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ロシア防空システムの大規模再配置  ―衛星画像から見るS-300/400の移動とドクトリンの変容―

導入

ロシアのS-300/400の約6割が常駐地から姿を消した。
衛星画像の比較分析で明らかになった、ロシア防空網の大規模再編。
これは単なる再配置ではなく、ウクライナ侵攻によって、ロシアの防空戦略そのものの変化を示している可能性がある。

1. はじめに

1.1 防空網の再編と戦略的変容の解明

 今回の分析は、ロシア軍の移動式長距離地対空/弾道ミサイル迎撃システムであるS-300(PS, PM, PM2)とS-400のウクライナ方面への移動を明らかにし、関連する事象を考察したものである。

 民間の調査報道団体Bellingcatの研究員であるMichael Sheldon氏によると、2023年10月下旬から11月上旬にかけて、カリーニングラードから発着した軍用貨物便にS-400の一部が含まれていることを明らかにした¹。
 また、英国国防情報局は2023年11月9日にロシアが他の地域に常駐している地対空ミサイル部隊をウクライナ方面へ再配置する可能性が高いと示している²。

 そこで、本分析では既に明らかになっているS-300/400の移動も含めて、常駐しているS-300/400大隊がどれだけ移動し、どこに移動したのかということを中心的な問いとした。
 さらに、これらの移動がロシアの軍事ドクトリンである「A2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略」、および核抑止力の聖域を維持する「バスチオン(要塞)戦略」にどのような変容を迫っているのかについても、分析結果を基に考察する。


1 As Cargo Flights Leave Kaliningrad, Air Defence Systems Disappear Michael Sheldon

https://www.bellingcat.com/news/2023/11/13/as-cargo-flights-leave-kaliningrad-air-defence-systems-disappear/

2 Ministry of Defence @DefenceHQ 
https://x.com/DefenceHQ

https://twitter.com/DefenceHQ/status/1722540708681195856



1.2 衛星画像による時系列比較分析

 以上の問いの答えを導き出すために、本分析では衛星画像による比較分析を行った。

 主に使用したのは、Google Earth³とArc GIS OnlineのWorld Imagery Wayback⁴、Yandex Maps⁵で見ることができるAirbus社とVantor社、ESAが運用しているSentinel-2の光学衛星画像⁶(解像度10m)、インターネット上に出ているPlanet社のSkySatの光学衛星画像⁷(解像度50cm)である。

 今回の観測対象はStatus-6 (Military & Conflict News) @Archer83Able氏がまとめたロシア軍施設のKML⁸から確認できるS-300/400の常駐地と、KMLに含まれていなかったS-300/400常駐地である。衛星画像の更新は地域によって異なるが、様々な光学衛星画像を用いているため、2022年2月以前の画像から最新の2024年までの画像を使った観測をすることができた。

 以上の衛星画像を使い、戦前(2022年2月以前)の画像と更新されている最新の画像(2022年3月以降~2025年)の比較を行い、移動した数を導き出す。


3 Google Earth

https://earth.google.com/web/@38.831165,121.200485,109.86877325a,640.98971918d,35y,0h,0t,0r/data=CgRCAggBOgMKATBCAggBSg0I____________ARAA

4 World Imagery Wayback

https://livingatlas.arcgis.com/wayback/#active=25285&mapCenter=-115.29850%2C36.06400%2C15

5  Yandex Maps https://yandex.com/maps/

6 sentinel-2
https://dataspace.copernicus.eu/explore-data/data-collections/sentinel-data/sentinel-2

7 SkySat https://docs.planet.com/data/imagery/skysat/

8 @Archer83Able氏のKML
https://www.mediafire.com/file/kozpuq6znteq3v1/RBMI1.6.rar/file



1.3 既存データにおける配備数のズレ

 これまで、稼働しているS-300/400の数に関しての調査は、筆者が調べた限りは、ほとんどなされていない。

 軍事評論家のアレクサンダー・コヴァレンコ氏によれば、2024年初頭時点では106個大隊(発射機868台)のS-300/400が配備されているとされている⁹。
 一方、@Archer83Able氏のKMLに載っているピンの数によると、138個大隊(発射機約1,100台)のS-300/400部隊があると読み取ることができる。この2つの数字には約32個大隊(発射機約232台)分の差が生じている。

 また、移動したS-300/400は主に空軍基地や国境部、戦略的重要地点に再配備されていると推測されているが、現在も詳細な配備場所や数の多くは分からないままである。


9 Александр Коваленко: Силы обороны Украины создают полетную зону над Крымом. Сколько у врага осталось комплексов ПВО 
https://war.obozrevatel.com/kovalenko-silyi-oboronyi-ukrainyi-sozdayut-poletnuyu-zonu-nad-kryimom-skolko-u-vraga-ostalos-kompleksov-pvo.htm



1.4 S-300/400の構成と運用実態

 分析に入る前に、本分析の理解を助けるため、S-300/400の構成について触れる。

 S-300/400は航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイルと交戦可能な長距離移動式地対空ミサイルシステムであり、基本運用単位は輸送起立発射機(以下、TEL)8台(ミサイル32発)、交戦レーダー1台、捕捉レーダー1台、他支援車両からなる大隊規模である¹⁰。現在使われているS-300PM/PM2はそれぞれ1993年、2015年から運用が開始され、S-400はS-300の後継として2007年に運用が開始された¹¹。

