パリ五輪が終わった。日本は海外大会では最多の金メダル20個、総メダル45個を獲得した。深夜~未明の競技が多かったので、睡眠不足になった方も多いだろう。
ゴルフ競技の日本代表は、松山英樹が男子では初めての銅メダルを獲得し、日本選手団の過去最多メダル数に貢献した。中島啓太は49位。女子の山下美夢有は銅メダルに1打差の4位で終わった。笹生優花は54位だった。
なにより、松山の銅メダルを取ったときの笑顔が印象的だった。2021年マスターズで日本人初のメジャー優勝を果たしたときに匹敵するか、それ以上の喜び方と思ったのは筆者だけだろうか。
しかも、賞金なしで3位。普通のプロのトーナメントなら、まず笑顔にはならず、どちらかというと憮然とするだろう。普段はクールな松山だが、銅メダルを手にした気持ちが表れていた。
ちなみに、賞金はないが、銅メダルの報奨金として日本オリンピック委員会(JOC)から100万円、日本ゴルフ協会(JGA)から600万円の計700万円を受け取ることになる。
パリ五輪での熱戦
競技はパリ郊外のル・ゴルフ・ナショナル(男子パー71、女子パー72)で行われた。フランスオープンという国の最高峰の大会、日本で言うと日本オープン、の会場でもあり、男女とも1日18ホールで4日間、計72ホールの合計スコアで争われた。
芝生とは言えない、伸び放題の野草が生い茂っているラフに入れると脱出は容易ではない。ショット、特にドライバーショットの正確さがまず求められるコースだった。
松山の銅メダルまでのプレーを簡単に。
第1ラウンド、8バーディー、ボギーなしの63で首位に立った。第2ラウンドは68で回り、追い上げたフリートウッド(英国)に並ばれたが首位で前半を折り返した。第3ラウンドでパープレー71とスコアを伸ばせず、首位に立ったラーム(スペイン)に3打差4位に後退した。
最終ラウンド、12番までに6バーディーの猛チャージで優勝争いに入ったが、13番以降スコアを伸ばせず、62の快スコアをマークしたシェフラー(アメリカ)が金、フリートウッドが1打差で銀、さらに1打差で松山が銅となった。
JGAのHPによると、メダル授与式を終えた松山は、「金メダルを目指していて、今日も17番ホールを終えるまでそのチャンスはあったと思います。でも、メダルを取るために前回の東京五輪で(銅メダルプレーオフで)苦労して、それで取れなかったということあるので、今回こうやって銅メダルを獲得できてうれしいです」と話している。
一方、女子の山下は、メダルに手をかけた直後に2つのダブルボギーで逸した。
2打差3位で迎えた最終ラウンド、途中落としたが8番バーディーでトップと2打差になった直後、バーディーを狙える9番パー5でグリーン左のラフからの第3打をグリーンの反対側まで打ち、第4打も寄らずダブルボギー。
その後盛り返して、15番のバーディーで2位タイグループに加わったが、直後の16番パー3で池に入れてダブルボギー。最終18番で入れれば銅メダルの可能性がある3位タイというイーグルチャンスを作ったがパットが外れた。
インタビューでは「すごい緊張感があって楽しくラウンドできた」と悔しさを押し殺していたが、その後小林浩美・日本女子プロゴルフ協会会長に抱擁され、涙を流した。
プロ選手にとっての五輪の価値とは
ゴルフが112年ぶりに五輪競技に復活したのは、2016年リオデジャネイロ五輪。当時、五輪にゴルフという価値観がゴルフ界では理解しにくかった。実際、「五輪はアマチュアの祭典。プロが出るの?」と話したプロゴルファーもいた。
特に男子のトッププロは、4大メジャー大会(マスターズ、全米オープン、全米プロ、全英オープン)を全制覇する「グランドスラム」をゴルフを志したときからの目標とするケースが多い。
そのため突然賞金の出ない五輪といわれても価値を見出しにくく、さまざまな理由で欠場する選手が続出した。一方、女子のトップ選手は、ほぼ全員が五輪に出場した。
そのときにこのコラムでも触れたが、プロの出場を解禁した五輪競技の中には、ゴルフと同様のことがすでに起きていた。1988年ソウル五輪でプロ解禁になったテニスは、ゴルフ同様に4大メジャー(全豪、全米、全仏、全英各オープン)との比較価値観で出場に後ろ向きな男子が多かった。
一方、女子ではソウル五輪に、当時の第一人者シュテフィ・グラフが出場して金メダルを獲得。グラフはこの年、年間グランドスラムも達成している。
この偉業が呼び水となって、その後テニス界では4大メジャーを制するグランドスラムに、五輪の金メダルを加えた「ゴールデンスラム」という呼び方が定着していった。
パリ五輪では男子のジョコビッチが5度目の挑戦で金メダルを取って、男女合わせて史上5人目のゴールデンスラムを達成。報道によると、涙を見せて「これ以上幸せなことはない」と話した。五輪の価値が浸透している。
筆者が新聞社時代に取材した1992年のバルセロナ五輪では、バスケットボールがプロ解禁になった。
