『今、我々は厄介な問題を抱えている。都市の中にこもりきり、日に日に気分が滅入る一方だ。そこで、此度の宴を設けた。お前たちの役割はわかるな?』
『――はい。お招きに与り、至極光栄に思っておりますわ』
『何故、跪かない? 二将の前だとわかって……』
『待て。そういきり立つな。この場は酒宴のために開いたのだ。芸事で身を立てるものたちに求めるのは、礼儀作法ではなく、無聊の慰めだろう』
『む……『将』がそう仰るなら……』
『武人の気迫に身じろぎもしないか。さぞ、舞に自信があると見える。だが、最初の印象は悪いぞ。覆してくれることを期待する』
『……寛大さに感謝を。ですが、ご安心くださいまし。――これよりお目にかけますは、大瀑布の彼方より参りました麗しの舞姫。日の光を呑み込む艶めく黒髪に、精霊の祝福を受けた美しき白い肌、天上人もかくやと言わんばかりの至高の美貌、今宵、盛大に舞わせていただきます』
『――貴様の負けだ、ズィクル・オスマン』
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「──さすが、口上がすらすらと出てきますね」
直前まで緊張に背中を濡らしていたとは思えないほどに、堂々と、大仰な前口上を口にして歌を紡ぎ出すスバルの姿に、レムは歓喜と理性の間で犇きあっていた。
「流石、口だけは上手いことよな」
アベルが、そう、不遜に口にして鼻を鳴らすのを聞いて、レムはムッとしたように目を細めてアベルに食ってかかる。
「そこがスバルくんのいいところですよ。それに、レムとしては女装をした可愛いスバルくんが歌う姿が見られただけでも至高に近いので」
「貴様……そんな感じだったか?」
アベルが疑念の意を込めてレムを見るのをレムはスルーして、スクリーンに目を戻す。
「──あなたは、普段からそう、堂々としていた方がいいとも思いますけど」
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『重ねて言うぞ、ズィクル・オスマン。貴様の負けだ。今すぐに降伏し、部下に武装を解除させよ。さもなくば、貴様の酒杯は酒ではなく、血が満ちるであろう』
『踊り子、お前……いや、あなたは……』
『――っ! おのれ、賊めらが! 勝手なことを……!』
『悪いんだガ、族長からアベルの顔は守れって言われてんダ』
『二将! 此奴らを今すぐに……』
『――やめろ! 逆らうな! ……そちらの言う通りにすれば、部下の命は保証してもらえるのか?』
『それも貴様の態度次第だ、『臆病者』』
『ぐ……っ』
『聞いているぞ、ズィクル・オスマン。貴様は『女好き』と呼ばれる以前は『臆病者』とそう呼ばれていたな』
『他者が貴様を臆病と誹るのは、結果を見ての虚勢か、そうでなければ結果を見られない愚者の放言だ。俺は、貴様の性質を勝算とした。貴様は無駄な被害を嫌う。故に、『臆病者』とされた用兵家の貴様なら、この状況で抗うまいと判断したのだ。――俺を失望させるか?』
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「そっか、でも、私はそっちの方が好きだわ。変に争って誰かが傷つくのなんて、良くないと思うもの」
ズィクルが臆病者と揶揄されることに、エミリアはそう言って優しく笑った。
たとえそんな風に言われても、エミリアはズィクルの在り方の方が好意的に捉えられる。
「ね、ユリウスもそう思うでしょ?」
「そうですね。そもそも、無駄な被害を望まない姿を臆病者と揶揄するのは、そう思った側の心持ちの問題だとも、思いますが」
ユリウスが少し瞳を細めて言うのに、エミリアは顎を引いて頷く。
「そうよね。ズィクルさんの考え方は、褒められるもので、バカにされるものじゃないって思うもの」
「ええ、そうですね」
「きっと、スバルだってそう思うわ。きっとね」
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『――武装を、解除いたします。部下にも、厳命を』
『賢明な判断だ。……何を呆けている。さっさと屋上の旗を燃やしてこい』
『うえ? わ、わたくし?』
『貴様だ。貴様だけだぞ。事態が動いてから、何一つ役目を果たさなかったのは。さっさといけ。ミゼルダたち抜きでは、武装解除させるのも手に余る』
『わ、わかりましたわよ! ええ、ええ、ごめんあそばせ!』
『それにしてモ、大したものだったナ、スバル……いヤ、ナツミ』
『れ、レム……ど、どうしましたの? わたくし、何ともなくってですわよ?』
『そう、聞いてはいます。ただ、あなたはどこかにケガをしていても、それを隠して同じことを言いそうな気がしたものですから』
『信用がないですわね……でも、わたくしも痛みに強い方ではありませんから、ちょっとしたケガでもすぐに申告しますわよ。ホントホント』