 現在も続いているロシアによるウクライナ侵攻にも投入されており、戦闘機やネプチューンミサイル、西側から供与されたHIMARSやストームシャドウの迎撃任務に就いている。


10 Formidable Russian S-400 Triumph Most Advanced SAM Missile System
https://www.worlddefencenews.com/s-400-missile/

11 VLS Enjoyer @VLS_Appreciator 
Thread on the S-300P / S-400 Family: Part 2 System.
https://x.com/VLS_Appreciator/status/1845864531941093788



2. S-300/400の移動と再配置

2.1 全軍管区における大規模な戦力移動の実態

 前述した通り、S-300/400の稼働数に関する情報はあるが、集計された数にばらつきがある。そのため、常駐地にいるS-300/400の集計と移動した数の集計を同時に行った。集計方法は1.2節で記述したとおり、戦前の画像と戦中の画像を見比べて行った。

 下の二つの画像は、第590高射ミサイル連隊の大隊常駐地の画像を使った集計例である。赤い枠で囲ったのがS-400のTELで、黄色い枠で囲ったのが92N6E交戦レーダーである。2021年と2024年の画像比較で、この大隊が常駐地から移動していることが分かる。

 なお、本調査においては、S-300とS-400の識別について、主に各システムに付随するレーダー種別の違いを基にした。
 S-300については30N6E(照準・交戦レーダー)および76N6(低高度捕捉レーダー)を、S-400については92N6E(多機能交戦レーダー)および96L6E(捕捉レーダー)を運用しているものをそれぞれS-300およびS-400として分類し分析した。

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2021年9月28日 Google Earth  Vantor
2024年6月29日 Google Earth  Airbus
 以下の表1〜4は、ロシア国内のS-300/400の数と移動数を集計した結果である。

 はじめに、表1のTEL総数の「Pre-War Total」から、ロシア軍は戦前、約116個大隊(TEL 927台)のS-300/400TELを保有していたことがわかる。また、「Total Decrease」から、ウクライナ侵攻開始後、580台(約72個大隊分)のTELが常駐地から移動したことがわかった。

 次に表2の軍管区別「Total Decrease」を見ると、全ての軍管区からTELが移動していることがわかる。特に、ウクライナから遠い軍管区からの移動が多い。減少率は東部軍管区や中央軍管区、レニングラード軍管区では70%を超えている。モスクワ軍管区やカリーニングラードでも30%近くの移動が見られる。

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表1 S-300/400 TELの総数
Pre-war Total 戦前
Total after the war 戦後
Total Decrease 減少
Total increase 増加
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表2 軍管区別のTELの数
approx 約
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グラフ1 軍管区別のTELの戦前、戦後数の比較

 表3、4は、防空システムの目となるレーダーの数を集計したものである。1.4節で述べた通り、S-300/400の1個大隊には交戦レーダーと捕捉レーダーが1台ずつ所属している。表3の「Total Decrease」から、レーダーの総減少数は132台(66個大隊分)で、TELの減少数よりは少ないことが分かる。減少の割合はほぼ同じである。

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表3 30N6E/92N6Eと76N6/96L6Eの総数
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表4 軍管区別の30N6E/92N6E交戦レーダーと76N6/96L6E捕捉レーダーの数

 以上の調査結果から、ロシア軍は常駐地から全体の約6割以上のS-300/400を移動させていることが分かった。また、その多くは東部軍管区やレニングラード軍管区、中央軍管区などのウクライナから遠い地域からであることが分かった。



2.2 ウクライナ国境および重要拠点への再配備傾向

 以下の表5はS-300/400の衛星画像から判明した移動場所を集計したものである。また、図1は移動先をGoogle Earthを使用して視覚化したものである。上矢印は開戦以降、一度で展開が確認された場所を示しており、旗マークは現在も使用されている場所を示している。

表5 S-300/400の移動先ABはAir Baseの略

 図1の可視化により、既設基地から移動したS-300/400の具体的な再配備先が特定できた。

 主な移動先はクリミア半島およびウクライナ国境近傍に集中しているが、ヴォロネジ州、モスクワ州、ならびにモスクワ以南の各州においても配備が確認される。  
 これら再配備地点の特性を見ると、地域によっての配備傾向がはっきり違うことがわかる。

 クリミアおよび国境地帯においては、主に空軍基地等の軍事施設周辺に集中している。このような施設近辺への配備は、遮蔽物が少ないため衛星画像による識別が比較的行いやすく、確認できた部隊数も多くなっている。  

 一方で、モスクワ以南の州においては、森林地帯や市街地郊外に隠蔽する形で展開している事例が見られ、衛星画像による識別が難しい。
 モスクワ近辺における再配置は、特定の軍事施設を防衛するだけでなく、モスクワを標的とした巡航ミサイル等の攻撃を想定し、既存の多重防空網の外縁部を補強する目的があると考える。

