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さようなら、紀田順一郎さん。古女房は古本とは心中してくれない?

[2025・9・5・金曜日]

 

 

評論家の紀田順一郎さんが、2025年7月15日、致死性不整脈のため死去していたとの訃報が9・4に流れてきました。享年90。

 

紀田さん関連の既述についてだと、最近では、『近代出版研究2025特大号(第4号)』(近代出版研究所・皓星社)を読みました。

特集は「書物百般・紀田順一郎の世界」です。

 

紀田さんご本人のエッセイやら、「紀田順一郎と私たち」と題してのアンケート特集(①紀田さんの本で好きな)のは?②紀田さんに注目したきっかけは?③卒寿を迎える紀田さんへのエールを)もおもしろく読みました。

 

私が初めて読んだ紀田さんの本は『読書戦争』(三一新書)だったと思います。1978年に出ているようですから、大学生になってから読んだのでしょう。サラリーマン時代、昼休みにも本をむさぼるように読んでいた云々の記述があったかと記憶しています。大学に入ってから「一日一冊読破」を実践していた我が身にとって、刺激を受けた一冊でした。

 

そして『蔵書一代  なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』 (松籟社)……。読書生活の始まりと終わり……。しみじみ感が漂いますね。紀田さんはこう綴っていました。

 

「蔵書の大幅削減はできるだけ早くはじめること。できれば体力・気力のある六十代なかばまでに」「いったん決心したら、思いきって一気にやってしまうこと。そうすれば蔵書ロスの悲哀からたちなおる余裕も生まれるだろう」と。

 

前期高齢者になった我が身。古稀までにやりとげるしかありません?

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そして蔵書をかなり断捨離した時の感想をこう書いています。

 

「いまにも降りそうな空のもと、古い分譲地の一本道をトラックが遠ざかっていく。私は傍らに立っている妻が、胸元で小さく手を振っているのに気がついた。

その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りのないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に俯せに倒れ込んでいた。『どうなさったんですか? 大丈夫ですか?』 居合わせた近所の主婦が、大声で叫びながら駆け寄ってくる。

 

『いや、何でもありません。ただ、ちょっと転んだだけなんです』 私はあわてて立ち上がろうとしたが、不様にも再び転倒してしまった。後で聞くと、グニャリと倒れたそうである。小柄な老妻の、めっきり痩せた肩に意気地なくすがりつきながら、私は懸命に主なき家へと階段をのぼった」

 

何度読んでも涙が出てくるシーンです。

 

岡山に転居したばかりの時は、紀田夫人は「あなたが死んでも、この本をあなたと思って、守っていてあげるからね」と言われたといいます。当時の紀田さんはまだ還暦すぎ。

 

ところが、その紀田夫人は、岡山からいったん横浜の家に戻るとなると、 「いつまでこんな家にいられると思うの」「いくつだと思っているの?  私は本なんかと心中するつもりはありません。一人でも施設にいきます」と宣告するのです。

 

「いまや女房どのは十年前に発した決意など、すっかり忘れ、終活まっただ中の険しい表情で、断をくだすのだった」と。

 

蔵書の規模や内容は異なりますが、「明日は我が身」ですね。

 

我が余生。90歳なら、まだ23年ちょっとありますが、喜寿止まりだとあと10年ちょっと。ののほんとしてはいられません。

 

では、ごきげんよう(本欄で紹介した作品に御関心のある方は、ブログの文中の作品のリンクをクリックして註文してみてください)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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