに非常にこだわった雑誌を作ったり、小説投稿も非常に参加者が増えています。
たとえば、服を買い慣れていなければ、路面のセレクトショップは気後れして入れない。選び方も、自分に似合う服もわからない。それなのに突然おしゃれな服屋に入れと言われても無理です。これが、本を読めない層にも起きています。実際に、本をたくさん読んでいる人やおしゃれな独立系書店に対して、気後れする大学生は意外と多い。
「読みたい本を読めばいい」と読書する人は思うでしょう。しかし、この意見そのものが、傲慢に感じるでしょう。何を選んでいいか、まずどの店が良いか、何が流行っているか、売れ筋、適正価格、どれもわからない。何もわからないだらけのなかで「読みたい本」と言われても困ってしまいます。
──その一方で、「書きたい」という人が増えているというのが非常に興味深い実態でした。
稲田 「文学フリマ」と呼ばれる同人誌の販売会が、年々その規模を拡大しており、全国で開催されています。ほかにも「ZINE」という装丁やデザインに非常にこだわった雑誌を作ったり、小説投稿も非常に参加者が増えています。
しかしブームに比例して本も売れているかというと、決してそうではありません。同人誌的なものを作りたい人や読んでもらいたい人が、必ずしも売れる本を作りたいわけではありません。
なぜなら彼らは、自己実現のために制作しているからです。ネットでは形にならないけれど紙ならば残ります。自分の知性やセンスのようなものを、「自分の作品」として手に取ってもらい、「面白かった」と言ってもらいたい。こうして生まれたのが「書きたい欲」です。これらブームと商業出版物の売上が上がることとは性質が異なります。
──「自己実現」のための本にはどういうことが書かれていますか。
稲田 文学、小説、マニアックなテーマの雑誌などさまざまです。ほかにも、全体として評論が非常に多いのも特徴です。我々はかつてはプロの評論家が書いたものを読んでいましたが、今は書評そのものを知らない大学生が非常に多く、言葉としては知っていても見たことはありません。
書評は週刊誌や新聞の土曜版・日曜版に掲載されていますが、ほとんどの大学生が雑誌・新聞は買いません。加えて、ネット上の書評も目に入りません。彼らが知っているのは「レビュー」だけです。「この本を読んで面白かったですよ」といった感想はたくさん目にしていますが、プロの評論家が書いたものは、読む機会がほぼありません。
なぜなら彼らは、自己実現のために制作しているからです。ネットでは形にならないけれど紙ならば残ります。自分の知性やセンスのようなものを、「自分の作品」として手に取ってもらい、「面白かった」と言ってもらいたい。こうして生まれたのが「書きたい欲」です。これらブームと商業出版物の売上が上がることとは性質が異なります。
──「自己実現」のための本にはどういうことが書かれていますか。
稲田 文学、小説、マニアックなテーマの雑誌などさまざまです。ほかにも、全体として評論が非常に多いのも特徴です。我々はかつてはプロの評論家が書いたものを読んでいましたが、今は書評そのものを知らない大学生が非常に多く、言葉としては知っていても見たことはありません。
書評は週刊誌や新聞の土曜版・日曜版に掲載されていますが、ほとんどの大学生が雑誌・新聞は買いません。加えて、ネット上の書評も目に入りません。彼らが知っているのは「レビュー」だけです。「この本を読んで面白かったですよ」といった感想はたくさん目にしていますが、プロの評論家が書いたものは、読む機会がほぼありません。
文学フリマなどで評論を書くのは、「自分の思想や知性を知ってほしい」という思いがあるからでしょう。そのうえで、「素晴らしい評論ですね」と評価され、認められたいという気持ちがあるのだと思います。
──これらの書きたい欲求を、稲田さんはマズローのチャートにして説明しています。
稲田 アブラハム・マズローは非常に有名な米国の心理学者で、人間の欲求を5段階に分けています。ピラミッドの下から順に、高次の次元へと上がっていく欲求で、現代人がテキストに触れているときの気分は、このピラミッドにぴったり当てはまると考えています。
まず最も低次の「生理的欲求」とは、ネット上にあふれる興味本位の記事を読むことです。他人の不幸を扱った話題や感情を強く刺激するコンテンツ、一部の漫画やクイズなどもこれに含まれるでしょう。いわば、人間の根源的な関心を満たすための、いわば閲覧行動です。
その次にあるのが「安全の欲求」です。これは、自分が損をしないための情報を求める欲求です。実用情報や就職活動に役立つ知識、スキルアップにつながるノウハウなど、実用書やビジネス書がこの領域に当てはまります。
──これらの書きたい欲求を、稲田さんはマズローのチャートにして説明しています。
稲田 アブラハム・マズローは非常に有名な米国の心理学者で、人間の欲求を5段階に分けています。ピラミッドの下から順に、高次の次元へと上がっていく欲求で、現代人がテキストに触れているときの気分は、このピラミッドにぴったり当てはまると考えています。
まず最も低次の「生理的欲求」とは、ネット上にあふれる興味本位の記事を読むことです。他人の不幸を扱った話題や感情を強く刺激するコンテンツ、一部の漫画やクイズなどもこれに含まれるでしょう。いわば、人間の根源的な関心を満たすための、いわば閲覧行動です。
その次にあるのが「安全の欲求」です。これは、自分が損をしないための情報を求める欲求です。実用情報や就職活動に役立つ知識、スキルアップにつながるノウハウなど、実用書やビジネス書がこの領域に当てはまります。
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PROFILE
稲田豊史(いなだ・とよし)
ノンフィクションライター/編集者
1974年生まれ。ライター・編集者。横浜国立大学経済学部卒。新卒でギャガ・コミュニケーションズに入社し、キネマ旬報社を経て独立。著書に、『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『ポテトチップスと日本人』(朝日新書)、『このドキュメンタリーはフィクションです』(光文社)、『ぼくたち、親になる』(太田出版)、ほか多数。