 さらに、ブリャンスク州、クルスク州、ベルゴロド州等の最前線に近い地域においては、従来の大隊規模での運用にだけでなく、中隊または小隊規模に分散した機動的な運用形態も確認されている¹²。  これらの部隊運用は、ウクライナ側からのドローン、ミサイル攻撃による被害を軽微に抑えながら、任務を行うための運用だと考える。

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図1 Google Earthを使用した可視化
この地図に記されている地点以外にも多くの場所に防空システムが配備されている。

12 Ukraine’s 92nd Brigade reportedly destroyed the 92N6 radar of Russia’s S-400 system. 
https://x.com/EuromaidanPress/status/1975305590273359928?s=20



 表6・7が示す通り、確認できた移動先に展開しているTELは約50大隊、レーダーは41大隊分移動していることがわかる

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表6 発見した移動数も含むTELの移動の総表
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表7 発見した移動数も含むレーダーの移動の総表

 また、連日行われているウクライナへの長距離攻撃の飛翔体にも時折5V55系と48N6系の飛来が記録されている。このことから、S-300/400は精密誘導兵器の不足を補うため地対地任務にも就いている¹³。


13 Сьогодні росія атакувала м. Київ ракетою 48Н6ДМ, що була виготовлена 19.12.2025 року, з комплексу С-400. КіберБорошно | CyberBoroshno
https://t.me/kiber_boroshno/12493


2.3 軍管区別詳細分析

 ここからは衛星画像を使用して、各軍管区の連隊ごとの移動数を分析する。

東部軍管区
 東部軍管区におけるS-300/400の移動率は約70%に達している。連隊別の移動を分析すると、内陸部に配備された連隊で大幅な減少が確認される一方、海岸線沿いの連隊における減少幅は小さい。

 ウラジオストクを拠点とする第1533連隊や、ペトロパブロフスク・カムチャツキーの第1532連隊といった戦略・戦術的要衝においても戦力の移動は見られるが、その規模は1個大隊や1個中隊程度に留まっている。海岸線に展開するこれらの部隊は、ある程度の減少を見せつつも、日米両国との対峙を意識した最低限の防空網を維持しているものと考えられる。

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グラフ2 東部軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
Pre-war 戦前
Postwar 開戦後
Decrease TELの減少数
Rate of decline 減少率
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グラフ3 東部軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数

 図2は、S-400(48N6DM、赤)およびS-300(48N6、黄)の公称射程に基づき、ミサイルの射程圏を可視化した地図である。
なお、以下の分析でも図2と同じ条件の図を使用する。

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図2 東部軍管区

中央軍管区
 中央軍管区における防空システムの減少率は80%を超えており、これは全軍管区の中で最大の値である。  

 この軍管区において移動が確認されなかった部隊は、第388連隊および第511連隊の1個大隊のみであった。第388連隊が展開を維持した理由としては、ミサイルの射程圏内にある第62ミサイル師団が管轄する大陸間弾道ミサイル(ICBM)サイロの防衛任務があると考える。第511連隊についても、第60ミサイル師団保有の核ミサイルサイロおよび戦略爆撃機部隊の防衛を優先した結果、移動が見送られたのではないかと考えられる。
 一方で、RS-24 Yarsが配備されている地域を防衛していた、590連隊と185連隊は他の地域に移動しているという違いも見られる。

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グラフ4 中央軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
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グラフ5 中央軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図3 中央軍管区

南部軍管区
南部軍管区においても、TELおよびレーダーの移動率は60%に達している。

 クリミアやロストフといった戦略・戦術的要衝からはS-400大隊の移動が確認されるが、2.2節の分析から南部軍管区に再配置されたS-300/400が多いことを踏まえると、この地域における防空網の密度は戦前よりもむしろ上がっていると考えられる。

 
ただしこの「密度の向上」は、他管区から引き抜いた戦力を前線に集中した結果であり、ロシア全体の長距離防空網を削っていることには変わりない。また、地理的に近いがゆえに、クリミアに再配備された部隊の多くは開戦当初から現在に至るまでドローンや長距離兵器による攻撃の主要な標的となり続けており、再配置による損耗も相当数に上ると考えられる。

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グラフ6 南部軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
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グラフ7 南部軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図4 南部軍管区
オレンジはS-350(射程120km)を表している。

モスクワ軍管区 
モスクワ軍管区における減少率は28%であり、全軍管区の中で最小の減少率である。

 この軍管区では、モスクワを同心円状に包囲する従来のS-300/400による防空網が維持されている。一方で、S-300の移動に伴い中距離防空の密度は低下している。しかし、中・短距離防空システム「パーンツィリ」を二重円状に配置することで、ミサイルに対する防空能力を補いつつ、対ドローン防空能力を向上することができている¹⁴
 
しかし、パーンツィリは最近でもウクライナによるドローン攻撃で損害を出している。また、そのためパーンツィリによる対ドローン能力は、限定的だと思われる¹⁵。

 
モスクワの低い移動率は首都としての重要性を反映したものだが、同時にパーンツィリによる補完という代替手段が機能しているからこそ、S-300を前線に回せた可能性もある。

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グラフ8 モスクワ軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
グラフ9 モスクワ軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図5 モスクワ軍管区

