『Time of Ring』(第十稿)Part.4
第四幕:古代図書館
太陽が、肌をジリジリと焦がしていた。
肺に飛び込んできたのは、
乾いた砂埃と、
大量のパピルスが燃える強烈な匂いだった。
紀元後415年、エジプト・アレクサンドリア。
大理石で舗装された美しい大通りは、
今や狂乱の坩堝と化していた。
松明や棍棒を持った何百という暴徒たちが、
怒号を上げながら巨大な図書館の列柱を打ち壊し、
貴重な書物の山に次々と火を放っている。
神の名を騙り、
知識を「悪魔の教え」として憎悪するよう、
裏からレプティリアンに扇動された民衆の姿だ。
「引きずり出せ!
異教の魔女を殺せ!」
暴徒の群れが、
一台の二頭立ての馬車を取り囲んでいた。
御者はすでに石を投げつけられて逃げ去り、
馬車の荷台で、
一人の女性が必死に抵抗していた。
彼女が、この時代の最高峰の知識人であり
天文学者、ヒュパティアだ。
彼女は美しい顔を煤で汚しながらも、
胸に一本の太い金属製の円筒(スクロールケース)を
絶対に渡すまいと抱きしめている。
その孤立無援で権威に抗う姿に、
大地は14世紀のパリで出会った
イザベラの姿を重ねていた。
時代が変わっても、 無知と恐怖に抗い、
信念を貫こうとする人間の輝きは同じだ。
「どけえええっ!!」
大地は、路地に立てかけられていた長い木の棒を掴み取ると、
群衆の背後から猛然と突っ込んだ。
棒を薙ぎ払い、
暴徒の隙を突いて
馬車の御者席へと跳躍する。
「手綱に掴まれ!」
大地は、ヒュパティアを荷台に引き戻すと、
手綱を激しく振り下ろした。
怯えていた二頭の馬が嘶きを上げ、
暴徒の群れを強行突破して
石畳の通りを猛スピードで駆け出す。
「追え! 逃がすな!」
荷車や略奪品が散乱するアレクサンドリアの市街地を、
馬車は火花を散らしながら爆走した。
車輪が石畳の段差で跳ねるたび、
胃が浮き上がるような浮遊感と
強烈な振動が全身を打つ。
背後から、異常なスピードで追走してくる数人の男たちがいた。
黒いローブを羽織っているが、
その脚力は明らかに人間の限界を超えている。
フードの奥で、縦に割れた瞳孔が不気味に光った。
人間に偽装したレプティリアンの暗殺部隊だ。
「くそっ、しつこいな!」
レプティリアンの一人が、
跳躍して馬車の後部にしがみついた。
男が懐から鋭い短剣を引き抜き、
ヒュパティアに迫る。
大地は手綱を固定し、
振り返りざまに木の棒を突き出した。
男の腕を弾き飛ばし、
そのまま胸板を力任せに蹴り落とす。
だが、別のもう一体が
横から馬の首に飛びつこうとした。
「このままじゃ馬がやられる!」
大地は馬車を市場の狭い路地へと強引に旋回させた。
馬車は、積まれた果物や布の屋台を
次々と粉砕しながら突き進む。
視界の先には、堅牢な石壁が迫っていた。
「飛び降りろ!」
大地はヒュパティアの腰を抱き寄せ、
馬車が壁に激突する直前に、
横の天幕へと身を投げ出した。
分厚い布の山に転がり込み、衝撃を殺す。
ガシャアァァンッ!!
馬と切り離された車体が石壁に激突して木端微塵になり、
しがみついていたレプティリアンも瓦礫の下敷きになった。
もうもうと土煙が舞う中、
大地とヒュパティアは路地の奥にある、
廃墟となった神殿の地下室へと身を滑り込ませた。
外の狂騒が、遠くのくぐもった音に変わる。
冷たい石の床に座り込み、二人は激しく息を乱していた。
「……助けてくれて、感謝します。
見かけない顔の戦士ですね。」
ヒュパティアは乱れた衣服を整えながら、
大地の顔を真っ直ぐに見つめた。
その目には、死の恐怖よりも、
知識を守り抜こうとする強い意志の光が宿っている。
「あなたが命がけで守っていたその筒……
それが、地底世界の星図か?」
大地の問いに、
ヒュパティアは驚いたように目を丸くした。
「この古い文献の断片を
星の運行と照らし合わせていたんですが、
その結果、地底の深奥には、
天から落ちてきた者たちの
巨大な空洞が存在することがわかりました。」
ヒュパティアは金属の筒を開け、
羊皮紙に描かれた複雑な図面を取り出した。
大地は腕の端末を操作し、
その図面を光学スキャンで瞬時に読み込む。
AIクロノスが即座に解析を行い、
現在のアフリカ大陸の地下深くを示す座標が
画面に浮かび上がった。
「座標を確認した。」
大地が立ち上がると、
ヒュパティアも静かに立ち上がった。
「一緒に行こう。
ここにいれば、あなたは殺される。」
大地は手を差し伸べた。
だが、ヒュパティアは微笑んで、
静かに首を振った。
「私の言葉と知識は、
この地に蒔かれなければなりません。
肉体が滅びようとも、
ここで私が抗ったという事実だけは、
いつか後世の誰かの道を照らす火となるはずです。」
その自己犠牲とも思える気高さに、
大地は言葉を詰まらせた。
歴史の教科書通りなら、彼女はこの後、
暴徒の手にかかって命を落とす。
だが、ここで無理やり彼女を未来へ連れ去れば、
パラドックスによってさらに歴史が歪む危険があった。
「……あなたのその火は、必ず未来へ届く。
俺が保証する。」
大地は彼女の目をしっかりと見つめ返し、深く頷いた。
遠くから、地下室の扉を叩き割る
暴徒たちの足音が近づいてくる。
大地は懐のデバイスを握りしめ、
転送のスイッチを押し込んだ。
燃え上がるアレクサンドリアの熱気が、
光の奔流と共に視界から遠ざかっていった。



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