『Time of Ring』(第十稿)Part.5
第五幕:大量絶滅
ヒュパティアから託された地底の星図を持ち、
大地は2156年の時間管理局へと帰還した。
息をつく間もなく、藤堂が厳しい顔で口を開く。
「奴らの地下都市の座標は特定できた。
だが、現在の武力で強襲をかけても勝ち目はない。
奴らがなぜ地下に逃げ込み、
無菌環境に依存するようになったのか。
その原因を作った地点へ遡り、
根本を叩く必要がある。」
今回は、空間跳躍を伴うため、
新型の時空艦「NOA」を使用することになった。
そして、その操縦席には
観測司令の水原由紀が座っていた。
「今回は私も同行するわ。 遠い過去への跳躍は、
AIの計算だけでは不測の事態に対応しきれない。」
大地は少し驚いたが、 黙って副操縦席に腰を下ろした。
転移の暗闇は、これまでとは決定的に違う「重さ」があった。
体が意識を保ったまま、視覚だけが完全に奪われる。
そして唐突に光が戻った瞬間、
大地の視界を埋め尽くしたのは、
文字通りの「地獄」だった。
——ドォォォォォォン……ッ!!
腹の底を殴りつけられたような
激しい衝撃と重力震。
NOAのメインスクリーンが
外の映像を映し出した時、
青空はどこにもなかった。
大気との摩擦で燃え盛る
巨大な岩塊が地平線に激突し、
周囲の大気が
致死的な熱で赤黒く歪んでいる。
眼下の海は異常な引き潮を起こし、
むき出しになった海底が、
やがて来るであろう
数百メートル級の大津波の前兆を
無言で示していた。
「現在時刻、約六千六百万年前……」
水原が、コンソールにしがみつきながら
震える声で告げた。
「巨大隕石の衝突直後よ。」
時空転移の衝撃で推進力を失ったNOAは、
海岸線に切り立った岩肌に激突し、
鈍い金属音を立てて不時着した。
警告音が鳴り響く中、
大地がハッチをこじ開けて外に出ると、
強烈な熱風が容赦なく肺を焼いた。
周囲には、熱波と降り注ぐ火の粉から
逃げ惑う小さな命があった。
小型の恐竜の幼体たちだ。
大気の異常な熱波に
パニックを起こした群れの中で、
力の強い獰猛な個体たちは、
弱く小さな個体を容赦なく突き飛ばし、
我先に海岸線の岩場に開いた洞窟へと
逃げ込んでいく。
取り残され、
岩陰で身を寄せ合って震えているのは、
大人しく優しい幼体たちだった。
体長は数十センチほどで、
彼らの皮膚は、
水色の硬質な鱗に覆われている。
大地は息を呑んだ。
こいつらはこれから数千万年かけて知性を持ち、
人類の歴史を歪める存在になるかもしれない。
だが、今は極限の恐怖の中で震え、
互いを庇い合うように体を寄せている、
ただの小さな命だった。
「こっちだ!」
気がつけば、
大地は炎の降る外へ駆け出していた。
逃げ遅れた幼体たちを抱き起そうとした、
その時。
足元にいた一匹の幼体が、
突然大地のブーツに強く噛みつき、
背後へと強引に引きずり込もうとした。
「痛っ……!」
大地がバランスを崩して後ずさった瞬間、
先ほどまで彼が立っていた場所に、
燃え盛る巨大な隕石の破片が
轟音と共に突き刺さった。
間一髪だった。
この幼体は、
大気の振動と熱を感じ取り、
迫り来る破片を本能で察知し、
自分を助けようとしてくれたこの人間に
警告をしてくれたのだ。
大地は、その小さな目を見て、確信した。
NOAの下部に備え付けられた
巨大なコンテナブロックのハッチを
力任せに開け放つ。
「何をするつもり——?」
「こいつらをここに入れる!」
怯える幼体たちを
燃え盛る大気から守るため、
大地は、コンテナの中へと
強引に押し込んでいった。
最後の数頭を抱え込んだ、その瞬間だった。
空を覆い尽くしていた赤黒い煙が、
さらに巨大な影によって飲み込まれた。
眼下の地平線を、
すべてを消し去る数百メートル級の
黒い大津波が迫ってきている。
「大地、早く乗って!」
水原の悲痛な叫びと共に、
大地がコンテナのハッチを閉めようとした直前。
足元を、毛玉のような小さな影が
猛スピードで駆け抜けた。
「……ねずみ?」
尖った鼻先に長い尻尾。
哺乳類の祖先と思われるその小動物は、
パニックに陥ったまま、
大地の手をすり抜けて
コンテナの奥深くへと逃げ込んでしまった。
大地はハッチを乱暴に閉鎖し、
NOAの艦橋へと飛び込んだ。
その直後、NOAの巨体は
漆黒の濁流に飲み込まれていった。
天地がひっくり返るような激しい振動。
NOAの船体は、濁流の中で木の葉のように揉まれ、
強烈な引き波に巻き込まれて、
海岸線にある巨大な岩盤の「大空洞」の奥深くへと
乱暴に引きずり込まれていった。
そこは、今しがた、オリーブ色の牢固に包まれた
獰猛な幼体たちが逃げ込んだのと同じ洞窟だった。
そして機体が岩壁に挟まり、
完全に身動きが取れなくなってしまった。
「ダメよ、水圧と岩に挟まれて浮上できない!
このままじゃ船体が潰れるわ!」
機体がメキメキと嫌な音を立てる中、
大地はコンソールの非常レバーを力強く握りしめた。
「船体を軽くする。
コンテナを切り離すぞ!」
「待って!
コンテナにはNOAの予備パーツが積んであるのよ!」
「このまま全員潰れるよりマシだ!」
大地は水原の制止を振り切り、
強制パージのレバーを引いた。
激しい金属音と共に、
下部の巨大なコンテナブロックが切り離される。
拘束から解き放たれたNOAの船体は、
残された浮力を一気に取り戻し、
暗い空洞をすり抜けて
海面へと急浮上していった。
大気圏外に近い高度まで逃れ、
水原がソナーの画面を映し出す。
彼女の顔面から、
さーっと血の気が引いていた。
切り離された長方形のコンテナブロックが、
先ほどの大空洞の入り口にピタリと嵌まり込み、
分厚い「蓋」となっていたのだ。
さらに、津波が巻き上げた凄まじい量の海底の土砂が、
コンテナごと空洞を完全に覆い隠し、
分厚い地層の下へと埋め立てていく。
「あいつらは……あの蓋の奥に閉じ込められた。」
密閉されたコンテナと、その奥に広がる大空洞。
あの中に残された幼体たちは、
外界から完全に隔離された無菌の地下空間で、
気の遠くなるような時間をかけて進化していくのだ。
レプティリアンという敵の最大の弱点を作り出したのも、
この狂った歴史を動かしたのも、
他でもない「自分自身の選択」だった。
「俺が、奴らの巣を……」
大地は泥だらけになった自分の手のひらを見つめ、
歯を食いしばった。
「行くぞ。
ヒュパティアが残してくれた座標へ。」
大地は、星図が示した約3000万年前の
アフリカ大陸地下へ向けて、
NOAの空間跳躍システムを起動した。



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