『──ユリウス!』
『────』
『よお、稚魚じゃねえか、オメエ。遅かったな、オメエ。もう片付いちまったし、邪魔臭えからとっとと持って帰れ』
『次は容赦しねぇって言ってたわりに、温情があるんだな』
『そうでもねえよ。オメエ、箸に殺されるより、箸に負けて逃げ帰る方がダサいと思わねえか?オレは思うぜ。そンな情けねえ姿晒すぐらいなら死ンだ方がマシだ。だから、箸で負かして、逃げ帰らせてやンよ』
『クソ』
『おうおう、そうしろ。黙って担いで、負け惜しみでも言ってけよ。それで気が晴れンならオメエよ、その方が楽だし、利口だぜ。つまンねえがな。――次はいい女の誰か連れてこいよ、オメエ。あの激マブでもいいぜ』
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「──逃げ帰るのがかっこ悪いなんて私は思わないわ。相手との力量の差がわかって、再戦した時にそれを上手く活用できたならそれでいいじゃない。それを──」
あんなふうに、言わなくてもいいだろうに。
「──やっぱり、素直じゃない人は素直じゃないのよね。その嫌な言い方が強い理由だとしても、私はそうはなりたいとは思わないわ」
エミリアの綺麗な瞳は、なおも前を見据えている。
美しくあどけない顔に、芯のある強さがやどる。
それは、絵画のごとき美貌だ。
「──スバル」
名を呼んでも、返事は来ない。
早く、会いたい。
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『――揺れる、ものだな』
『――ッ!気付いたのか!』
『……お前と、アナスタシアが倒れたあとに、エミリアが『試験』を突破した。ただ、あれだ。単純な力比べで、あいつをぶっ倒したってわけじゃない。色んな偶然が味方したのと……エミリアが、その、特殊だったからだ』
『エミリア様が『試験』を越えられたのであれば、彼は……『剣聖』レイドは越えられない障害では決してない。それがわかったのは、大きな収穫だ』
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「暗い顔なのよ」
ベアトリスが小さくため息を吐く。
「──気持ちがわかるだなんて言うつもりは無いけれど、記憶は周囲との繋がりを保つ糸のようなものかしら。どうでもいい人間ならまだしも、大切な人から忘れられる悲しみは……ベティーにだってわかるかしら」
暗に、ユリウスが負けたのは気持ちの揺らぎだと、ベアトリスはそう言う。
もちろん、単純にユリウスの力不足も否めないけれど──、ベアトリスだって、スバルと一緒に戦う時と、スバルと離れ離れで戦う時だったら、前者の方が上手く戦える。
そういうものだ。
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『そろそろ、下ろしてもらえるだろうか。いつまでも君に背負われたままだと悪酔いしそうだ。地竜と違って、君に『風除けの加護』はないようだからね』
『揺れと風は我慢して、ありがたく背負われておけよ。しんどいのは事実だが、ケガ人に自分で歩かせるほど薄情者にはなれねぇ。エミリアたんに叱られる』
『――いや、君にそこまで苦労はかけられない。気絶したままならばまだしも、幸いにも目は覚めた。自分で、階段くらいは下りられる』
『つまらねぇ意地張るなよ。大体、突っ張っても今さらだぞ。背負われてるのを見られるのが恥ずかしいってんなら、一緒にいた全員に見られてる。……気絶してたシャウラと、アナスタシアだけは見てないけどな』
『ならば、それが理由だ。二人に……特に、アナスタシア様にはこんな姿を見せるわけにはいかない。下ろしてくれ』
『とってつけたようなこと言うな。そもそも……』
『――下ろしてくれと言っているだろう!』
『うお!?』
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「……恥ずかしい話だが、余裕がなかったのでね」
今となっては、随分と醜悪な過去だ。
八つ当たりもいいところだし、相手の思いやりにも気づいた上でそれを振り払った。
「──ユリウスが、こんな声出すの初めて聞いたかも」
「騎士が激昂するなんて珍しいことなのよ。まあ、ベティーのスバルは表情豊かなのがいいところだから改める必要は無いけれど、かしら」
「おやまあ、随分と苛立っているのね。ラムたちの前では気丈に振る舞っていたけれど」
「無理してたのかも……」
「騎士らしさに縛られているのでしょうね、哀れなことに」
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『お前……馬鹿野郎!いったい、何考えてやがんだ!言わんこっちゃねぇ!おい、そこにいろ、馬鹿。今いく……』
『こなくていい!……一人で、立てる。手を借りる必要は、ない。言った通り、だろう?一人で立つことぐらい、わけのないことだ』
『できれば、先に階下へ向かって説明してきてくれないだろうか。とはいえ、詳しい話と、弁明は私自身からするのが筋だろう。君はあくまで、私が見つかったことだけ伝えて、安心させてくれればいい』
『――ッ!ああ、クソ!クソクソクソ!馬鹿野郎!俺もお前も、大馬鹿野郎だ!チクショウ!』
『な……スバル、何のつもり……』