14 Mark Krutov氏(@kromark)作成のパーンツィリの配備マップ

15 Blinding the Bear and Pulling Its Fangs: Ukraine’s Long-Range Campaign Against the Russian Air Defence  DanieleB and Athene Noctua 
March 23, 2026
https://tochnyi.info/2026/03/blinding-the-bear-and-pulling-its-fangs-ukraines-long-range-campaign-against-the-russian-air-defence/


レニングラード軍管区
 レニングラード軍管区における減少率は約76%と、全軍管区の中で2番目に高い割合になっている。

 特にムルマンスクやセヴェロドヴィンスクといったロシア北方艦隊の主要拠点において、連隊規模の部隊移動が確認されている。また、サンクト・ペテルブルクの防空部隊においても、連隊の半数程度が移動した事例が多く見られる。さらに、ノヴァヤゼムリャやチクシなど、北極圏および北極海航路の防衛を担う部隊はほぼすべて移動していることが分かった。

 これらの動きから、ロシアはサンクト・ペテルブルクおよびフィンランド国境方面に対する防空網の維持ができている一方で、北極地域の防空網については極端に薄くなっていると考えられる。

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グラフ10 レニングラード軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
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グラフ11 レニングラード軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図6 レニングラード軍管区

カリーニングラード
 カリーニングラードにおける減少率は29%とモスクワに次いで低い割合である。

 バルト海に面したこの飛び地は、ロシア・バルト艦隊の主要拠点として極めて重要な場所であると同時に、ポーランドおよびリトアニア方面におけるNATOの活動を抑止するための戦略的要衝である。
 そのため、他の地域に比べて減少の割合が少なく、主に内陸側に配備されていた部隊が移動している。レーダーの移動数から少なくとも2大隊が移動したことが分かる。

 こうした移動の少なさは、カリーニングラードの防空網がほぼ維持されていることを示している。ただし、重複していた防空圏の密度は低下しており、飽和攻撃への対処能力が戦前と同等であるとは言い切れない。

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グラフ12 カリーニングラード軍管区 連隊別戦前・戦後のTEL数
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グラフ13 カリーニングラード軍管区 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図7 カリーニングラード


2.4 再編されたロシア全土の防空態勢

 図8は再配置されたS-300/400を含めた現在の防空網を示している。黄緑が再配置されたS-300、ピンク色は再配置されたS-400である。

 この図からも、S-300/400の多くがウクライナ方面に集中的に移動したことが分かる。一方で、モスクワ周辺の州やサンクト・ペテルブルクでも新たに再配置された部隊が確認できる。これらはいずれも戦略的に外せない場所であり、防空網の維持・強化を優先した結果だと考える。
 なお、再配置されたS-300/400は戦況の変化から、すでに別の場所へ移されている可能性を排除できていない。

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グラフ14 移動先 連隊別戦前・戦後のTEL数
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グラフ15 移動先 連隊別戦前・戦後のレーダー数
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図8 現在の防空網

 なお、図8に示された再配置部隊は、第2.2節で述べたとおり、衛星画像を目視で確認したものに限られている。したがって、これは把握できた最小限の数であり、実際の規模はこれより大きい。
例えば、モスクワ南部地域では図上では再配置の密度が低く見えるが、トゥーラ州やカルーガ州に再配備された数が2大隊であることから、モスクワ周辺の州には実際には、確認済み部隊の3倍から4倍の規模で再配置されている可能性が高い。

 また、ロシア軍が多層防空網を基本としていることを考えると、タンボフ、ヴォルゴグラードをはじめ、南部連邦管区および北カフカース連邦管区などの、図上では空白に見える地域においても、モスクワ周辺の再配備数から推測すると、1州あたり2大隊ほどの再配置が実施されていると推測される。


2.5 移動時期と兵器供与・戦況の関係性

 グラフ16は、全体と軍管区別のTEL移動確認時期を時系列で示したものである。移動確認時期と長距離兵器の供与および戦況の変化を重ねると、いくつかのパターンが見えてくる。

 2022年においては、HIMARS供与(6月)直後の7〜8月に移動の急増が確認されており、西側の長距離精密兵器という新たな脅威への対応が移動数を増加させた可能性がある。
 2023年以降においても同様に、Storm Shadow供与(5月)やATACMSクラスター型供与(9月22日承認)、ATACMS単弾頭・長射程型供与といった長射程兵器が供与された翌月においてS-300/400の移動がピークに達していることが多いことが分かった。

 また、クルスク侵攻の翌月にも移動数が増えており、クルスク方面への防空網強化のための移動、もしくはクルスク方面へ移動した部隊の穴埋めのための移動だと考えられる¹⁶

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グラフ16
兵器供与と反攻の情報を照らし合わせたグラフ
全体と軍管区ごと

※「移動確認時期」は、衛星画像によって部隊の移動が確認された時期を示している。
各地図サイトが提供する衛星画像は、天候が良く視認性の高い画像が優先的に採用される傾向にあるため、積雪や雲の影響を受けやすい冬場の画像は少ない。
そのため、このグラフは冬場に移動がなかったことを示しているわけではない。
また毎月更新されるわけではないため、実際の移動時期と画像上で確認された時期の間には、数ヶ月程度のずれが生じることがある。
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クルスク原子力発電所北東で活動していたS-300/400
Google Earth  Airbus 2024年4月12日