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「────」
ベアトリスが、スバルの言葉に特殊な模様の入った瞳を伏せる。
スバルが痛みに強くないというのは本当だ。
そのくせ、いつも痛い思いをするのがスバルなのは、ベアトリスとしては納得のいかない事象なのだが。
だが、ベアトリスが引っかかったのはそこではなく、
「ちょっとしたケガでも、申告……」
過ぎるのは、空が宵闇に染まる刻、鉄の香りと共に小さく唸る声をあげるスバルの姿。
それは、ベアトリスしか知らないこと。
「──ちゃんと言わないと、許さないかしら」
ベアトリスが、そう、暗い面持ちで呟くのを、
「──旦那くん、君は……」
フロップが、いつもの柔らかい顔立ちに悲しそうな色を載せて、見ていた。
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『わ、わたくしの身を案じてくださるんですの?』
『は?』
『あ! ごめんなさい! 調子に乗りましたわ! そうですわよね! 別に、レムがわたくしのことを心配だなんて……』
『しましたよ』
『へ?』
『だから、心配しました。当然でしょう。どれだけふざけた作戦だったとしても、あなたにそれをさせたのは私です。なのに、私が心配しない? いったい、私のことをどれだけ薄情な人間だと思っているんですか』
『い、いえいえいえ、そうではないんですのよ。レムが薄情だなんて思っていません! レムは愛情深くて、ちょっと思い込みが激しくて、親しくなる前は余所余所しいところもありますけれど、そのギャップもたまらない魅力で……』
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「──スバル様は、どうしてそう、自己評価が低いんですの? レムが記憶をなくして以前にも増して毒舌に拍車がかかっているとはいえ、そこまで酷くはありませんわよ」
「えー? そうかしらあ? レムお姉さん、ラムお姉さんに似て口が悪いからあ、お兄さんには伝わってないんじゃないのお?」
メィリィがによによと笑いながらそう揶揄うのを聞いて、フレデリカが小さく頭を小突く。
「いけませんわよ、それに、スバル様なら、きっと──ええ、おそらく、分かっているはずですわ」
「断言できないあたり、残念なことだわあ」
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『失礼しますわよ』
『――貴様か。まだ、その格好をしているのか』
『わたくしの格好には触れないでくださいまし。それよりも、護衛もつけずに二将と二人きりになっているんですの? 命知らずにも限度がありません?』
『無論、此奴に抵抗の意思があれば剣を突き付けもしよう。だが、そのような意思は此奴にはない。そうだな、ズィクル・オスマン』
『――は。その通りにございます、閣下』
『話したんですの?』
『話すまでもなかった。どうやら、此奴は舞の最中に気付いていたようだな。いや、正確には舞のあと、頭で理解したというべきか』
『──?』
『だが、明かすまでもなく察したのであれば好都合よ。ズィクル・オスマン、俺に従え。悪いようにはせぬ』
『は! 閣下の御為でしたら、このズィクル・オスマン、身命を賭させていただきます!』
『ま、待った待った、本気ですの!? まだ、何にも事情聞いてないんですのよね!?』
『眼前に閣下がおられ、我が身を求めておられる。なれば、これに応じるのが帝国の『将』としての務め。何より、前以上の忠節を、閣下にお誓いしたい』
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「大した忠誠心だわ。見た目に反してかなりちゃんとしているのね」
ラムがそう口にして足を組み直す。
ズィクルの忠誠は深く、こちら側にとってかなり都合のいいことに違いはない。
「──まあ、ラムのロズワール様への忠誠には遠く及ばないけれどね」
そう、傲岸不遜に言い切り、ラムは不敵に笑った。
「──なんで最後に自慢入れてきたんですかねえ……」
「さッァ……女心ってのは難ッしいもんだからなァ」
「そういうもんですかねえ……」
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『ズィクル・オスマンが従うのであれば、その下の『将』もこちらにつこう。城郭都市と合わせて、ようやくマシな戦力を集めたと言えるな』
『とはいえ、余所と構えるのであれば戦力不足は必至。まずは、帝都より送られるはずの増援、これを市内へ招き入れ、投降を呼びかけるべきかと』
『――帝都の増援。――今すぐに街の正門を閉じよ! 使者であろうと取り合うな!』