『うるせぇ!何が一人で立てるだ!へっぴり腰なのが丸見えなんだよ!そんな奴を置いてさっさといけなんて飲めるわけねぇだろ!エミリアに叱られる以前に、俺が俺に嫌気が差すっつーんだよ!』
『だが、私は……』
『俺だって、本当に手ぇ貸さなくていいんなら手なんか貸さねぇよ。ただでさえ、俺の両手はあれこれ色んなもんで埋まってんだ。本気で俺の力なんか借りたくねぇなら、俺が我慢できなくなるような情けねぇ格好でふらふら歩いてんじゃねぇ!──お前の腹の底がわかってるなんて、知ったような口は利かねぇよ。けど、今、お前が一人でこの階段を、長ったらしいこの階段を、独りっきりで歩いて下りる必要なんかねぇんだ。肩ぐらい貸してやるし、貸しだとも思わない』
『──スバル』
『なんだ』
『……すまない』
『うるせぇ』
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「────」
オットーが、静かにスクリーンを見つめる。
オットーには分からない。
誰かに忘れられたことなどないから、ユリウスの気持ちはわからない。
ただ、なんとなく、スバルがユリウスを背負った理由はわかったから。
だから──
「──僕も、まだまだ子供だということですね」
ほんの少し、オットーの中の考え方が変わった。
それで、何がという訳でもないけど。
「──そっか、私は戻ってきてからしか知らなかったけど、こんなことが……」
エミリアが長い睫毛で瞳に影を落とす。
「──大変、よね」
何を言っても気まずい気がしてそんなことしか言えなかった。
「──まあ、人間負けて成長するものだってスバルも言っていたから気にする必要ないのよ、ユリウス」
「私はもうそれほど気にしておりませんよ、ベアトリス様」
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『――ユリウスはちゃんと、ここで傷が治るまで休んでること!絶対の絶対!』
『大人しく、傷の治療に専念させてもらうとするよ。こうして乙女たちに囲まれ、悠々と静養するのも贅沢なことだからね』
『言っとくが、この部屋にいる女子はアナスタシアさん以外は全員俺のだ』
『む、私、まだスバルのものになってません。……思ったんだけど、私の騎士様なんだから、スバルが私のものなんじゃないの?』
『それすげぇ嬉し恥ずかしい評価なんだけど!』
『報告を聞く限り、第二の『試験』は塔にやってきた全員が越える必要がある。それなのに、騎士ユリウスは独断で二度目の挑戦を……これは一歩間違えれば、アナスタシア様の陣営との協力関係にも亀裂を入れかねない行いです』
『騎士ユリウスらしくない、というにはラムはあの方のことを知らなすぎるわね。『暴食』のことを含めても、ああした行いをしない人と思っていたのだけど』
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「──バルスの記憶を覗いたあとだと、余計にらしくないと思わされるわ。騎士を完璧に演じようとしている人間があんな失態を晒すだなんて──、まあ、心境についてはバルスの発言から察するけれど」
この時とは違い、今のラムは平時よりも体調がいい。
言葉にも温かみが宿っている。
「やっぱり、譲れない意地っていうのがあるのかしら?私には……うん、少し分からないんだけど」
「男というのは変な意地を張る生き物かしら。初恋を拗らせて初恋相手の元彼の喋り方を真似したりするような、わけのわからない意地を張るのが男なのよ」
「そうなんだ……私にはちょっと分からないかも」
「わからなくていいのよ。スバルもそういうエミリアに癒されているかしら」
「そう?でも、そうね。スバルの癒しになってるなら……うん。少しの間は分からないままでいてあげようかな」
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『それでえ、ケンカしたいだけなのお?それとも、話し合いがしたいのお?どっちなのか決めてくれないとお、わたしも付き合い切れないんだけどお。できればケンカはやめてよねえ。わたし、痛いのも怖いのも嫌いだしい』
『あの、レイドを納得させる条件を見つけて、それで頑張る……やっぱり、この『試験』もそこを考えなきゃいけない大変な試験なのね』
『大変ってより、これは三層とは別の意味で意地悪な試験だと思うぜ』
『――いいじゃないッスか。そんなに焦らなくても、ゆっくりやってったら』
『ゆっくり、っつってもな』
『お師様たちがいたいだけ、ずっとずっとずーっといてくれたらいいッスよ。あーしは何百年も、お師様がきてくれるのを待ってたんスから』
『それは……』
『いくらでも時間かけて、『試験』を順当にクリアーしてくれてったらいいッス。あーしはそれを、ずーっと見守ってるッス。――何日、何年、何百年でも――ここで、あーしと一緒に楽しくやっていったらいいッスよ!』
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「──何百、年って」
菜穂子が冷や汗をかいて顔を顰める。
シャウラの声色に、変化はない。
ただただ、思ったことを口にしただけだ。
ずっと待っていたのも、一緒にいたいと思うのも、紛れもないシャウラの本心なのだろう。
それはいい。
いいが──、
「完全な味方ってわけじゃ、ないのね」