16 Ukrainian troops destroyed S-400 system in Kursk region with ATACMS missile Vadim Kushnikov Nov 25,2024
https://militarnyi.com/en/news/ukrainian-troops-destroyed-s-400-system-in-kursk-region-with-atacms-missile/ 

グラフ中参照
HIMARS 供与(2022年6月)

ケルソン反攻(2022年8月29日)

③ ハルキウ反攻(2022年9月6日)

④ Storm Shadow 供与(2023年5月11日)

⑤ 2023年夏季反攻(2023年6月8日)

⑥ ATACMSクラスター型 供与・到着(2023年10月)

⑦ 長射程ATACMS 供与・到着(2024年4月)

⑧ F-16 供与(2024年7月末)

⑨ クルスク奇襲侵攻(2024年8月6日)

⑩ ATACMSのロシア領使用許可(2024年11月17日)



2.6 ウクライナ侵攻におけるS-300/400の損失

 ウクライナ侵攻によってロシアは前線近くに配備した多くのS-300/400の損失を出している。

 ウクライナ侵攻における兵器損失数を集計しているOryxによると、S-300/400TELはすでに33台(4.1大隊分)が破壊・損傷している。さらに、レーダーは17台(8.5大隊分)がすでに破壊・損傷している¹⁷。また、他のOSINT調査によると、2025年7月〜2026年2月の間にS-300/400への攻撃が74件なされていることが分かっている¹⁵。しかし、この集計データでは今回対象にしていないS-300V系統が混ざっているためあくまでも、紹介の範囲にとどめておく。
 なお、Oryxのデータは目視確認できる損失のみを集計しており、実際の損失はこれを上回る可能性がある。

 ロシアがこれだけの損失を補えているのかについては、詳細な資料が表に出てくることはほとんどないため、現状では分からないことが多い。しかし、ロシアの国営防衛大手Almaz-Anteyは、侵攻中の制裁下においてもS-350やS-400などの防空システムの増産を行っていると発表している¹⁸。
 一方で、ロシアが2019年にトルコに売却したS-400を買い戻そうとしているニュースも出ており、増産よりも損耗が上回っている可能性がある¹⁹。

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表20 OryxによるTEL損失数
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表21 Oryxによるレーダーの損失数

17 Attack On Europe: Documenting Russian Equipment Losses During The Russian Invasion Of Ukraine Oryx
https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-equipment.html 

18 Russia ramps up production of S-400 and S-350 systems Dylan Malyasov Sep 23, 2025
https://defence-blog.com/russia-ramps-up-production-of-s-400-and-s-350-systems/ 

19 Russia Seeks to Return S-400s Previously Sold to Turkey Author's publications Sep 12,2025
https://militarnyi.com/en/news/russia-seeks-to-return-s-400s-previously-sold-to-turkey/



3. 変容するA2/ADとバスチオン戦略・核抑止の防護

3.1 A2/AD・バスチオン戦略と核の三本柱の位置づけ

A2/AD戦略
 A2/AD(Anti-Access/Area Denial:接近阻止・領域拒否)は、敵の航空戦力や艦艇が作戦域に近づくことを妨げ、仮に侵入してきても自由に動けないようにする能力・戦略の総称である。

 米統合参謀本部は、A2(接近阻止)を「敵部隊の作戦域への侵入を防ぐ長距離の行動および能力」、AD(領域拒否)を「作戦域内での敵戦力の行動の自由を制限する短距離の行動」と定義している²⁰。

  ロシアはこの考え方に基づき、主にNATOの航空戦力を念頭に置きながら、カリーニングラード・クリミア・シリアにS-300/400を中核とした「A2/ADバブル」を形成してきた。これらは地対空ミサイルだけでなく、電子戦・海上戦力・沿岸ミサイル等を組み合わせた多領域の防衛圏であり、NATO諸国に対する実質的な抑止力として機能してきた²¹。

バスチオン(要塞)戦略
 
バスチオン戦略とは、ロシアの海上核戦力(SLBM)、特に戦略原子力潜水艦(以下SSBN)の活動海域であるバレンツ海・オホーツク海を「聖域」として維持する多層防衛構想である。航空戦力・海上戦力・沿岸ミサイル等を組み合わせ、SSBNが敵の攻撃を受けずに任務を続けられるようにすることが目的である²²。
 北方艦隊の拠点であるムルマンスクやセヴェロドヴィンスク、太平洋艦隊のペトロパブロフスク・カムチャツキーはいずれもSSBNが配備されており、S-300/400による多重防護が施されてきた。

核の三本柱
核の三本柱とは、陸上配備ICBM、SSBN搭載潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機搭載核爆弾・巡航ミサイルの三種の戦略核運搬手段を指す²。


20 Department of Defense, Joint Operational Access Concept https://apps.dtic.mil/sti/tr/pdf/ADA555385.pdf

21 Russia’s Anti-Access Area Denial
https://www.missiledefenseadvocacy.org/missile-threat-and-proliferation/todays-missile-threat/russia/russia-anti-access-area-denial/

