あなたの下の名前の母国である日本での収録を終えたあと、なんとなく足が向いたのが、そのあなたの下の名前の部屋だった。
ドアを叩くと焦ったような声が聞こえ、少し待たされたあと、中に入れてくれた。
部屋にはあなたの下の名前のほか誰もいなくて、彼のそばに腰かける。
シャワーを浴びた直後だと言っていた通り、ふわりとした柑橘系の香りが鼻腔をくすぐってきて、優しさに包まれたような雰囲気で、思わずあくびが出てしまった。
絶対に寝ないでね、なんて釘を刺してくるあなたの下の名前に対して、なんとか思いついた話題を口にする。
🐰「そういえば知ってたけどね。あなたの下の名前は僕に黙って恋人なんて作らないから」
そう言うと、素っ頓狂な顔をして首を傾げてくるから、少し大げさに嘆いてみせる。
するとあなたの下の名前は思い出したように、小さく笑った。
🐧「あの3つめの約束、こういうときのために使うの?」
🐰「まあ、似たような感じ」
🐧「なに、そのはっきりしない答え。でも、そっか、すっかり忘れてた」
懐かしそうに呟くあなたの下の名前に、僕のまた、その「約束事」について考える。
STAYたちにとっては噂でしか知らない話──あなたの下の名前の練習生時代の怪我のことだ。
当時は僕もまだこの子と出会っていなかったから、詳しい話はわからない。
ただ、後からこの件を受けてチャニヒョンと約束を交わしていたことを知った僕は、その内容を白状させ、同様の約束を結ばせた。
そのときに、ほんの少しの出来心で、さらに一つ約束を追加したのだ。
半分は冗談のつもりで、でももう半分は真剣だった。
……どこまでも嘘つきな可愛いこの子を、年上の僕が守ってあげないといけないと感じていた。
思えばあれは、勘が働いた結果なのかもしれない。
ドッキリを仕掛けられたときに、誰よりも早くカメラの存在に気づくのと同じように。
🐰「でもあなたの下の名前、その約束あんまり守ってないでしょ」
🐧「え?いや、そんなこと……」
🐰「僕の目を見て、それ言える?」
辛いときは一人で背負い込まないこと。
なにかあれば誰かを頼ること、「助けてほしい」と言うこと。
このあなたの下の名前に対して、チャニヒョンはよく約束を取り付けられたと感心する。
いつもどこか一歩引いた感じで、触れれば壊れてしまいそうな、だけど放っておけば儚く消えてしまいそうなあなたの下の名前は、不調も不安もうまく隠してしまう。
デビュー以来、彼が誰かに自分から助けを求めたことは幾度あるだろうか。
決して僕たちが頼りないとか信頼できないとか、そんなふうに思われているわけではないと確信できる。
必要なときはちゃんと声をかけてくれている。
でも何故か、言葉では説明できない見えない壁があるような気もするのだ。
🐰「だって、今の今までその約束も忘れてたでしょ。……チャニヒョンには話せてるの?」
🐧「……」
🐰「目が泳いでる」
🐧「ヒョン怖いって」
🐰「それなら改めて約束して。なにも、すべて正直に打ち明けろとは言わない。あなたの下の名前の過去が複雑なのも知ってるから。だけど……限界が来るよりもっと前に、ちゃんと話すって約束して。僕じゃなくてもいい。チャニヒョンでも、弟たちでも。……今さらあなたの下の名前がなんと言ったって、僕たちは真正面から受け止める覚悟くらいある。望んでも逃がしてやらないどころか、世界の果てまでも追い駆けてやる」
🐧「リノヒョンなら本気でやりかねないね。……約束するよ」
改めて振り返ったら恥ずかしくなるような言葉で、あなたの下の名前にぶつかる。
今はまだ、仕方がないからこのくらいにしておこう。
いつの日か、あなたの下の名前の驚いたような顔を見るのが楽しみだ。
……なんて、自分でもわけのわからないことを考えてしまった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。