シャウラは、スバルたちが塔をクリアするのを、本当は望んでいないはずだ。
なら、サポートも望み薄だろう。
「──大変だわ」
「──全くだな」
「……これ以上、変な目に遭わなきゃいいんだけど……」
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『地図がないからあれだけど、あったら絶対に気持ち悪い配置だわ、この塔。俺、こういう設計段階でガタガタな感じの建物とかすごい嫌なんだよ……』
『何を言ってるやら……大体、『試験』の性質があれだけ意地悪いのに、作った人間の性格の歪みを今さら気にしても仕方ないかしら。今さらすぎるのよ』
『あ!今の、お師様の悪口ッスよ!このチビッ子、塔作ったお師様の悪口言ったッス!いいんスか、お師様!チビッ子だからって、甘くしてやったらつけ上がるだけッスよ!ここは大人げないレベルで叱ってやるべきッス!で、余った甘やかしはあーしにくれたらいいッス!どんとこいッス!』
『うるせぇ……』
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「やっぱり、塔の設計を考えたのってフリューゲルなのね……階段ばっかりじゃなくて、もう少し登りやすくしてくれればよかったのに」
「あんな変な仕掛けばっかり用意してるようなやつなのよ。どうせ性根の曲がったやつに決まっているかしら。ベティーにはわかるのよ」
「そう?でも、みんなのためにって図書館を作ったのよね?それなら、少しは優しいんじゃないかって思うんだけど……」
「そもそもたどり着くまでが難解すぎるのよ。普通の人間ならたどり着くまでで惨死かしら」
「そ、そうよね……」
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『――食事の前に一言だけ、よろしいでしょうか、エミリア様』
『ええ、もちろん、どうぞ。でも、別に私に断る必要なんてないのに』
『アナスタシア様が不在の今、この場で最も尊ばれるべき方はエミリア様です。それに、すでに私の勝手でご迷惑をおかけしたあと。この期に及んで、とは参りません』
『殊勝な心掛けね。そのぐらい、前からわかっていてほしかったけど』
『ラム……』
『無謀で意地っ張りなのはバルスだけで十分よ。特に、まともだと当てにしていた人に先走られては失望して当然でしょう。今後は、ないと思わせてほしいわね』
『ラム、今のは言いすぎよ』
『……申し訳ありません、エミリア様。以後、気を付けます』
『ラム女史にも、他の方々にも、大変なご迷惑をおかけしました』
『はい!ユリウスは謝りました。私は、その謝ってくれた気持ちを受け入れます。それで、このことで何が悪いってお話は私の中ではおしまい』
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「──気づいたんだけどお、この部屋に来てからお腹が少しも空かないわあ。これっておかしいんじゃなあい?」
「あ、メィリィ、それは私にも分からないんだけど……治癒魔法とかも自動でずっと流されてて……本当に、すごく強いひとが私たちを閉じ込めてるってことになるわ」
「絶望的だわあ、お姉さん。……それに、この映像を見ながらだとお、どうせ食欲なんて湧かなかったから、ちょうどいいかもしれないわねえ」
「そうね……それに、早く見終わってスバルを迎えに行かなきゃ」
「頑張ってねえ、お姉さん。私も……少しくらいなら頑張ってあげてもいいわよお」
「そう、ありがとう。メィリィ」
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『スバル、ベティーはエミリアたちと一緒に竜車にいるのよ』
『――ユリウス、やっぱり、お前はアナスタシアさんが起きるのを待った方がいい。俺の方の用事が済んだら起こすから、そうしろ』
『──う?寝てた、のか?俺も、そこそこ疲れてたってことか……っと、パトラッシュ?』
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パトラッシュの視線の先には、アナスタシアが寝ていたはずのベッドと、そこに姿のない──
「アナスタシア!」
エミリアが慌てて声を張る。
「ええ……?どこに行っちゃったの……?それに、この夜を超えたら、確か……」
思い出すのも億劫になるけれど、スバルが──
「……ううん、きっと大丈夫。そんなに酷い目にはあってないはずだもの。スバルは、ちゃんと私たちを思い出したし、それに、変なことにもなってない」
エミリアの知る世界では。
「スバル……大丈夫、よね?」
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『なんで……塔内に、鳥が?』
『────』
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「アナスタシア……!」
エミリアが安堵したような顔をする。
「──ああ、なるほど……」
ユリウスは少しだけ眉を顰めていたが、その瞳には心配するほどの翳りはなかった。
精々、あまり見たくないものを見なければならないことに対しての抵抗感、くらいか。
「──昴、酷い目に遭わないでね」
奇しくも、その願いが叶うことは無い。