22 jams, Special Issue 2025 The Russian Northern Fleet Bastion RevisitedJonas Kjellén
https://www.usmcu.edu/Outreach/Marine-Corps-University-Press/MCU-Journal/JAMS-Special-Issue-2025/Russian-Northern-Fleet-Bastion-Revisited/

23 核の 3 本柱 と真の戦略的核抑止力
https://ipdefenseforum.com/ja/2020/10/%E6%A0%B8%E3%81%AE%E2%80%893%E2%80%89%E6%9C%AC%E6%9F%B1-%E3%81%A8%E7%9C%9F%E3%81%AE%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%9A%84%E6%A0%B8%E6%8A%91%E6%AD%A2%E5%8A%9B/



3.2 A2/AD・バスチオン戦略の変容

 第2節の分析結果を、二つの戦略に照らし合わせると、ウクライナ侵攻がロシアのドクトリンにもたらした変容が分かる。

A2/ADバブルの縮小と変容
 カリーニングラードにおける減少率は29%にとどまっており、NATOへの抑止拠点として一定の防空能力が維持されている。

 ただし、カリーニングラードのA2/ADバブルは、防空圏を重複させることでNATOの航空戦力を面で制圧する構造になっていた。しかし、少なくとも2大隊が移動したことで、この重複の密度は低下している。

 クリミアではこれとは異なる変容が見られる。他の軍管区からの再配置によってクリミアの防空密度は戦前より上がっているが、その役割は変わっている。S-300/400は、外部からの侵入を防ぐ戦略的なA2/ADバブルとしての機能よりも、ウクライナの長距離兵器やドローン攻撃からの防衛任務に重きを置いている。
 これまでの遠ざける抑止から、受け止める防護へとクリミアにおけるS-300/400の役割は変容している。

さらに、2024年12月のアサド政権崩壊に伴い、ロシア軍はシリアのフメイミム基地からS-400を撤収させた²³。これによりロシアは、キプロス・トルコ南部・イスラエル北部を含む地中海東部の防空圏を事実上手放したことになる。

 カリーニングラード・クリミアの状況を並べると、ロシアのA2/ADバブルはウクライナ侵攻を境にすべての方面で変容していることが分かる。
 
また、シリアにおいては、A2/ADバブルそのものがなくなっている。

画像
撤退したシリアのS-400 マスヤーフ北西 
Google Earth Airbus
2022年7月〜2025年12月
画像
撤退したシリアのS-400 フメイミム空軍基地
Google Earth Airbus
2023年6月〜2025年11月

23 Russia Appears To Prepare Some Military Equipment For Withdrawal From Syria by RFE/RL's Russian Service
https://www.rferl.org/a/syria-russia-hmeimim-military-equipment-withdrawal/33239263.html



バスチオン戦略の変容
 
今回の分析でおそらく最も戦略的に重要な発見は、レニングラード軍管区における76%という高い移動率である。特にムルマンスク・セヴェロドヴィンスクといった北方艦隊の核戦力防衛部隊の連隊規模の移動である。

 ムルマンスクは第二撃核能力の根幹をなすSSBNの母港である。母港を防衛するS-300/400が連隊規模で移動したという事実は、ロシアのバスチオン戦略における聖域の守りが薄くなったことを意味している。
 
このような通常戦力の低下によってロシア海軍の行動範囲はノルウェー海からバレンツ海へ変更されている可能性があることを、NOTAM(航空機運航に影響する一時的・緊急な情報を関係者に伝える航空情報)の発令範囲から示されている²⁴。
 もともとSSBNを含む北方艦隊がノルウェー海などの聖域外へ展開できていたのは、S-300/400による母港防空の厚みがあってこそであった。
 その防空が薄まった今、バスチオン戦略における長距離防空の役割は地対空ミサイルから海対空・空対空へと重心を移さざるを得ない状況になっているのではないだろうか。活動範囲の縮小は、北方艦隊SSBNの聖域への依存をより高めた可能性が高い。

 東部軍管区における70%の移動率の中で、ペトロパブロフスク・カムチャツキーから1個中隊、樺太からは2個大隊相当が移動している。
 また今回の集計対象ではないが、北方領土からS-300Vが移動していることも確認されている²⁵。
 ペトロパブロフスク・カムチャツキーのSSBN母港や、オホーツク海の入口にあたる千島列島・北方領土・宗谷海峡の防空網は薄くなっている。
 太平洋艦隊の主要哨戒域はオホーツク海を中心に置いているが、聖域外への活動は北方艦隊とは対照的に戦前より増加傾向にある²⁶。
 北方と極東では防空後退の影響に差が出ている。


23 Widen, J.J. "The Bastion Strategy and the Role of the Northern Fleet." Journal of Slavic Military Studies, 2014.
https://sjms.nu/articles/280/files/66eabbbf27caa.pdf

24 北方領土からミサイル搬出 露、ウクライナ転用か 2023/8/31 産経新聞https://www.sankei.com/article/20230831-2PPPVWP26NIZ5DIKQXGICT4LTE/

25 Moscow’s Pacific Trident: The submarine arm of the Russian Pacific Fleet, early 2025 to 2030 Alexey D Muraviev
https://seapower.navy.gov.au/alexey-d-muraviev


