ストーリー

どん底でも「自分」崩さなかった清志郎 三浦友和さんが感じたプロ魂

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岡田昇

 2期生として入学した都立日野高校で、柔道部を立ち上げるなど青春を満喫した俳優の三浦友和さん(74)。のちに「RCサクセション」で日本の音楽界を席巻する故・忌野清志郎さんをはじめ、個性豊かな同級生たちとの思い出を、前回に続き語ってもらった。

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インタビューで、高校時代を語る俳優の三浦友和さん=2026年1月14日午後2時17分、東京都港区、上田幸一撮影

 《音楽を接点に忌野清志郎さんと親交を深める三浦友和さん。清志郎さんのミュージシャンとしての才能を随所に感じていた》

 彼の家に行くと、自分で書いたノートがあるんです。歌詞の上にコード進行が書いてあって、めくってみると、すでにいっぱい曲を持っている。コピーバンドをやっている自分たちとは違う世界に生きている人間なんだなって思いました。

 そんな彼らのRCサクセションも、デビューして最初の頃は自分たちで演奏させてもらっていないんですよ。全部スタジオミュージシャンがやって、歌だけ入れている。そういうのを見て、現実というのは、こういうことなんだと思いました。

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東京・日本武道館でのライブで歌う忌野清志郎さん=1992年

 でも、彼らは本当にプロで食べていこうという気持ちがあったので、そこからすさまじい練習を重ねていった。1、2年の間にたちまち自分たちで演奏できるようになり、レコーディングも任せてもらえるようになりましたから。僕にも音楽でやっていけたら、という漠然とした気持ちがありましたが、自分にはできないなと思いました。

 スタジオミュージシャンを見たときも驚きました。初見で譜面通りに、しかもすごい腕前でできてしまう人たちを目の当たりにして、これは自分とは違うなと思いました。

 それで、高校卒業後、フラフラしているときに、RCサクセションのマネジャーに「音楽じゃなくて、他のことやってみたら」と勧められたのが、この世界に入ったきっかけです。

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インタビューに応じる三浦友和さん=1979年、東京都新宿区

 《三浦さんは1972年、T…

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