NBAは五輪の価値に疑問を感じていたが、数億円を稼ぐマジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダンといった選手たちは「乗り気」で「ドリームチーム」として、圧倒的な力を見せつけた。
この成功で、以後の五輪にアメリカは「ドリームチーム」を送った。それが世界への普及に結び付いて、NBAには世界各地から選手が集まっており、ほとんどの出場国にはNBA選手がいて、各国の力の差も縮まっている。
テニスもバスケットも、プロが五輪に出場してもお金にはならない。高額を稼ぐプロたちがどういう価値を見出すのか。
それぞれで五輪への考え方は違うだろうが、基本的に「勝ちたい」「1番になりたい」という思いが強いのがプロであり、その競技を「将来のために普及させたい」という思いもあるだろう。
国を代表するというのも「くどき文句」の1つになるだろうか。何より、「4年に1度」しかチャンスが来ない五輪の金メダルの希少価値は大きい。
五輪での活躍で注目度が上がる
そして、プロが出場する「魅力」は、五輪競技として存続するかどうかにもかかわってくる。
例えば野球。東京五輪では競技として復活し、日本が金メダルを獲得したが、今回のパリ五輪では実施されなかった。開催国を含めた世界各国への普及度や一般への人気などが大きくかかわってくる。
野球に魅力がないわけではもちろんないが、道具や場所など野球には制約も多く、世界的に普及していない現実はある。
次の2028年ロサンゼルス五輪でまた野球が復活するというから、アメリカも日本も「ドリームチーム」をつくって映像を通じて世界に野球の魅力を伝え「五輪から野球を外せない」とスポンサーも含めた五輪関係者、ファンに思わせることが次につながる。
翻ってゴルフはどうだろうか。
ゴルフ競技は、次のロサンゼルス五輪では実施が決まっている。2032年のブリスベン(オーストラリア)もゴルフが盛んなところ。ゴルフ競技としてはそこからが勝負だ。
パリ五輪では、会場のル・ゴルフ・ナショナルに連日3万人近いギャラリーが詰めかけた。確かに映像を見ると、どのホールにも人がたくさんいた。
どちらかというとゴルフはメジャースポーツではない国で、相当数のギャラリーはゴルフを見たいと思って見に行ったわけではなく、初めてゴルフを見る人もいただろう。
観戦マナーなどはわかっておらず良くなかったらしいが、東京五輪が無観客だっただけに日本の選手を含めて多くの選手が「応援を楽しめた」と話している。
フランス選手にメダルこそなかったが、優勝争いに絡み、ギャラリーのフランス国歌の合唱などもあったというから、会場は相当の盛り上がりだったのだろう。
日本でのテレビ観戦では、通常の日本のトーナメント(土日)の視聴率(世帯視聴率)は、男子2~3%、女子3~4%台なのに対して、パリ五輪ではビデオリサーチ社が発表している男子最終ラウンド(速報値、世帯視聴率)が12.1%(21時~)、9.6%(22時45分~)と高い数字になっている。
金メダル争いをしているということで、ゴルフを初めて見た人がいるかもしれない。
こうした現地、映像などで子供を含めてゴルフをしない人、知らない人に見てもらえる機会が五輪でもあり、選手たちのプレーぶりがひいては五輪でのゴルフ競技の存続にかかわってくるといっても大げさではない。
特別なモチベーションと目標に
それには何より、選手の気持ちが大切だ。「五輪ってどうなんだろう」というモヤモヤした気分で出てもいい結果は出ない。
松山が表彰台で他のメダリストと自撮りするのもトーナメントでは見られない光景だ。
表彰式後のインタビューでは「隣に金メダルかけている人がいるので、うれしい反面、悔しいような気持ちでいます。自分の中で、これ(銅メダル)を持っていることによってすごく変わる部分もあると思うんで、よかったなと思います」とし、「まだまだ次のオリンピックも頑張りたいという気持ちです」と語っていた。
8年前のリオデジャネイロ五輪で、ジカ熱への感染不安を理由に出場辞退した松山が、すっかりオリンピアンになっているように見えた。銅メダルはできれば日本でトーナメント出場やイベントがある際は持ち歩いて、特に子どもたちには見せたり、触れさせたりしてほしい。
山下はロサンゼルス五輪への思いを聞かれ「やっぱりその(出場する)気持ちも強くなりましたし、でもまだ試合も続くんで、メジャーもあるんで、そこでしっかり結果出せるようにしていけたらなと」と話している。五輪が目標になったようだ。
「五輪の悔しさは五輪でしか晴らせない」と、さまざまな競技の選手が口にする。悔しい思いをする選手のほうが圧倒的に多いのが五輪でもある。4年に1回の希少な機会でしか得られないメダルを含めた価値にゴルフの選手たちも気づけば、試合が面白くなり、五輪競技として存続する可能性が高まるだろう。
ジュニア世代の目標に五輪の金メダルが加わってくれば、ゴルフにも「ゴールデンスラム」のような称号が生まれるかもしれない。