『Time of Ring』(第十稿)Part.11
最終幕:悪夢の終わり
光の粒子となって崩壊していく時空の狭間で、
大地の意識は元の肉体へと戻り、
あてもなく漂っていた。
周囲では、歴史のエラーの結晶であり、
あかりを苦しめていた「クロニウム」が、
春の雪のように静かに溶けて消えていく。
『見事な選択だったよ。』
ノルディックのシグルの声が
穏やかに響き渡った。
『宇宙の時間というのは、
一本の川ではなく、
海みたいなものだ。
波は前に進むだけでなく、
岸にぶつかっては後ろへと戻り、
互いに影響を与え合いながら
豊かな生態系を築く。
君たちがクロノスの過剰な「剪定」を拒み、
システムを破壊してくれたおかげで、
宇宙に降り積もっていたこの「時間の淀み」も
霧散していく。』
溶けゆくクロニウムの光が、
大地の頬を暖かく照らした。
『これで、君の妹の脳を焼いていた過剰なデータも消え去り、
悪夢から解放されるだろう。
さあ、帰るがいい。
君たちが選び取った、
不確定で自由な、泥まみれの日常へ。』
声が遠ざかると共に、
時空の海は完全な白へと染まった。
——消毒液の匂いと、
静かな心拍モニターの電子音。
大地が目を開けると、
そこは2026年の、
国立医療センターの
硬いプラスチック製の椅子の上だった。
窓の外には、
見慣れた冬の青空が広がっている。
赤い太陽も、
鉛色のスモッグも存在しない。
初めからタイムマシンなど
存在していなかったかのように、
ただの日常がそこにあった。
「……お兄ちゃん」
ガラス越しの無菌室。
かすれた、しかし確かな声が聞こえた。
大地は弾かれたように立ち上がり、
ガラスに駆け寄った。
ベッドの上で
三週間以上目を閉じていたあかりが、
ゆっくりとまぶたを開けていた。
システムからの強制干渉から解放された彼女の脳は、
正常な機能を取り戻していた。
病室に入った大地は、
あかりの細い手を両手で強く握りしめた。
「……ひどい顔だね、お兄ちゃん。
何日徹夜したの?」
あかりが、少しだけ口角を上げて笑った。
「そっか……。私もね、
すごく長くて、不思議な夢を見てた気がする。
いろんな時代の人たちが……最初は傷つけ合って、
自分だけ助かろうとしてたんだけど。
最後はみんなで泥だらけになりながら、
一つのものを作ろうとしてる夢、かな。」
神のような存在からの心地よい啓示などない。
ただ、異なる時代に生きた命たちが、
不器用に影響を与え合い、
痛みを伴いながら手を取り合ったという「事実」だけが、
彼女の記憶の底に暖かく残っていた。
「……ああ。いい夢だったな。」
大地は、無意識に自分のポケットの中に手を入れた。
そこには、未来の薬も、転送デバイスも、何もない。
あるのは、
誰かに管理されることなく、
自分たちの足で選び、
泥にまみれながら進んでいく
不確定な世界だけだ。
「さあ、帰ろう。あかり。」
無限に広がる新しい地平線を前に、
大地の静かで、
しかし確かな日常が、再び動き始めた。
(了)



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