3.3 ウクライナ侵攻がもたらした戦略におけるS-300/400運用の変容

 S-300/400はロシアの二つの戦略構想、A2/ADとバスチオン戦略の骨格を担うシステムだった。カリーニングラードやクリミアに配備することでNATOへの面的な抑止力を形成し、ムルマンスクやペトロパブロフスク・カムチャツキーに重層配備することでSSBN母港を守る盾とした。
 加えて東部・中央・レニングラードの内陸部にも広く配備され、各地域が防空圏を重ねる多層防空網が空からの脅威に対する、ロシアの安全保障の基盤を成していた。

 3.2節が示すように、カリーニングラードでは移動率を29%に抑え、NATOへの抑止拠点としての防空能力はある程度維持されている。
 しかし重複していた防空圏の密度は低下しており、飽和攻撃への対処が戦前と同水準ではなくなっている。
 また、シリアについては2024年末のアサド政権崩壊とともにS-400が撤収し、地中海東部の防空圏は放棄された。
 A2/ADバブルの中で最も変質が鮮明なのはクリミアである。他の軍管区から再配備されたS-300/400が集中した結果、軍管区内の防空密度は戦前より上がっている。しかしその役割は、NATOへの戦略的抑止から、ウクライナのドローンや長距離兵器を受け止める戦術的防衛へと変容している。
 A2/ADの構造は残っているように見えても、その本質は変質している。

 同じく3.2節が示すように、レニングラード軍管区では76%のTELが移動し、北方艦隊の拠点であるムルマンスク・セヴェロドヴィンスクでは連隊規模の部隊が移動した。
 S-300/400が移動し、薄まった分の防衛を海対空・空対空に委ねるという変容が進んでいるとすれば、バスチオン戦略の長距離防空の構造は変わっていると考えられる。
 北方艦隊の活動海域がノルウェー海からバレンツ海へと縮小しつつある一方、極東の太平洋艦隊は聖域外活動が増加傾向にあるとされており、S-300/400の移動が極東と北方でどれほどの重要性をなしているのか、違いが見られる。

 また、東部・中央・レニングラードの各軍管区ではTELの移動率が70〜80%を超えたことが分かっている。
 多層防空網の重複が失われた結果、広大な領域を面でカバーする防空から、ICBMサイロ・戦略爆撃機基地・主要な軍事・政治拠点といった特定の点を守る局地防空へと縮小している。
 どこを守り続けるかという選択が、各軍管区の移動率の差として表れている。

 さらに、前線に近いブリャンスク・クルスク・ベルゴロド州では、大隊規模の固定運用から中隊・小隊単位への分散が進み、移動と隠蔽を繰り返す機動運用が行われている。
 2.2節で確認した地対地転用もその延長線上にあると考える。精密誘導兵器の不足を防空ミサイルで補う措置だと考えられるが、この措置はミサイルの在庫と防空能力が同時に削れていくことを引き起こすのではないだろうか。

 最後に、こうした変化の中でもICBMサイロや戦略爆撃機基地の周辺部隊は残留している。地下に固定されたICBMは位置を隠せず、移動運用ができないため防空網を削ることができない状態にある。
 一方でSSBNは潜航中に探知されにくく、母港防空を他のシステムで代替できるという特性から、S-300/400の大規模移動を許容したと考えられる。
 また、RS-24 Yars配備地のS-400が移動していることから、起動運用が可能な核能力についてはある程度の許容がなされている可能性がある。
 核の三本柱の防護は機動運用が可能か否かで不均等な状態にある。

 以上の分析が示すように、ロシアが短期的な通常戦争の継戦優位を確保するために、核抑止力の防護と戦略的抑止としてのS-300/400を削っていることが分かる。

4. 本分析のまとめ

4.1 本分析の限界と今後の課題

 本分析はオープンソースの衛星画像を資料として用いた調査であり、これまで調査が行われてこなかったS-300/400の移動数を、衛星画像から独自に明らかにしようとしたものである。
 あわせて、S-300/400の移動からロシアの防空・抑止ドクトリンがどのように変わったのかを考察した。
 しかしその性質上、いくつか分析における限界が存在する。

 まず、移動先の把握が部分的にとどまっていることである。
 2.2節で述べた通り、確認できた移動先は衛星画像の目視確認によるものだけであり、実際の再配置数の一部に過ぎない。特に森林・市街地郊外への隠蔽展開や、高頻度で位置を変える機動運用中の部隊は衛星画像での捕捉が難しく、本分析の移動先の集計値は実態の最小値と考えるべきである。

 次に、衛星画像の観測時期がばらついていることである。
 使用した画像は地域によって更新頻度が違い、特定の時点における全国の防空態勢を均一に比較することはできない。
 あるポイントでの「移動確認」が2023年のものであり、別のポイントでは2025年のものという時系列の不一致が生じている。
 また各地図サービスは視認性の高い画像を優先採用する傾向があり、冬期の画像は少ないため、グラフ上の移動確認時期は実際の移動時期より遅れて現れる可能性がある。
 今後は取得日時を統一した衛星画像での観察が必要である。