『ルイちゃん、落ち着いてください! どうしたんですか? 何かあったなら、私がちゃんと聞きますから、泣かないで……』
『うー!』
『え? あっちに、何かあるんですか?』
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「──一体どうしたの……? まだ何か……」
菜穂子が、困ったように眉根を寄せて、そう、小さく声を落とした。
それを横目に、ラムは足を組み直して、低く呟いた。
「──この状況……少なくとも、好機ではないでしょうね」
アベルの焦りようからして、レムたちの身に困った事態が押し寄せているのだと、そう推測することは容易かった。
「──最悪ね」
小さく、舌を打った。
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『――それだと、わたし、殺せない』
『――貴様か、アラキア』
『閣下、ひさしぶり』
『貴様も、息災のようだな。――チシャも、容赦のない真似をする』
『しないよ? 危ない、から』
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「──なるほど」
セシルスが、酷く楽しそうに、それでいて底の見えない笑みを浮かべた。
この男の考えなど、賢者でも一割理解できたら御の字と言ったところなのだから、底が見えないのはいつものこととも言えるが。
「──楽しそうだな、貴様」
「ええ、もちろん! バッスーがこの危機を如何にして切り抜けるのか……それを見たい気持ちがありますからね」
「──そうか」
それ以上、アベルは何も言わなかった。
この男に一々本気で向き合っていてはキリがないからだ。
「──だから、そう一々殺気を向けるな」
「──分かっています……」
レムは、そう器用な性格ではなかった。
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『アラキア一将……帝国最強の、『九神将』の一人!』
『それも、九神将の『弐』だ。――つまり、帝国で上から二番目ということになる』
『頑張っても、無駄』
『じょ、せいを……これ以上、傷付け、させは……』
『──れ、むは』
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「──正体が男性だとわかっていながら、その理論を貫けるのだから、彼の信念は深いな」
ユリウスが、ズィクル・オスマンの有り様に、感嘆したように息を吐いた。
だが、現実はそうも言っていられない。
ズィクルに庇われても尚、スバルの体にはダメージが通っている。
「──分が悪いな……」
オットーが、そう、眉根を寄せて口にしたのを、誰が聞いていただろうか。
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『言いなりの人形が、大仰な真似をする。貴様、自分が何のために俺の配下に加わっていたか、それを忘れたか?』
『……閣下、嘘ついた。わたし、騙されてた。だから、許さない』
『――それも、チシャの入れ知恵か』
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レムが、柱を倒して攻撃を図るが、悲しいかな、アラキアとの圧倒的な力量差の前では、そんな小細工はなんの意味もなさなかった。
「──これは」
アナスタシアの顔が、僅かに顰められる。
この局面で、レムの剛力が通じない敵。
勝ち目は薄い。
「うそー! アベルちん頑張って!」
アベルのフィジカルがこの場でなんの役に立つというのか。
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『あ、鬼だ。珍しい』
『あなたは……っ』
『……邪魔、しないで。仲間は傷付けたくないから』
『仲間……?』
『力加減、苦手だから。あなたも、飛ばしちゃう』
『だったら、だったら、やったらいいじゃないですか。これだけのことをして、今さら何を躊躇うことがあるんです。そんなの……』
『……残念』
『――何とも滑稽な挺身よな。だが、悪くはない』
『名乗る必要はないぞ、愚物。妾の名をこそ呼ぶがいい』
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画面いっぱいを埋め尽くす、轟々と燃え盛る炎のような女。
傲岸不遜に笑うその顔は、不思議と敵対心を削ぐ、美しさがあった。
「──この声」
その声が響いたことに、不思議な気持ちを覚えたのは、エミリアだった。
まるで、もう二度と聞けない声を、聞いたような──
「──プリシラ、さん」
レムも、同様だったのだろう。
泣きそうなのを抑えて、画面を見つめていた。
まじで全裸待機。地獄すぎて楽しみすぎる