 さらに、「なぜその判断がなされたか」というロシア軍の意思決定過程には本分析では直接アクセスできていない。
 本分析で示せるのは「何が移動したか」「どこへ移動したか」という事実のみである。
 ただし、移動のタイミングとニュースを重ねると(グラフ16参照)、HIMARS・Storm Shadow・長射程ATACMSといった西側供与兵器の到着やハルキウ反攻・クルスク奇襲といった転換点が、ロシアの防空再配置と時期的に重なっていることが読み取れる。
 完全な解明とはならないが、何をきっかけに動いたか推測する手がかりにはなる。
 なお、3節の考察はあくまで衛星画像から見えたパターンをもとにした筆者の解釈であるため、断定するものではない。

 最後に、分析対象をS-300/400に限定したことによる分析の限界がある。
 バスチオン戦略・A2/AD戦略はK-300P等の沿岸ミサイルや9K720等の地対地ミサイルを含む多領域のシステムで構成されているが、本分析ではこれらを扱っていない。また中距離防空を担うBukシステムや、艦隊防空、航空戦力による対空能力も対象外であるため、ロシア全体の防空網の評価としては限定的なものにとどまっている。
 特に3.2節では、バスチオン戦略の防衛の重心が地対空ミサイルから海対空・空対空へと移りつつある可能性に触れたが、その補完がどの程度機能しているかはこの分析では評価できていない。

 こうした限界を踏まえた上での今後の課題としては、継続的な衛星画像のモニタリング、Oryxのデータや各種OSINTとの統合による損耗推計をより詳細に行うことが挙げられる。
 また、海・空・陸・宇宙・サイバー空間を含めた分析対象の拡張が挙げられる。対象を広げることで、ロシアの防衛態勢の変容をより全体的に把握できるようになる。

4.2 終わりに

  本分析は、衛星画像という公開情報のみを用いて、ロシアのS-300/400がウクライナ侵攻後にどれだけ移動し、それがロシアの防空・抑止ドクトリンにどのような変容をもたらしているかを明らかにすることを目的とした。

 分析の結果、戦前に約116個大隊・TEL927台を擁していたS-300/400のうち、約72個大隊分に相当する580台のTELが常駐地から移動しており、その多くはウクライナから遠い東部・中央・レニングラード各軍管区からの移動であることが判明した。

 このS-300/400の移動は単なる戦力の再配置ではない。
 ロシアが構築してきた重層性は大幅に損なわれ、NATOへの戦略的抑止を担ってきたA2/ADバブルは縮退し、バスチオン戦略における地対空防空は薄まって防衛構造の変容を迫られた。
 そして最も気になるのは、第二撃能力の根幹を担うSSBNの母港防空が、核の三本柱の中で最も大きく削られているという点である。

 ロシアはウクライナ侵攻という目の前の戦争のために、整備してきた防空体制の構造を少しずつ切り崩している。
 この選択が通常戦争の観点だけでなく、核抑止の構造という点でも長期的な問題を含んでいる。今回の分析から見えてきた最も重要な事実は、そこにあると考える。

 もちろん、衛星画像による観測には限界があり、本分析で示せるのは実態の一部に過ぎない。
 また、戦略分析に関しても筆者がインターネット記事やウェブ上で見られる論文を参考に行ったものであり、多くの研究者や軍事ライターの方々からすれば、粗が目立つ分析になってしまったかもしれない。
 しかし、特別な権限も機密情報もなく、公開されている衛星画像と知識を組み合わせるだけでここまでの実態が見えてくる。
 本分析を通して、オープンソース分析の可能性を改めて感じた。一方で、専門知識を持たない一般人が、分析するには厳しい領域について、自分の身をもって感じることができた。

サムネイル https://commons.wikimedia.org/wiki/File:S-400_Triumf_(27102989027).jpg?shem=rimspwouoe,

付録

 本分析で使用した表のGoogleスプレッドシートのURLと、今回は使用しなかったスプレッドシートから作成したグラフを共有する。
 なお、グラフはClaudeにスプレッドシートを読み込ませて作成したものである。

画像
削減率

※「移動確認時期」は、衛星画像によって部隊の移動が確認された時期を示している。
 各地図サイトが提供する衛星画像は、天候が良く視認性の高い画像が優先的に採用される傾向にあるため、積雪や雲の影響を受けやすい冬場の画像は少ない。
 そのため、このグラフは冬場に移動がなかったことを示しているわけではない。
 また毎月更新されるわけではないため、実際の移動時期と画像上で確認された時期の間には、数ヶ月程度のずれが生じることがある。

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移動確認時期
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軍管区ごと移動確認時期
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東部軍管区 S-300/400の割合と減少数
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中央軍管区 S-300/400の割合と減少数
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南部軍管区 S-300/400の割合と減少数
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中央軍管区 S-300/400の割合と減少数
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レニングラード軍管区 S-300/400の割合と減少数
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カリーニングラード軍管区 S-300/400の割合と減少数
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新規陣地 S-300/400の割合

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コメント

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歴史を学んでる大学生。更新不定期。 基本的に衛星画像を使った軍事・災害分析等。
ロシア防空システムの大規模再配置  ―衛星画像から見るS-300/400の移動とドクトリンの変容―|AS-22
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